第63話 熟練の駆け引き

「ジャスティーナ!」


 無意識のうちに駆け出したプリシラは叫び声を上げていた。

 山賊さんぞくの頭目である巨漢ズレイタとの一騎打ちにのぞんでいたジャスティーナは、ズレイタの振り下ろした大斧おおおのの一撃を受け止め切れずに、手にしていたおのを弾き飛ばされてしまったのだ。


「ぐっ!」

「死ねっ!」


 思わず体勢をくずしたジャスティーナに向けて、ズレイタは大斧おおおのを振り上げる。

 プリシラはジャスティーナを助けに飛び込むが、すでに遅かった。


(間に合わない!)


 だが……その瞬間、プリシラの目の前で予想だにしない光景が繰り広げられたのだ。

 おのを弾き飛ばされて体勢をくずしていたはずのジャスティーナが、いきなり素早い身のこなしで大斧おおおのをヒラリとかわした。

 そして腰に下げた長剣を抜き放つと同時に、大斧おおおのを持つズレイタの両手首を斬り落としたのだ。

 そして彼女は続けざまに長剣をひるがえしてズレイタの首を斬り裂いた。  


「うぎぃ……」


 深々と斬り裂かれたズレイタの首と、切断された両手首から大量の血が噴き出す。

 全ては一瞬の出来事だった。

 会心の一撃でジャスティーナの頭をかち割るはずだったズレイタは、ほんの一瞬の切り返しで逆に致命傷を負うこととなったのだ。

 信じられないという目でズレイタは声をらす。

 

「て、てめえ……手加減して……いやがったのか」

「ふん。それに気付かなかったあんたの負けだよ」


 そう言うとジャスティーナはもう一度鋭く長剣を振るった。

 おのを振るっていた時とは段違いの速度で振るった刃は、ズレイタの首を飛ばし、その巨体をむくろに変える。

 首を失った巨体が地面にくずれ落ちるのを見ながらプリシラはいつの間に立ち止まっていた。


(か、駆け引きだ……ジャスティーナの)


 ズレイタ相手に苦戦しているように見えたジャスティーナ。

 だが、それがすべてジャスティーナの巧妙な演技だったのだとプリシラは気が付いた。

 確かに先日の傭兵ようへいたちとの戦いの時と比べると、ジャスティーナの動きがにぶい気がした。

 だが、強敵を相手にすればそういうものなのだろうとプリシラは思い込んでいた。

 きっとズレイタもそうだったのだろう。


「すごい……ジャスティーナ」


 相手を自分より格下だと思い込み、勝利を確信したズレイタの心に一瞬のすきが生じ、それが動作に表れた。

 ジャスティーナはその時を待っていたのだ。

 そこで初めて全力を出した彼女の動きに、ズレイタは反応することが出来なかった。

 そして命を失ったのだ。

 勝敗は一瞬で決した。


「う、うそだろ……兄貴が」

「そ、そんな……」


 周囲にいた山賊さんぞくたちの間に動揺が走る。

 ズレイタは彼らにとって絶対的な主だったのだと分かる。

 その主を失った途端とたんに彼らの間から勢いが失われていった。

 一方、村人たちはジャスティーナの勝利に勇気付けられ、次々と声を上げて攻勢に出る。


「うおおおおおお! ジャスティーナがやってくれたぞ!」

「ズレイタが死んだ! こうなりゃこっちのもんだ!」


 村人たちは勢いづいて次々と山賊さんぞくたちに攻撃を仕掛けていった。

 これにはたまらず山賊さんぞくたちは次々と倒れて行き、残ったわずかな山賊さんぞくらは武器を捨てて一目散に村から逃げ出していく。

 頭目であるズレイタを失ったことで山賊さんぞくの群れは瓦解がかいした。


「に、逃げていく……追わなきゃ」


 そう言って剣を手に山賊さんぞくらを追おうとするプリシラを、ジャスティーナは押しとどめた。

 

「放っておけ。あの程度の数にまで減っちまえば、後は何も出来やしない。この村の連中は頑強だ。ズレイタさえいなきゃ負けやしないさ」

「そ、そう……ジャスティーナ。すごかった。駆け引きだったんだね」

「気付いたかい」


 そう言うとジャスティーナは先ほどズレイタに弾き飛ばされたおのを拾い上げた。

 そして首なしの死体となったズレイタの胴を見下ろす。


「こいつはクソ野郎だが、腕前は確かだった。もちろん最初から全力でやっても私が負けることはないだろうが、勝つには時間がかかっただろうな。そうすると戦いが長引き、村の連中の被害も大きくなっちまう」


 その言葉にプリシラはハッとした。

 ジャスティーナはズレイタとの一騎打ちにのぞみながら、村全体の戦いのことを考えていたのだ。

 頭目であるズレイタが早い段階で倒されれば、山賊さんぞくたちは一気に戦意を失い、大幅に戦力低下することをジャスティーナは見越していた。

 そしてそれが村人の被害を最小限に抑えてくれることも。

 目からうろこが落ちるように呆然ぼうぜんと自分を見つめるプリシラのひたいを、ジャスティーナは指でパチンと弾いた。


「アイタッ」

「何て顔してるんだい。この実戦でビビッたわけじゃないんだろ?」


 激しい戦いを終えたばかりとは思えないほど気楽な口調でそう言うジャスティーナに、プリシラはビクッと肩を震わせる。

 そして地面を見つめたまま言った。


「……アタシ。人を斬り殺したわ」


 そう言うプリシラの顔は青ざめて、心なしか憔悴しょうすいしているように見える。

 

「そうかい。まあ、私も最初はそんな顔をしていたよ。ダニアの女なら誰しもが通る道さ。プリシラ」


 そう言うとジャスティーナはプリシラの肩をガシッと無遠慮につかむ。 

 そして言った。


「あんたは1人の人間の命を奪った。それは揺るぎようの無い事実だ。だが、そのおかげで救われた者もいたはずだ。あんたは奪っただけじゃない。救ったんだよ。命を。だからといって人を殺したことが無かったことになるわけじゃないが、あんたの行動の結果、助かった者がいるという事実からも目をらすべきじゃない。戦士なら何を選び何を捨てるかを、戦場で決断して実行するんだ」


 そう言うジャスティーナは気休めや優しさの欠片かけらも感じさせない表情をしていた。

 ただ当然のことを言っているだけだ、とばかりに。

 そんなジャスティーナの言葉にプリシラはハッとして前方を見やる。

 すると先ほど助けた村人の男が、弟のかたきを討てたことに、山賊さんぞくたちに勝利したことに涙を流しながら喜びの声を上げている。


(アタシが救った……。これがアタシ自身の選んだ道なんだ)


 村人たちの歓喜の姿を見つめるうちに、プリシラは心のざわめきが徐々にしずまっていくのを感じるのだった。

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