第三部第六畜 迷宮決闘:四日目(不良債権チキンレース)

迷宮決闘、四日目の朝。


「――降伏します」


 迷宮入口から現れた魔物が白い旗を振っている。


「…………。」


 迷宮の主側、決闘開始から四日目にして――まさかの投了である。

 板の寝屋から起き出してその光景を見る俺とナローデさんは、どちらも苦い顔である。


:もう降伏するんか……。

:判断早すぎない?

:いや。魔物が内輪揉めを始めた時点で既に、詰み確定だろう

:え、なんで?

:説明するなら、そうだな……ゾンビって魔物がいるじゃん?

:何だよ急に。そりゃ知ってるけど

:ゾンビって噛みつくと相手もゾンビになるじゃん?

:なるな。でもそれがどうしたんだ?

:入院費が払えないのに入院費を自腹にされた魔物は……まあ、ゾンビ化したんだよ

:??? 何言ってんの? ゾンビ化なんてしてないじゃん? ちゃんと説明して?

:そうだなあ……。まず、財布とられて、素材ぜんぶ狩られて、魔物が一文無しになりました

:うん

:で、入院費を自腹で払わなければいけなくなりました。だけど無一文です

:ここまではわかる

:だから別の魔物を襲って入院費を稼ぐことにしました

:まあ、(他に手はないのかとは思うが)一応わかる

:つまり。足りない金を、仲間を襲う(そして治療のため働く)事で補う手段を選んだ時点で……あとはもう、同じ境遇の奴が増えてくばっかりになるだろ?

:そりゃまあ、そうなるだろうが……ああ!それを「ゾンビ化してる」って言いたいのか!

:なるほど。後はひたすらゾンビが増えてくだけ、ってか

:ん? そうか? まだ五~七階あたりの、深層の強い魔物たちが出てきてないだろ? そいつらの強さなら、返り討ちにできるんじゃないのか?

