生まれ変わったけど期限付き!?~家族との再起をかけた奮戦記~
石田あやね
第1章 娘を守れ!
1話 知らない姿
朝日にしてはやけに眩い太陽光が瞼を閉じていても感じる。いつもなら和室の窓の障子が強い日差しを防いでくれるから、眩しくて目が覚めるなんてことはほとんどなかった。
ーーおい、誰だ。障子は俺が起きるまで開けるなって前に言わなかったか!?
夢の中でか、現実でかは分からないが、俺はそう叫んだ。誰だ、と言うまでもない。犯人は妻だ。
娘がひとり居るが成人して、もうじき結婚を控えている。そんな年齢になれば、勝手に夫婦の寝室に入って障子を開けるなんて行為は決してしない。
ーー眩しい。閉めてくれ!
自分で閉めればいい話なのだが、どうにも瞼が重くて仕方がない。いつもなら、目覚まし時計が鳴る前に目が覚めて、無駄な早起きをしてしまう。年を取ると早起きになるというのは本当なのだと、ずいぶん前から実感していた。
それなのに今日は瞼を開けられないほどの眠気で、身体が鉛のようだ。
ーーそうだ。昨夜は送別会だった
ふっと、昨夜の記憶が甦る。
今年65歳を迎え、昨日長く勤めてきた会社を定年退職した。その送別会で久しぶりにお酒をたくさん飲んだことを思い出す。
ーー普段より飲んだからな
昔なら平気な量だったのに、年のせいで肝機能も低下してしまった。
年はとりたくない。と、頭の中で思ってしまう。
しかし、昨日飲みすぎたお酒のせいでこんなに眠いのは分かったが、少し腑に落ちない。お酒を飲みすぎたら否応なしにトイレの回数が増える。なのに、昨夜からトイレに起きた記憶が一切ない。
というよりも、送別会を終えてからどう家へ帰ってきたのかも覚えていなかった。
ーーこれも年のせいなのか……お酒で記憶を無くすなんてヘマはしなかった
これでも酒は強いと自負していた。社会人になって上司の誘いとなれば最後まで付き合うのが平社員の常識であり、断るなんて単語は存在していなかった。それも昔のはなし。
仕事内容も随分と変化して、昭和を駆け抜けてきたおじさんには頭の痛いことばかりが増えてきた気がする。
ーーこの辺りで定年ってのは、タイミング的には良かったな……って、違う違う! そうじゃなくて、なんでこうも起きられないんだ!?
もしかしたら、これはまだ夢なのだろうか。こんなにまで目覚めが悪いなんて、酒を飲みすぎたからだけが理由ではない。
少しだけ不安に思ったが、突如重い瞼が軽くなった。さっきまで鉛のように重かった体も何事もなかったかのように動く。正しくはその感覚が脳に伝わる。
「
誰かの声。聞き覚えはあった。ただ、名前には聞き覚えはない。
そっとお腹辺りに誰かが触る感触が伝わる。
「すごい寝言言ってたね。夢見てたの?」
(ん? 俺に言ってるのか? なんだ馴れ馴れしい言葉遣いして……まさか二次会に変な店にでも行ったのか!?)
それは不味いっと、一気に目を限界まで開いた。
「たっぷりお昼寝できたね。午前中いっぱい公園で遊んだもんね……でもそろそろ起きようね。おやつの時間だよ」
目の前で笑顔の女性が俺を見下ろし、まるで子供を宥めるような話し方をしながら微笑んでいる。もしも、ここが飲み屋で、目の前にいるのが厚化粧をした女だったらさっさと金を払って飛び出していた。
だが、その行動を俺はしなかった。いや、できなかった。
「今ホットケーキ作るから、二度寝しちゃダメだよ。夜寝れなくなっちゃうからね」
そう笑顔のまま立ち上がり、女性は見慣れない部屋から出ていく。
車や飛行機が描かれたかわいい壁紙、絵本を飾る本棚、いろんなおもちゃが詰まった大きな箱。見るからに子供部屋。どう見たって飲み屋ではない。
そして、問題はそこではなかった。
さっき自分を見下ろしていた女性は、少し雰囲気が変わって見間違ったのかとも思ったのだが、そんな筈はない。どう見ても、あの女性は自分の一人娘・
(いや、けど……そんなはずない)
娘が俺に笑顔で話しかけるなんて何年前の話だろう。記憶を辿ると、小学校低学年の頃の娘がぼんやりと思い浮かぶ。
小学校3年生あたりから、まるっきり近寄ってこなくなった。それ以来、娘が俺に笑いかけるなんて一度もない。なのに、今はにこにこ笑って愛想を振り撒いている。しかも、父親に向かって変な言葉遣いまでする始末だ。
(結婚前だから浮かれて頭がおかしくなったのか?)
来月、娘の結婚式がある。だから、家族3人と過ごすのも残り僅かになった。
好きな人と暮らせることを喜ぶのは分かるが、あれはないと落胆の溜め息をつく。父親に対しての態度を弁えろと少し言っておかなくては、嫁いでから恥をかいてしまう。
きっと嫌な顔をさせるかもしれないが、一言言わないとと立ち上がった。
「かる……い」
声がうまく出なかった。なんだか発音がしずらい。
だけど、それを気にするよりも先に驚いた。立ち上がりが異常なほど軽い。いつも起き上がる時には、慢性的な膝と腰の痛み、五十肩に耐えるのが日常だった。なのに、今は痛みが一切ない。身体に羽でも生えたかのように足が滑らかに動いた。
「なんで」
次に肩を回す。痛くない。
「おおっ」
細やかだが、俺にとってはかなりの感動だ。
しかし、現実に返る。
「げっ」
着ている服がなんとも子供っぽい。青色のオーバーオールに黄色のTシャツ、そして靴下は車柄。
今オーバーオールとは言わないって誰かに言われたことが頭を過ったが、そんなのどうでもいい。
「なんなん……だっ」
これが娘と妻の悪ふざけだとしたら烈火のごとく怒鳴らないと気がすまない。怒りで頭がいっぱいだったのだが、それは一瞬で冷めた。
目線の先に小さな置き鏡があり、そこに映っている自分を見てしまったから。
ふわふわの細くて柔らかな髪の毛、毛穴のない綺麗な肌艶の顔、丸くなで肩の小さな身体。
自分を写し出すはずの鏡の中にまるで別人の人間がいた。
正確には、知らない子供と鏡越しで目が合った。
「誰っ!!!?」
今年65歳。名字は
斎藤 浩之。これが俺の名前。
俺の人生は順風満帆。
ーーそう思っていた筈だった。
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