第64話 走馬灯
確かに鉄身五身は基礎中の基礎。
習得してからの日数が少ないのに、それが一流のレベルに達していても別に変では無いよな。
むしろ、阿比須龍拳ではそうなってから次に行くんだ。
まず絶対の防御を完成させる。
それを俺は、小学校高学年で達成していた。
小学生の俺が出来たことを、大人の武芸者のこいつが出来ない理屈はない。
「これで満足でしょう!? 帰ってよ!」
背後から茉莉の悲鳴のような声。
……彼女は頭が良いからな。
現在の状況のヤバさにすぐに気づいたんだ。
阿比須龍拳がほぼ無敵の暗殺拳なのは鉄身五身の鉄壁防御によるところが大きい。
なのにこいつは、俺の攻撃を弾くレベルの鉄身五身を完成させている。
……そうなると、おそらく闘気を流し込んだアイツの刀の一撃は、普通に俺に刃物として機能する。
こっちの攻撃は通らない場合があるのに。
じゃあ実質、この場で行われているのは、混じりっけ無しの素手の男と日本刀で武装した男との果し合い……いや、それ以下。
……ただのほぼ一方的な殺人が行われるだけの組み合わせだ。
剣道三倍段って言う言葉がある。
武器を持った相手に素手で勝つには、それだけの技量の差が要求されるという意味合いの言葉だ。
これは嘘じゃない。本当だ。
……俺にとっては、武器が武器じゃない状況を作り出せるから、これまで問題視してなかっただけ。
俺は多分、そんなにすごくはない。
努力をした自負はあるが、そこまでの存在じゃ無いんだ。
「男の世界に入ってくるな。女が」
タクマは茉莉の言葉にそう返した。
全く彼女を、自分たちと対等の存在として扱っていない口ぶりで。
「……私はこの戦いのために大金を投じ、これまでの身分も捨てたんだ。この果し合いの重さはそんなに軽いものでは無いんだよ。黙れ」
言って彼は、刀を大上段に構えた。
そして踏み込んでくる。
……胴体はがら空き。
普通に考えると、ここが勝機。
だけど
俺の攻撃が通るかどうか。
その確証がない。
俺はタクマの踏み込みに対し
バックステップした。
追い縋るタクマの斬り下ろし、斬り上げ。
的確な連携。
一流の剣術家なのは疑いない。
……打つ手なしだ。
俺の脳裏にこれまでの思い出が流れていく。
走馬灯ってやつか?
小学校に上がる
喧嘩に強くなれるぞと親父に言われて、喜んではじめた修行。
だけど最初にやらされたのは、パンチやキックの打ち方じゃなくて。
座禅。
そして親父からの打撃を受けること。
……今思うと、ほぼ虐待だと思うけど。
止めたかったら止めていい。
ただし、この修業は令和の世の中から代々ウチの家で行われてきた修行なんだ。
俺もお前の爺さんも、これを小さいときにやってきた。
……これを言われて。
俺はずっと続けた。
1年後に鉄球を撃ち込まれても無傷でいられるようになり、親父に「よく耐えて成し遂げた。それでこそ長男だ」
こう言われて……
それからか。
俺が妹の人生を守らないといけないとか思い始めたの。
俺は上位者なのだから、下位者である妹は保護対象で、ずっと面倒を見てやらないといけないんだ。
そういう思いが芽生えたんだ。
……こんなことを思い出し。
俺の妹に対する過保護気味の対応の原点を思い返し
同時に……
鉄身五身の最終試練で、鉄の柱に縛り付けられて鉄球を撃ち込まれたときの記憶を思い出したんだ。
そういえば……
俺はあのとき、ある意味ズルをしたんだっけ。
鉄球が頭部や足でなく、腹部に来ることが分かっていたので。
……腹部に闘気を集中させたんだ。
普通の鉄身五身では、鉄球のダメージを殺しきれないから、狙われない他の部位の防御を捨てて、そこを護る。
結果、苦痛も無く無傷でいられた。
その記憶を思い出したとき。
俺の中で閃くものがあった。
そこで俺に向かって胴薙ぎの一撃を加えるために、タクマは脇構え気味に刀を構える。
俺の間合いの内でだ。
俺は右の手刀を構える。
そして踏み込み
タクマの左肩に貫手を突き刺すための一撃を……
……加えると見せかけて、膝の一撃を俺はタクマの腹部に思い切り叩き込んだ!
「ぐぼお!」
タクマは肺の全空気を吐き出すように悶え、身体をくの字に折った。
……そういうことか。
こいつは俺がどこを狙ってるのか予想して、その部位に闘気を集中させて防いでいたのか。
鉄身五身の常駐化に到達してない人間がやりがちな行為で、本来は未熟な行動。
それでは不意打ちに対応できないからね。
……だけど。
未熟だから実戦でこいつはそれをやらないはず。
そういう考え方は先入観だ。
そういう予想ができるのなら、そういう防ぎ方もありなんだよ。
俺たち熟練者が常駐化させてるのは、不意打ち対策なんだから。
不意打ちを捨てるなら、それはアリだ。
俺の膝蹴りを喰らい、俺に視線を向けるタクマ。
その眼には……
悔しさと……
何故か悦びがある気がした。
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