第86話 一か八か
チェルシーを見つめるショーナの視線は、そこからさらに前方にいる者たちへと向けられる。
地面にうずくまるエミルと
ショーナはその男の姿をまじまじと見つめた。
(ジュード……)
まだジュードが13歳だった頃に別れて以来、初めて見る彼の姿は立派な青年に成長していた。
その姿にショーナは複雑な思いを抱く。
(大人になったのね……ジュード)
かつて少年だったジュードはもういない。
きっと王国を離れて自由な暮らしを
自分やチェルシーのいないところで幸せに生きていてくれればいいと思った。
だというのに……。
(ああ……チェルシー様にその存在を知られたのね。これで彼の運命は決まってしまった。でも……王国を離れて自由に暮らした10年と、王国で飼われるように過ごすもっと長い年月。どちらのほうが彼にとって幸せだったのかは、言うまでもないでしょうね)
エミルを懸命に守り続けるジュードの顔を見てショーナはそう思った。
きっと自分には出来ない顔を彼はしている。
あれが自分で人生を選んだ者の顔なのだろう。
それでもジュードの命運は今日ここまでだ。
この
ショーナは
『ジュード……。観念しなさい。もう逃げられない。でも、王国での
ショーナのその声を感じ取ったジュードが首を傾けてこちらを見る。
その目が大きく見開かれた。
ショーナが久しぶりにジュードを見て
『ショーナ……』
『ジュード。ワタシがチェルシー様に掛け合うわ。あなたが服従の意思を見せるなら、命を取られないように……』
『いつから
そう言うジュードにショーナは
『じゃあこのまま
『いいや。俺は運命の流れに逆らうために王国から逃れたんだ。今さらもう一度その流れを受け入れることなんてない。せいぜい
そう言うとジュードはあろうことかショーナに笑って見せた。
それが精一杯の強がりだと知るショーナは静かにジュードとの
(……ワタシは誰のことも動かせないのね。当然か。操り人形は操られる存在なんだから)
すでに自分が王国という抜け出せない沼にどっぷりと腰までつかっていることをあらためて自覚し、ショーナは無力に立ち尽くすのだった。
☆☆☆☆☆☆
オニユリの射撃が続く。
それを受け続けるジャスティーナの
ひとつ小さな傷が出来ると、そこに弾丸が当たってさらに
弾丸を受け止めるごとに
すでにジャスティーナはあちこち傷だらけだった。
(くそっ! あの女……
ジャスティーナは
まるで白髪の幽鬼のような
最初の頃はジャスティーナの
そしてオニユリは左右の拳銃で合計12発の弾丸を撃ち終えるとすぐにすばやく次弾を
その数秒の
すでにジャスティーナの矢筒に入っている残りの矢は6本まで減っていた。
逆にオニユリは弾丸を惜しみなく放ってくる。
手持ちの弾が足りなくなれば、すぐに後方に
(まずい……もう時間の問題だ)
このままではやがて
そうなればジャスティーナはすぐに撃ち倒されてしまうだろう。
ジャスティーナはいよいよ自分の命を持って道を切り開く時が来たのだと悟った。
(後方にはチェルシーがいるし、その部下の数も多い。一か八かになっちまうが押し進むなら……前だ!)
ジャスティーナは大きく息を吸い込むとすぐ背後でうずくまっているジュードとエミルに声をかけた。
「ジュード。エミル。このままではもう数分ともたないだろう。私が合図をしたら2人とも立ち上がってくれ。そして私が走り出したら、すぐに私の後について走ってくれ。全力でだ」
立て続けに鳴り響く銃声の中で、その声を2人は確かに聞き取った。
静かだが有無を言わせぬジャスティーナの声に、状況が相当に切迫していることを知り、ジュードは
少しの力を込めて。
「エミル。聞こえたね。ジャスティーナについていくぞ」
「……うん」
エミルは緊張の
他人を守ることが出来ないなら、せめて自分を守ることに全力を尽くす。
それが命懸けで自分を守ろうとしてくれている人達に対するせめてもの誠意だと思って。
しかし……そんな彼の胸の内ではその思いとは裏腹に黒い波動が
ジュードもそれを感じ取っていて、
「……エミル。大丈夫か?」
「……変なんだ。胸の中が苦しいんだ……」
「落ち着くんだ。ジャスティーナはこのくらいで死んだりしない。きっと皆で助かる。だから今は気持ちを落ち着かせるんだ。エミル」
ジュードの言葉に、それでも不安そうに顔を曇らせながらエミルは顔を上げる。
ジャスティーナはすでに傷だらけで体のあちこちから血を流しながらも懸命にエミルたちを守ってくれていた。
そして後方を見やると、そこではプリシラが必死にチェルシーの猛攻に耐えて戦っている。
だが、姉は明らかに劣勢で、チェルシーに
(姉様……どうしよう姉様が……)
エミルが不安に駆られる中、ジャスティーナの声が響き渡る。
「プリシラァ!」
銃声にも負けぬその怒声が響き渡ると、後方でプリシラはハッとしてわずかにジャスティーナを見やる。
その視線を受けたジャスティーナは口を開く。
3人の仲間すべてに向けて号令を響かせるために。
ちょうどその時、オニユリが再び弾丸の
「行くぞ!」
雷鳴のような声を上げると、ジャスティーナは勢いよく前方へと駆け出すのだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます