原点 

「けーいちー!」

「たろー!」

 男の子二人が嬉しそうに抱き合う。

 今回、小田美江、小田太郎…そしてまだ名も無き胎児が、とある村に引っ越してきた。

 美江は元々この村の出身で、夫を不慮の事故で亡くし、実家に戻ることになった。夫の両親は息子を亡くした悲しみで我を忘れ、美江のお腹の赤ちゃんを不貞の子と決め付け、罵りながら八つ当たりを繰り返した。しかし意地でも美江は離婚せず、最終的に不干渉ということになった。

 二人の子供は、美江が帰省した時にいつも遊んでいたことから、とても仲が良かった。太郎はまだ五歳と幼いこともあって、父親の死に関してあまりピンと来てないようだった。

 













「なぎさー、くらえー!」

「きゃー!きゃっはっは!」

 生まれた赤ちゃんは薙叉と名付けられた。

 敬一と薙叉がボール遊びをしていた。

「太郎は遊ばないんけ?」

 漁師の興嗣が縁側に座る少年に声をかける。

「んー……見てるほうがたのしいかも?」

「そうかそうか、じゃあおじさんとゆったりするか。」

「そうする。」

 そう言って、太郎は嬉しそうに二人を見ていた。

「ズズ……」

「ズ、にがっ!」

「カッハッハ、太郎にはまだ早かったか!」

 

「あー!ずるーい!なーぎーもぉー!」

「なっはっはっは!薙叉もまだ早いな。」

「はーやーくーなーいー!」

「なぎさ、わがままはダメだよ。」

「そうだよ。こっちで遊ぼ?」

「むぅーー!やーやー!」

 薙叉は頬を膨らませて縁側を両手でパシパシと叩いて不満を露にする。

「じゃあ、この飴ちゃんをあげよう。これでおじちゃんのことを許してくれんけ?」

「………パクっ!」

 飴玉を差し出す興嗣の手をしばらく見つめ、無言で食いつく。

 両手で口を抑え、飴玉が落ちないようにしていると、だんだんと頭が左右に揺れ、機嫌が良くなっているのが分かる。

「ゆるしゅ。けーにいひゃんあひょほー!」

 幼児からしたら大きい飴玉のせいで、ぎこちない喋り方のまま敬一の袖を引く。

「いいよ。」

 敬一の言葉を聞いて薙叉が駆け出すが、敬一は何かあるのかその場に突っ立っている。

「いるか?」

「うん!」

 興嗣が飴玉を差し出すと、嬉しそうに受け取り、口の中に放り込む。

「はーやーふー!」

「わはったよー!」

 

「太郎も欲しいか?」

「……うん。」

「そうか。」

 差し出された飴玉を少し恥ずかしそうに受け取った少年を見て、優しく頭を撫でる興嗣だった。














 住んでいる村から片道一時間半、そんな辺鄙な村から来た二人の少年は今日、小学校の卒業式を終えた。

「あんまし実感ねぇなー。」

「そう?僕は登校時間がさらに長くなるから嫌だなぁ。」

「ハハッ!運動しねぇ太郎が悪い。」

「しょうがないじゃん。体力が無いんだから。」

「とか言って、父さんの車乗らなかったじゃん。」

「そりゃ、僕だって気にしてるんだから。それよりも敬一こそ僕についてきて良かったの?」

「何言ってんだ、親友おいて行けるかよ。」

「ハハッ、何それー。」

 しばらく他愛の無い話をしていると、村がなにやら騒がしい。


「んー?どうしたんだろ?」

「清じいが死んだんじゃね?」

「そう言うのはダメ……だけど、昨日もお酒飲んでたもんねぇ。」

「まぁ、そこまではいかなくても倒れたとか……」

 二人が呑気に話していると、美江が駆け寄り突然の抱擁をする。

「?どうしたのお母さん。」

「むぅー苦しいよー。」

「う、うぅ……」

「お母さん泣いてるの?」

「また包丁で指切ったのー?」

 少年二人が無邪気に話していると、美江の後ろから一人の人影がやってきた。

「あ、父さん、美江母さんが変なんだ。」

「それは……」

「?」

「二人ともよく聞いて…薙叉がいなくなったんだ。」

「「え?」」


 その日の昼頃、小田薙叉(7)が忽然と姿を消した。

 最後に見たのは煙草屋で店番をしていた夏子で、証言によると、ある方向に向かったようだ。そこはよく子ども達が遊び場にしていた山だったが、一昨日の大雨で川の流れが激しくなっており、警察も捜査をしていたが、数日で捜索を打ち止め。その日をもって薙叉は帰らぬ人となった。







