第三話
あの後……結局、買い物した後に、右手を病院で見て貰ったが……テーピングされただけだ。
奇跡的な事に、軽傷だった。
左手で袋を持ちつつ家に帰ると……結局晩飯はカップ麺になった。
今日は味噌。
湯を沸かし、入れ、待って、食べる……
テーピングされた右手で箸を持ち、ラーメンを絡めて、啜る……
いいんだよこういうので……独身一人暮らしは。
奮発して、菓子パンも買ったんだ。
明日は学校……右手を誂われる相手もいない俺だ。今日はすぐに寝よう。
次の日。
登校して、右手に特に触れられることもなく、一日が過ぎる。
いつもの毎日……は、すぐに放課後になり……
帰宅する途中で買い出しをして、家に帰って、店を開ける。
主な収入源である店は、家賃、光熱費等を異世界にハーレムを作りに行ったオーナーが払ってくれてる為、実際の稼ぎは思ったより少なくてもいいのだが……
いつか見た客がいた。
だが、今回は一人だな……
他に客も見えないし、一旦、レジの席に腰を落ち着かせる。
すると、カウンターに座った……背の小さな、帽子を被った女の子が、こちらに声を掛けてきた。
「佐藤圭、ここでバイトしてるのか?」
「……夢月さん? 覚えててくれるなんて」
リスターに、つい数秒前に入店した彼女……夢月パディアは、「バイトはいつ終わるのか?」と聞いてくる。
「どういう意味?」
半ば、タメ口で訊くと、夢月は話を切り出す。
「実は、友達から恋愛相談を受けているんだ」
前も、青髪の女と一緒で被っていた制帽を整えながら言う。
「知り合いに男がおらぬからな。男の扱い方というものが解らず……」
「恋愛相談とか、点で俺に訊いちゃ駄目じゃないか?」
「そうなのだが……」
同意しちゃったよ。
「まあ、本題に入ろう。金髪で青い目をした、この店に共に来た同志は覚えているか?」
「……マースって呼ばれてる人?」
「そうだな。詳細は詳しく話してはくれぬが、ひとえに、告りたいと」
「相手の情報とかもないのか? あっても俺の人脈なんてないから、アドバイスすら出来ないんだが」
「殆どを伏せておってな……参るのは此方もだが、それでも、何か実用的な手を打とうとしておるのだ」
要するに、告って成功する確率を高めるために……何かしたいと。
一応答えは決まってる様なものだが、矛盾がないように、一つ疑問を言っておく。
「何でこの店なんだ?」
「同じクラスの男が都合よくおるからだ。まあ、マースの告白相手が同年代だとは限らないが」
「なるほどな」
敬語も諦めて、取り敢えずは想定通りの理由だった。
「さて、後は君の返事次第なのだが……」
「今日は駄目だ。明日、明後日……も、駄目だ。木曜と金曜は空いてる」
「ふむ。では、今日はバナナパフェを頼んで、帰るとしよう。木曜に、どこで会うかだけ決めよう」
「店の前でいい」
「そうか」
そこで会話が終わる。立ち上がり、厨房に入って……バナナパフェを、作り始めた。
夢月も帰り、閉店後の店。
掃除している時に、急にノックの音が聞こえる。
こんな夜更けに……
「……佐藤さん、こんばんは」
夜更けじゃないのでバナナではなかったが、目の前の女子は、モネ・エレ。
「どうかなさいましたか?」
テーピングされた右手を体を捻って隠しつつ、敬語で話す。
警察と話してるわけじゃ無いんだけどな……
銀色の美髪に擽られる様に、一瞬だけ、意識が引き込まれる。
それくらい、心の何処かで、ある意味信頼を寄せていた。
六花の姫君――が、玄関を開け放つ。
「――っ」
ドア先の攻防に瞬時に押し負けた俺は、「失礼します」と隣で言っているモネ・エレに中に入られる。
「今、開いてないですけど……」
「先程のお返しをしに来ました」
「いやお気持ちだけ……」
「先日もそう言ったでしょう」
