第89話 バックアップ
「……何で突然に?」
俺は茉莉が俺の両親の話を聞きたがる理由が分からなかった。
知らない人間の過去話なんて興味ないだろ。普通。
会ったことも無いような、しかも故人の話を。
すると
「バックアップ」
きっぱりと。
そう言ってきたんだ。
俺はその視点が無かったので、言葉を返せなかった。
明日の仕合は勝つつもり。
だけど、力及ばず負けたなら、その結果は受け入れる。
そんなことを愚直に考えていたんだ。
バックアップ。
つまり、俺の持ってる思い出を、彼女が覚えていてくれて。
俺が負けた場合は、教えてくれるってことか。
……それにどれほどの意味があるか分からんけど。
何も無いよりは良いかもしれないよな。
確かに。
だから
「……分かった」
なので俺は話し始めた。
「え、日本ってそんなことを江戸時代からやってたの?」
タクマの言動で、俺の父親が闇の武術仕合に出ていたことは薄々分かっていたみたいだけど。
俺の口からキッチリ説明を受けて。
彼女はえらく驚いていた。
俺は
「江戸に入って、社会が安定してきて。戦国時代の殺伐とした生き方が否定されるようになった反動らしい」
江戸に入って、技比べのためなら殺し合いを辞さない武芸者の望みと。
観戦する刺激と、かつ分かりやすい紛争解決手段を求めた大商人たちの思惑。
そういうのが合致して、生まれたんだそうだ。
「俺は親父のことは凄いとは思っていたけど……憧れてはいなかったと思うんだ。多分」
実際、跡を継ぐことを企業側に誘われても、拒否したわけだし。
そういう話をした。
俺の話を聞いてくれた彼女は
「……こういうことを言っちゃなんだけどさ」
ちょっと言い辛そうに
「根っこの部分で、アンタが自分より他人の方が大事だったからだと思うよ……」
そんなことを。
俺はそんな言葉を受けて
……どうなんだろうな。それ。
彼女の言葉を噛み締める。
最初は母さんの医療費を稼ぐためだったんじゃないかと思うんだけど。
母さんが死んでからも続けたのは、結局はそうだったのか。
それとも切った張ったに慣れ過ぎて、家族のために安全な仕事をという感覚を失ってしまったのか。
どっちなんだろうな……?
「お母さんは?」
俺が考え込んでしまっていると。
彼女にそう促された。
なので俺は
「……母さんは、運命を呪わない人だった」
子供を2人産んで、そのために身体壊したのに。
アンタたちを産んだからこうなってしまった。
こんな未来なんてあり得ない。
何も悪いことはしていないのに。
……そういう言葉が出てこなかったな。
母さんからは。
俺は母さんには
「神様の意図には文句を言ってはいけないし、抗おうとしてもいけないよ」
と、言われた。
それを今でも覚えている。
多分自分は長くない。
そう悟った母さんに、俺は言われたんだ。
神の意志に抗う……
母さんの言いたいことは、一体どういうことだったんだろうな……?
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