:いやもう単純に、数の暴力っしょ。迷宮が全八階層で、四階層までの魔物がみんな、寝返ったようなもんだからなあ

:あー……過半数か

:投了を選んだ迷宮の主の形勢判断パねえな

:投了を選んだ迷宮の主の絶望もパねえな

:迷宮の主「計算が終了した……我の勝率、ゼロ%」

:迷宮の主マジかわいそうだろこれ


 白旗を掲げる魔神型の魔物は、無言で涙を流している。

 まあドラゴンが降伏とか聞いた事ないもんな。

 頭よさそうなドラゴンだから判断にも納得だが、誇り高そうなドラゴンが本当に敗北を認めるとは思わなかった。

 その理由は――旗持った魔神が泣いてるのと何か関係があるのかな。

 と思って見ていたら……魔神の泣き顔がこっちを向いて、睨まれた。


「あるじ様は。我ら、深層の魔物まで身ぐるみ剥がされることのないように、と……敢えて! 降伏という恥辱にまみれた選択をなされたのだ!」


 言い終えて、とめどなく溢れる魔神の涙。

 下級魔物には保険制度終了させるけど上級国民には優しいのか。どんなドラゴンだ。

 魔神はそのまま悔しそうに病棟の方を見る。


「あのアホの。ワーウルフどもが軽挙に走らねば……我らはまだ、戦えたものを……!」


 いやまあ昨日のアレは俺も露骨な失策だとは思ったわ。

 相手に稼がせないための策を講じ過ぎて、肝心の戦闘で格下の魔物相手に惨敗するのはダメだろう。本末転倒だろう。というか、敗北前提で策を練るのがよくないと思う。

 まあ、じゃ拳神メイド相手にどう勝つんだって話になってくるんだが……

 せめて中ボス格の。選りすぐりの強い魔物とか、ぶつけてくれば良かったのに。


「我らが迷宮の誇る強者、迷宮四天王も……! 肝心な時に、まるで役に立たぬ……!」


 あ、居たわボス格。でも全員、初日にすでに入院してたな。決闘始まる前の盤外戦で倒されてたし。

 こりゃ確かに勝負にならんな。


「――降伏を受諾します」


 頬を掻きながら俺がサレンダーを認めると、いつの間にか背後に集まっていた魔物達(医療従事魔物)が、わっと沸いた。


「やった! 俺達の勝ちだ!」

「やりましたねデュラはん!」


 快哉を上げ、笑顔でばしばし肩を叩いてくる魔物達だが(痛い)、お前ら全員迷宮の魔物じゃなかったか。いいのか。全員、やり遂げた迷宮攻略者みたいな顔してるけど。

 俺は細かい事を気にしないことにした。


「そうです……。もっとも気にすべき点は、他に――あるはずです」


 うなだれたままのナローデさんがぼそりと呟く。髪に隠されその表情は窺い知れない。


「ここで攻略終了されてしまったら……この先。どうやって借金返すんです?」

「――え」


 確かに。借金は数月先の返済分まで既に払い終えてはいるが、その先返していくあてがない。というか今なくなった。どうしよう。

 あの態度何だろとは思っていたが、稼ぎがなくなることに凹んでたのかナローデさん。

 虚をつかれた俺の返答を耳にして。ふと、泣き顔の魔神がニヤァ……と笑った。

 あれはきっと――お前も道連れだぞ、というメッセージに違いない。

 確かに迷宮の主は敗北したが、その投了によって逆に、数か月後の俺らへと詰みをもたらすわけだ。おお。なんと恐ろしい知略よ。(単にどちらも不良債権なだけ)

 ナローデさんは空しい皮算用をはじめた。


「なら、ドラゴン(迷宮の主)の財宝を、返済に回せば――」

「……その財宝がもう殆ど残ってないから、投了したんだと思いますよ?」

「くっ。それもそうですね――」


 ナローデさんの焦る瞳が、牙なきオークや翼なきミニデーモンを捉え、輝く。


「じゃあ。迷宮の魔物をこのまま治療し続けて、『素材牧場』を――」

「ぎゃああああ!?」

「いやあああああ!?」


 『素材牧場』というおぞましい響きを耳にし、魔物達がけたたましい悲鳴と共にびくびくと身体を震わせた。光の消えたその瞳は、かつて金髪メイドに身体の一部をもぎ取られた悪夢をエンドレスリピートしている様子だ。


:やめたげて

:メイドさん後生だからそれだけはやめて

:俺達もうあんな惨劇見たくない

:俺らが頼むのも変だけど、もう魔物達を許してあげて

:角や牙とは違って、心は一度欠けたら、二度と、もう二度と――


「ナローデさんこの通り視聴者から非難ごうごうですが……」

「ああハイハイわかりましたよもう二度と剥ぎ取りは致しません」


 その軽い宣言に、魔物達全員がホッと胸を撫で下ろした。

 俺もゴブリンも視聴者達も、安堵にようやく肩の力を抜く。


「なんで剥ぎ取り対象じゃない人達までホッとした顔してるんですか……。

 ――それよりも!

 じゃあ実際、どうするんです? 借金の返済は!」


 商会員たちのいる辺りを指差し、ナローデさんは腰に両手を当てる。

 その方向に聳えるのは……中途半端に再建された、ゴブリンブルグの療養施設群。

 そして――いかにも粗末な、藁の寝屋と木の寝屋。(このふたつは俺らが建てた)


「仮に。これから療養都市ゴブリンブルグとして運営して、稼いでいくにしても……まだ再建の途中でしょう? こんな有様で客呼べるんですか? そもそもアクセスも悪いし」

「いやそれはこれからも、少しずつ再建とか続けていって……」

「その建築費用はどこから稼ぐんですか、って聞いてるんです」


:あー。迷宮が攻略されたし、ダンジョンが枯れちゃったとなるとなぁ……。

:??? 迷宮が攻略されると何か変わるん?

:魔物がそれ以上増えなくなるし、瘴気も増えなくなるし、『大魔嘯』も起きなくなる

:冒険者はダンジョン枯れたら行く理由なくなるなあ……

:温泉目当てに旅行者が行くんじゃない?

:ダンジョンって大体えらく辺鄙なところにあるから……悪路すぎて、一般の旅行者じゃまず辿り着けねえよ

:じゃあ、気合の入った商人とかだったら?