 これに一番悲しんだのは敬一だった。美江は太郎のためにと奮起したが、敬一は不甲斐ない自分とやるせない気持ちからか、中学で不良となった。

 敬一は中学で無敗を誇りつつも、太郎の説教には逆らえず、勉学も卒業できる程度には学んでいた。





 その後、二人は同じ農業の学校を志望した。敬一は楽だから。太郎は村の役に立つと思ったからだ。

 高校では敬一も更生し、青春(男と)を謳歌していた。一度、中学時代最大の敵"武蔵"と事を構えるも無事勝利。それ以外ではいたって平穏な生活を送っていた。

 ちなみに、太郎の黒歴史(メイド服)は高校時代の文化祭で作られたとかなんとか………










 高校卒業後、敬一はとある大学に、太郎は高校で学んだ草花を使って村の人達に花セラピーのようなことをしていた。


 そして二年がたち、世界はニューワールドという脅威に包まれていた頃、今まで連絡の無かった敬一が帰省してきた。



「久し振りだな、敬一。」

「……そうだな。」 

「どうした?大学でなんかしくったか?元気無いぞ?」

「あぁ、いや、違うんだ。そうじゃない。……でもしばらくここにいさせてくれ。」

「何言ってんだ!ここがお前の家だぞ?いつでも来い!」

 どこか不安気で、疲弊している敬一を見て心配した太郎は胸をドンと叩き、自信満々に伝える。

「……そうか。ありがとう。」

 それは数年振りに見る、親友の心からの笑顔だった。




 その日の夜。村総出で敬一をもみくちゃにして、酔っ払いはその場で寝込み、女性陣が家に戻った頃、敬一、太郎、敬樹が月を眺めながらの晩酌が開催されていた。

「フゥー…皆大袈裟なんだよ。」

「違うぞ?敬一。皆があんなだったのは、もちろん帰ってきたからってのもあるが、何か体調が悪そうだったから、心配してたんだよ。まぁ、すぐに昔みたいに戻ったから良かったけどな。」

 父である敬樹が器に入った酒を揺らしながら話す。

「そっか……心配かけてばかりだな、俺は。」

「ハッハ!俺だって昔はそんなんだった、気にするこたぁねぇ。」

「いや止めようよ敬樹父さん。」

 和やかな雰囲気が漂うなか、突如敬一が立ち上がる。

「ん?どうした、敬一。」

 どんどん、敬一の鼓動が早くなり、汗がダラダラと流れているのが見て取れる。

「……なんで……もう………」

「おや、やっと見つけたよぉ~敬一くん。」

「猫…猫?が、喋った………」

 敬樹は口をあんぐりと開けながら呟き、太郎に至っては突然のことに反応が出来なかった。

「失礼な、僕にはニューって名前があるのだよ。

 君たち邪魔だね。」

「っ!逃げろ!太郎ォ!」

 ニューから射出された何かが太郎に向かって飛ぶ。

 敬一はオーラを放ち姿が変わり、手を伸ばしたが間に合わず、太郎はただ、見ていることしか出来なかった。誰もが太郎が死ぬと思った。

「グフッ!?」

 それを一人の父親が変えた。

「「父さん!」」

 二人の子は急いで駆け寄る。

「おや、庇ったのか。……まぁ良いか。」


「敬樹父さん、どうして……」

「おいおい、さっきせっかく父さん呼びしてくれたのに、もう終わりかよ。」

 敬樹はとても残念そうに呟くと太郎の手を取った。

「自分の子ども守るなんて当たり前だろ?」

 太郎は目に涙を浮かべ、黙り込んだ。知っていたのだ、この人ならこうすると。

「父さん!大丈夫か!?」

「敬一…お前のそれ、ニューワールド、だっけか?」

 敬一が姿を変えた時の服装を見て、言い当てた。当時のニューワールドは全員が特徴的な黒い装束を着ていた。

「っ!」

「…辛くて逃げてきたんだろ?……だが、お前の罪は消えないぞ。これからは罪を償え、俺の命で多少は軽くなったはずだ。」

 敬樹が敬一に話し終えた瞬間、口から血を吐きピクリとも動かなくなった。横見ると、ニューが敬樹の腹に触手のようなものを突き刺していた。

「まだ終わってなかった?」

 そこで、敬一の何かが途切れた。

「…………ァァアアア!!」

「ククク、待っていたよこの時を!」

 そう言うと、ニューの触手が敬一を包み込む。



「あぁ、最高だね。」

 触手がなくなると、さっきは無かった禍々しいオーラを放ちながら、どこかへ消えてしまった。

「さて…最後の片付け………」

「ヒィ!」

「……おや、これはこれは………そうか。見逃してあげるよ、太郎くん。」

 ニューは何を思ったのか太郎を見逃し、姿を消した。

 この時、太郎はなぜ自分の名前を知っているのかなどの考える余裕はなく、敬一の心配をしながら敬樹を助けるために村の皆を起こすのだった。









 それから一年、ニュースでは敬一が起こしたであろう事件が相次いで報道される。そんな時、敬一が帰ってきたと村の一人が伝えてくれた。太郎は村の人達に敬樹がニューワールドに襲われたと伝え、敬一は急用が出来て帰ったと伝えていた。


「敬一!」

「太郎………俺は、俺は…………」

 敬一は崩れるように太郎の胸で泣いた。我を忘れていくつもの罪を犯したこと、父さんに顔向け出来ないと。

「敬一………僕………いや俺に考えがある。」

「考え……?」

「あぁ、お前の顔は割れてない。俺達が許しを乞うのは父さんにだけだ。そうだろ?」

 二人とも、すでに世界に許してもらえるとは思っていなかった。それでも非行を辞めて世界に貢献しようとしたのは、自分達のエゴであり、敬樹の言葉が楔となって敬一の自我を残していたからだった。


 それから一年、資金を集め、人材を確保し、緑木農園、もといニューワールド日本支部が誕生した。

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