6話 期間限定
夕食もどこかぎこちない雰囲気で終わり、就寝時間を迎えた。
念願の二階へと抱っこされ連れていかれる。
二階には2部屋あった。手前は寝室、奥の部屋はドアが閉まっているため中の様子は分からない。
(よし、寝たふりをして深夜に行動開始だ!)
そう意気込み、恵美の添い寝に躊躇いつつもベッドに寝そべる。起きている時もそうだったが、横になるとどうもオムツが気になって仕方がない。ごわごわして落ち着かないのもあるが、なんだか介護されてる気分だ。まだそんな年齢じゃないのにと不満が膨らむ。だが、まだ3才の身、嫌がるわけにはいかなかった。
慣れないオムツを気にしているから寝付けないだろうと思っていたのだが、子供の体はやたら疲れやすい。布団に入って数分後には不覚にも寝入ってしまっていた。
(まずい!!)
目を冷ますとまだ部屋は暗いまま。隣で恵美は寝息を立てていた。
(良かった……まだ深夜か)
幸いなことに智貴もぐっすりと熟睡している。寝てしまったのは失態だが、いいタイミングに目覚めた。時計を見ると午前3時。
(よし、今しかないな)
薄暗い中で恵美を起こさないように気を付けながらベッドから抜け出す。布団からでても恵美は深い眠りに落ちているのか身動きひとつしない。俺はそれを見て安堵した。
先ずは寝室を注意深く見回す。ベッドふたつ、ドレッサー、小さめの薄型テレビに衣装用のタンス。これといって情報になりそうなものはなかった。残りはクローゼット。
暗さに目が慣れるのが早い。まだ年齢一桁。若さゆえの対応能力に感心する。
音を立てないようにクローゼットを開けるが、そこに俺の望んでいるものはなかった。
「残るは……」
二階にあるもうひとつの部屋。
そっと寝室から抜け出し、抜き足差し足で廊下を進んだ。目的のドアを開けて覗くと、そこはどうも書斎のようだった。壁沿いに並ぶ本棚とデスクがひとつ。
(おおっ!!)
ある物が目に入り、俺は目を輝かせる。
暗がりの中で存在感際立つ四角い機械。パソコンだ。
(これは助かる!)
俺はそっとドアを閉めると、即座に椅子によじ登る。パソコンを立ち上げ、辺りは画面の明かりに照らされた。
(よしよし、起動できた……まずは俺自身のことについて調べなくては)
検索画面のキーワード。一瞬、何を検索すればいいだろうかと首を傾げる。
数秒迷った末、思い当たる言葉をそのまま打ち込むことにした。
《目覚めたら別人 子供になる》
キーボードが思いの
それでも打ち終わり、エンターを人差し指で力強く押す。画面が切り替わり、検索結果がずらりと並んだ。
(視力も正常だから細かい字がボヤけないのがまた素晴らしい……文字がよく見えるぞ!!)
俺は何かないかと目を走らせる。だが、どうにもピンとこない。
《異世界転生》とか《悪女令嬢》とか、変なタイトルの小説紹介ばかりなのだ。
「これはネット小説ってやつか?」
昔、まだ学生だった恵美が携帯を真剣に見ているのを後ろから覗いて見たことがある。男からの連絡かと内心ひやひやしたが、それは誰かの書いた文章だった。何を読んでいるのだろうと不思議に思っていたが、数日後のニュースで取り上げられたのを見て、それがネット小説であると知った。
「やたらタイトルが長ったらしいな……これが今の流行りなのか? タイトルなら簡潔な言葉の方がいいだろう」
なんて、文句が思わず漏れる。
なかなか自分が期待しているものが出てこなくて、検索ワードを変えようかと考えていた時だった。俺の目にある文字が飛び込んできた。
《生まれ変わり、前世の記憶を話すのは決まって子供》
俺は引き込まれるようにマウスでクリックする。
それを開くと、どこかの国の医学博士が書いた記事が掲載されていた。
「これは……」
記事の内容を短くまとめるとこうだ。
生まれ変わりを体験したという記憶をもつのは100パーセント子供で、前世の記憶が蘇るのは平均的に生後35か月後。ちょうど颯太と同じ3才ぐらいの時期を指す。
知らない町の風景や、行ってもいない戦争の記憶、自分の最期、子供の話す記憶も様々だ。それが前世の記憶なのかを研究した結果、子供の話した場所、人物は恐ろしいことに一致していたとう事実談が書かれていた。
(ということは……俺が死んで、颯太に生まれ変わったってことか? けど、これは生まれ変わりとうよりかは颯太の身体を俺が乗っ取っているような状況じゃないだろうか?)
前世の記憶が甦った子供の特徴は、急に口調が変わったり、物の好き嫌いに変化が出るらしい。
そして、最期にはこうも書かれていた。
《前世の記憶が続くのは生後70~80ヶ月までで、時期が近付くとだんだん記憶が薄れていき、最期には消えてしまう。》
ーーそれが正しければ、前世の記憶を持つ子供の実態は幽霊による身体の乗っ取りなのではないだろうか?
自我が芽生え、未熟な段階で体を乗っ取り、相手に自分の存在を伝える。自我がはっきり安定し始めると幽霊を自ら追い出そうとするから記憶も薄れていく。そういう仕組みだとすると、今自分に起きている現象に納得できた。
確かに小学校時代からの記憶ははっきりと鮮明に残るが、それ以下の年齢の記憶は不確かで曖昧だ。その時期に多少人格に変化はあったとしても笑い話で終わってしまう。
(これはある意味、奇跡なのか……それとも何か意味があるのか)
この現象に何かしらの意味が生じるとするならば、考えられる原因はひとつしか思い当たらない。娘だ。
あの夫婦関係は俺が見ても普通ではない。
(これが期間限定の生まれ変わりなら尚更……娘を守ってやらなくては!)
俺は検索ワードに矢印を移し、また新たな文字を入れた。
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