こいつ、賢いから対策してきた……
後、人格面でいい奴なことは何となく分かった。真面目な奴なんだな。
同時に難儀な奴でもありそうだが……
「右手が使えないんでしょう?」
「そこまででもありませんが……」
……しばし、睨み合う……もとい、微笑み合う。
だが……俺が折れた。
「……責任を感じる必要は無いと思うんだが……」
ぼやいたが……
中に入られて……テーブル席に座ったモネ・エレの、対面に座る。
「本日はどのようなご要件でしょうか?」
「お返しです」
……それは聞いたんだが……具体的には……
「何をするんだ?」
「これから二週間だけでも、ここで料理させていただければ」
「何故料理なんだ?」
「飲食業をしているらしいので、使いにくい右手の代わりにと思いまして」
一回来ただけで、かなりの情報を抜かれた……
「気にしないでくれても構いませんけど……大して使えないわけではないので」
俺はそう言うが、聞き耳は持ってくれないだろう。
「学校生活を見る限り、明らかに栄養分が不足していて、不健康です。あちらのレジ袋を見る限り、更に不健康です」
目敏く見つけてきた……カップ麺類。
だが、どうするのだというのだろうか。
「幸いにも、家が近所なので……」
近所? その前置きは、何だ?
「明日から今週末までは、ここに作りに来ます。いいですね」
こうして、強引にも、お返しが取り込められてしまった……
つい少し前まで、全く触れ合いが無かったのに、いきなりの接近に、驚くことが多い。
まずは、その性格だ。
普段からそういう訳じゃないのは何となく感じるが、面倒見が良く、後、礼儀を忘れない。
……良い言い方だが、良くも悪くも、ドライな一面は隠してあると思う。
多分、昔のことをダシにして話し掛けられるのが嫌なのだろう。こうやって、貸し借りをしっかりと清算するのも、口実を作らせない為の根回しに思える。
後……何か、あるっぽいんだよな。
あの日、道路脇で、顔を伏せていた姿を思い浮かべると……
その口封じの為でもあるかもしれないと、思えてしまった。
朝の六時半。
起床させられた。ノックに。
慌てて靴履いて一階に降りて、ドアを開けると、銀髪の少女が立っていた。
いつもと変わらない目が、俺と合う。
昨日言った通り……ではあるが、早いな。
まだ着替えてもない俺は、そんなの気にしてなさそうなモネ・エレに横を素通りされる。
結局、押し負けた俺は、昨日のうちに色々とキッチンの位置と使い方を漏らしてしまい、あの様子だ。
「あの……」
俺が声を掛けると、モネ・エレが振り返る。
「本当にいいんですか?」
「はい。お礼ですので」
詰問された結果、アレルギーも無いし好き嫌いも無いと吐いてしまった俺は、何やら持ち込んできたのか……野菜類を見ながら、出来る限りこれが夢であることを願って、二階に戻っていく。
モネ・エレは、制服だ。それなのにやってることは……こんな言い方は良くないが、通い妻。
根本的には、信用されてる訳じゃないし……早起きしてしまったし……偶然とは言え、悪い事になってしまった。
右手のテープを巻き直してから、着替えて……トイレ行って……それから色々と済ましてから一階に降りたら、声が掛かった。
「……口に合わなかったら、別の方法を考えます」
既にカウンター席に置かれている一食分の飯。
言うまでもない、モネ・エレが作った、今朝の俺の朝ご飯だ。
どう言ったらいいのだろうか……? 取り敢えず、「戴く」とだけ言って……朝ご飯に、手を付けた。
朝ご飯のラインナップは、結構簡単だ。
軽く、少なめのご飯、味噌汁、そして、目玉焼き。
卵は近年はずっと高騰しているらしいが……少なくとも、高校に入ってからは買ってなかったよなと思いつつ、箸を付ける。