:そもそもダンジョン産の商材って魔物素材なんだから、もう取引できるものがないだろ

:なるほど……これは誰も行かないわ


 うーん、とその場で首をひねる一同。いや別にお前らの借金じゃないんだが。

 熟慮のはて、商会員の一人が口を開く。


「――仮に、だが。

残りの返済額の半分くらいの金を、全部突っ込むならば……

このドライ=D=ドラッガを用いて、弾丸道路をつくることは可能だ」


弾丸道路とは棒道、すなわちまっすぐな道のことらしい。

なんでも、この荷台の上にある古ぼけた魔導具は……とんでもない大金を食わせた場合、それ自身が建設機械へと変形するのだそうだ。

そして、自動で道をつくり、トンネルを刳り抜いたり陸橋を作ったり舗装したり、とにかく指定した目的地へのまっすぐな道を作ってくれるらしい。なにそれ便利。


「え。なんで、まず道を作るんですか?」

「道さえよければ客は来る……こんなにも、いい温泉地なのだから」


 ゴブリンが照れている。いやぁそんな大した温泉じゃないゴブよ~とか謙遜している。

 どうやら客の受け入れ施設は後回しにして、まずとにかく道を作らないと――来客、そして収益にはつながらないらしい。


「でもその道を作る金がないと」

「……金を稼ぐための道をつくるための金を稼ぐための何かが。要るな」


 なんか、限界集落の町おこしみたいな話になってきた。

 田舎はホント、どこ見ても田んぼと暗い未来しかないよねえ。


「よし……では、かくなる上は。最後の手段を、使う時が来たか……」


 突然俺が口にした「最後の手段」という言葉を、ウチの稼ぎ頭が鋭く聞きとがめる。


「え? お金集める手段が他にあるんですか? まさかわたくしに隠してたんですか?」

「いや別に隠してないけど……使いたくないから言わなかっただけで……」

「この期に及んで何を出し惜しみしてるんですか。お金が要るんですよ? 誰かさんのせいで」

「アッハイ……」


 俺は、自身のスキル「つべルーラ」(ダサい)の……ずっと隠していた機能を表示した。

 画面右上に枠がポップする。


:ん? なにこれ鬼畜殿?

・視界の右斜め上に新たな四角が出てきたんだけど

:……ス……パ……チャ? 何それ?

:どういう概念?


 一斉に疑問を口にし始める中世人をよそに。現代人のナローデは納得の表情を浮かべる。


「あぁ……。スパチャですか。え、これでお金集めるんですか、本当に?」


:なに、スパチャって、俺らから金取る機能か何かなの

:惨劇を強制的に見せられたあげく金まで取られんのか

:どんな罰ゲームだよ


視聴者(強制)のもっともな反応に苦笑しつつ、俺はナローデの勘違いを正す。


「ああ、違いますよナローデさん。この『スパチャ』は、ただの投げ銭じゃないですよ」

「? 配信者に目立つメッセージ送るアレじゃないんですか? どう違うんですか」

「確かに、この『スパチャ』は、視聴者が配信者側へ現金を送ることのできる機能ですが。

この機能を用いてお金を送ると。送ってくれた人の、口の中に――」

「え……? 送った人の口の中に……?」

「――大量のすっぱいお茶が流し込まれます」

「ほぼ罰ゲームじゃないですか! あ、スパチャって単にすっぱいお茶の略ですか!

 そんなん誰も現金なんて送る気になりませんよ!」


:¥銀貨一枚 へー、ちょうど喉渇いてたから試してみるわ《ハンブルグ在住 ジョン》

:ゴボゴボッ

:すっぱ! マジすっぱ!

:こんなん余計に喉渇くわ!

:¥銀貨一枚 えっ、気になるわ俺も試してみよ《バイエルン在住 ジャック》

:ゴボボボッ

:いや量多すぎるわ! あとホントにすっぱ!

:ちょっと口直しに井戸行ってくるわ……


「すごい……。勇者が二人もいるとは……」

「スパチャ送る人が勇者扱いされるレベルじゃ、それこそ誰も送ってくれませんよ!」

「――しょうがない。じゃあ、奥の手を使いますか」

「この期に及んでまだ隠し玉があるっていうんですかあなたは……」


 俺は配信画面へ向き直り、深呼吸をひとつしてから呼び掛ける。


「えー。この配信をご覧の――ナロンベルクの皆さん」


:なんや

:呼ばれたで

:おぉん? 焼き討ちか?

:この町民全員歴史学者の町を焼き討ちする気かぁ?

