第39話 業火に落ちる街

「くっ! あんなに……」


 アリアドの街に駆けつけたプリシラは街の入口の手前で立ち止まり、思わずうめくようにそう声をらした。

 街の惨状は思ったよりひどいものだった。

 あちこちで火の手が上がり、夜空を赤く染めている。


 すぐ前方では街の北側の出入口である大門が見るも無残に焼け落ちて、瓦礫がれきと化している。

 そして街のそこかしこにアリアド兵の遺体が転がっていた。

 思わずエミルは肩を震わせる。

 そんな彼の手をつかんでプリシラは言った。


「エミル。ジュードの居場所は分かる?」


 姉にそう言われたエミルは、閉じていた黒髪術者ダークネスとしての感覚を再び開く。

 そして彼は探った。

 ジュードのあの優しげな気配を。

 だが……1分ほど経過したところでエミルは顔を曇らせ、姉に目を向ける。


「……感じない。ジュードさんの力を……この街のどこにも感じない」

「えっ……」


 エミルの言葉に思わずプリシラは絶句した。

 ジュードの気配を感じ取ることが出来ない。

 最悪の事態が頭によぎる。

 だがそんなプリシラの肩をガシッとつかんだのはジャスティーナだ。

 彼女の顔は微塵みじんも動揺を感じさせない。


「言っただろう? あいつはそんな簡単にくたばりゃしないって」

「だけど……」


 思わず口ごもるプリシラだが、そこで震える声をしぼり出したのはエミルだ。


「……いっぱいいる」

「え? 何が?」


 そう聞き返すプリシラを見上げてエミルは不安げな面持おももちで言った。


「ジュードさんは見つけられないけれど、それ以外の黒髪術者ダークネスの人が……何十人もいる」

「何ですって?」


 エミルの話に思わずプリシラはまゆを潜めるが、ジャスティーナは合点がいったというようにうなづいた。

 彼女はジュードから聞かされて知っているのだ。


「なるほどな。ここを襲ったのは王国兵だ。連中の中には黒髪術者ダークネスとしての力を軍事転用する部隊がいる。そいつらがこの街に来ているんだろう。おそらくジュードの奴はそれに気付いて気配を隠しているんだ」

 

 そう言うとジャスティーナはエミルの肩にポンと手を置いた。


「感覚を閉じな。ジュードは生きている。おそらく黒髮術者ダークネスたちに見つからないよう、うまく立ち回っているさ」


 彼女の言葉にエミルはうなづいた。

 だがそのとなりでプリシラは困惑の表情を浮かべる。


「でもジャスティーナ。ジュードが感覚を閉じているのなら、彼を探し出すのは難しいんじゃ……」


 街はあちこちで火災が拡大し、人々は逃げ惑い、混乱を極めている。

 この状況で黒髮術者ダークネスの力無しにジュードを探し当てるのは困難だとプリシラは思った。

 だがジャスティーナは首を横に振る。


「ジュードは街からの脱出を考えるだろう。だが、この状況では他の大門はすべて閉鎖へいさされている。だが、あいつはそれでもここから脱出できる場所を一ヶ所だけ知っているんだ。そしてそこを私も知っている。ついて来な」


 そう言うとジャスティーナは2人を先導して再び走り出すのだった。


 ☆☆☆☆☆☆


「くっ! た、たった一晩もしないうちに……」


 アリアドの街の中心部に建てられた庁舎の最上階では、この街の領主であるエイムズが近衛このえ兵らに守られながら、怒りの形相ぎょうそうで机を叩いている。  

 この街を守る1000人を超える部隊は、たった200人ほどの王国兵によって壊滅に追い込まれようとしていた。

 庁舎の前面で今も激しく燃え続ける業火による熱気と黒煙で、窓を開けることすらままならない。

 そして階下からは激しく争う音や、兵士たちの悲鳴が聞こえてくる。


「領主様……最後までお守りいたします」


 近衛このえ兵らは青ざめた表情ながら決然とそう言った。

 しかし彼らにも分かっている。

 じきにここに踏み込んで来る敵を前に、自分たちなど何の役にも立たないことを。


 このアリアドを攻める王国兵団の総大将を務めるのは王国軍の将軍である銀髪のチェルシーだ。

 彼女は今、50人ほどの兵を引きつれてこの庁舎を攻め上がって来ている。

 武勇を誇るチェルシーを止められる者など、この街にはいないことはエイムズも分かっていた。

 そしてついに領主の部屋のとびらが開かれ、銀色の髪をなびかせた美しい娘が踏み込んで来る。

 うわさたがわぬ美しさを誇るその娘は、返り血を浴びたよろいを身につけ、りんとした表情でエイムズを見据みすえた。


「ワタシは王国軍の将軍を務めるチェルシーよ。アリアドの領主・エイムズ。今すぐ降伏し、この街が王国軍の管理下に置かれることを認めなさい。そうすればあなたの命は保証するわ。そちらの兵についてもこれ以上の抵抗をやめ投降するのであれば、こちらも攻撃を停止します」

「ぐっ……」


 エイムズはくちびるみしめ、無念の表情で両手を上げて投降の意を示す。

 ここで自分が反抗しても、この街の陥落かんらくと王国軍による占領は決まっている。

 無駄むだに人命を失わせる決断は領主のすることではない。


「分かった……アリアドは降伏する。これ以上の死者は出したくない。こちらの兵たちに我が意を速やかに伝えよう」


 そう言うとエイムズは部下たちに命じ、アリアド兵に抵抗をやめて投降するよう伝令を出す。

 チェルシーも部下たちに命じた。

 

「占領のあかしを立てなさい」


 ほどなくして庁舎の屋上にひるがえる公国は引きずり下ろされ、代わりに王国が風にはためくようになる。

 そして領主であるエイムズからの投降指令がアリアド兵たちに伝わっていき、戦いは一方的な結果で幕を引くこととなった。

 公国領アリアドは一夜にして陥落かんらくし、チェルシーひきいる王国軍の占領下に甘んじることとなったのだった。

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