それぞれ一口、食べてみた……
米は、言う事は大してない。手順通り炊けば同じ味になるはずだ。
味噌汁は……吃驚するほど、美味しい。朝だから、味噌は薄めになっているが、飲食店のキッチンなだけあり、モネ・エレの持ち込んでいない具材も多い。
調理したところは見ていないが、俺は普段食べない、向こうの世界の食材も見られる……
味噌汁の中身は、食える……な。大根のような……異世界大根は、赤いが、美味い。
文句が出ない……もともと付けるつもりも毛頭ないが。
「どうですか?」
食ってる途中で、聞いてくる。適当に、「いい感じだ」と返す。何がいい感じなのか……
だが、意図は伝わった。
「では、お弁当を用意しますから」
ここまで世話を焼いてくれなくてもいいと思うんだが……
今更、か。
暫く時間が経った……ら、モネ・エレが、こう言った。
「先に行きます」
……知ってるのだろうか、ストーカーのことを。まあ知ってるか。
だが、ストーカーが事実上の監視をしていても、俺に心配が及ぶ訳じゃないと感じた。
まず、完全にプログラムされたかのようなロボットみたいにしか行動しない。だからこそ、ストーカー達の盗撮地点も一定で、ストーカー達だって、朝早くに学校に行く彼女は合わせたくないから……寮付近でしか徘徊しない。
張り込みは効果が薄い。平日の放課後や休日に外に出たことは無いからだ。
……いつもの時間に出た、モネ・エレ。遅くも早くもない、丁度の時間に、先に行った。
俺は……早く起きたこともあり、アラームを掛けて、寝ることにした。
制服のシワとかぶっちゃけ気にしないんで、既に就寝体制に入った俺は、眠気が、来て……
戻ってきた二階で、寝息を立て始めてしまった……
あ。
遅刻まで後……
四分?
「うわっ!?」
ヤバいやった!?
バン、とドアを開け、玄関から走って出て、全速力で学校に向かう。
曲がって……
走り……
階段を駆け上がって、廊下を急ブレーキし、ドアを開ける。
「……佐藤圭はいな……」
「はい、いますが?」
「……セーフかな」
「ごほ、ごほ……うえっ」
咳込み、汗が出る。
あぶねー……
「理由はどうしたんだ?」
「二度寝したらこうなりました」
「その原因は?」
「夜更かしです」
「なんで更かしたんだ」
「先生に言ったらキレるので黙秘します」
この女の先生は、いい歳こいて彼氏がいないっていうコッテコテの典型的な先生だ。
「言え、殴って欠席にするぞ」
「いいんですね」
「ああ」
「女遊びです」
「し
ね」
堂々と嘘を付くと、堂々と中指を立ててきた。
「今日日直休みなんだよ。やれ」
「うえ……――ごほ、ごほ」
咳き込みながら、分かりましたーと言って、今日の出席記録の帳簿と、ボールペンを受け取る。
出席簿……というものだが、先生が点呼、生徒がはいをすればいい。
朝の時の出欠確認で……俺のところが、まだ書かれていない。遅刻なら、まずは欠席になってから、矢印が付いて、遅刻となるが、堂々と、出席に丸を付けた。
日直がいなかったら気分で日直を指名する癖があるため、土壇場だが、上手いこといったようだ。
「夢月パディア」
「はい」
「……よし。じゃあ、お前らに一言。夜遊びは程々にしろ。以上解散」
「きりーつ、きをつけー、れー」
「「「ありがとーございましたー」」」
全員無気力な挨拶を終え、先生に出席簿を渡して、俺は自分の机に戻った……
一時間目が始まるまでの間、席について、荷物を置いて、準備して……
誰も話しかけてこないのは分かってるので、堂々と三度目する。
先生は、準備で忙しいから朝はもういなくなってるし……
予鈴が鳴るまで、寝ていたのだった……
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