:世界にとって大いなる損失ぞ?

:それとも俺らを脅迫する気か?

:脅迫されてもスパチャなんてわけわからん事はせんぞ?

:我らはよく歴史から学んでおりますからな?

:我らは賢明な判断しか致しませんぞ?


 さすがは旅立つ若者へ果物投げつけた前科のある土地である。

変わらず癖の強い住民ばかりである。

 俺は苦笑して続ける。


「かつて、ナロンベルクから旅立つ時。

 ――俺は皆の前で誓いました。

 絶対に偉くなって、いつか、必ず……」


 俺はカッと目を見開く。


「……この町の税金を三倍にすると!!」


:あーwww言ってた言ってたwww

:草www

:え、まさかあれwww本気だったんwww


「皆さんの返答はこうでした。

 『面白ぇ、できるモンならやってみろ』」


:あー……。確かに言ったわ……。www

:草生えるwww

:ちょっと待ってwwwまさか本気でwww


「聖者にして、バイエルン王立竜騎士団副師団長(補代理見習心得)。

 ――俺は、偉くなりました」


:まあwww確かにwww

:そりゃそうだがwww

:約束を果たしたみたいな顔されてもwww


「未納分の税金を……ここで徴収したいと思います……!」


:いやお前wwwそもそも徴税権ないやろwww

:¥金貨100枚 もう貴殿さあ、ホントさあ《ナロンベルク市長 フリードリヒ・フォン・ヴェセニヒ騎士爵》

:りょりょ領主様!?

:領主様もずっとこれ見てたのか……。

:そういえば鬼畜殿は領主様の縁者だったな……。

:貴族としての後見人でもあったな……。

:徴税権ないとは言い切れなくなったwww

:しかも領主様が率先して払っている……。

:おいお前ら、大恩ある領主様が払ってるのに俺らが払わないなんて法があるか?

:¥金貨10枚 民に税金をねだるとは貴族の風上にもおけませんぞ?《ナロンベルク従士長 ジーヤ・ジジィデス》

:領主様お付きのじいやさんまで……。

:¥金貨10枚 聖者として相応しく、もう借金などなされませんよう《ナロンベルク司教 リヒャルト・ワーグメー》

:町教会の司教様まで……。

:¥金貨5枚 しょうがねえなあ《ナロンベルク串焼屋 フランク・フルター》

:¥金貨5枚 皆が払うんじゃなあ《ナロンベルク酒場 サニーサイド・ミート》

:¥金貨5枚 持ってけドロボー《ナロンベルクギルド長 ブルグ・ハンブルグ》

:ゴボフォッ

:ブクブク

:すっぱ!

:すっぱ!

:マジすっぱいなこのお茶!


「義父(のはとこ)上……」


 遠縁ということになっている将軍の、率先しての尊い犠牲により。

 ナロンベルクの民はようやく、あの時の約束――三倍の税金を納付する気になったらしい。

 いやまあ厳密に言えば納付先は俺じゃなく、領主たる将軍のような気がするが。

 まあ借金返済の足しになるし黙っていよう。

 配信コメント欄は、納付した税金額に応じて大量のすっぱいお茶を強制摂取させられるナロンベルク民の阿鼻叫喚で溢れ返っている。

 そうこうしている内に、集まった金額は、借金残高のおよそ三分の一にも達した。

 しかし、奥の手を使っておきながらこの程度で止まる俺ではない。

 俺は眉を寄せ、蔑みの表情をつくり、配信画面を見下した。


「へえ……。田舎のナロンベルク民が、ここまでスパチャを送ってくれているのに。

 もっと都会のはずのバイエルンやハンブルグの人達は、全然じゃないですかあ。

 あれえ? ナロンベルクの方がずっと、進歩的で、都会的じゃないですか?」

 人を冷遇するだけして、ごめんなさいもせず放ったらかす。

 しょせん都会と言っても。住んでる人の礼儀が、このレベルじゃあねえ――?」


:は?

:はあああ?

:別にケチってねえし

:ちょっと様子見てただけだし

:ど田舎とは比べ物にならないスパチャ額見せてやんよ

:¥金貨20枚 くらいやがれ《バイエルン竜騎士団 アイ・フォン・コワレター》

:すっぱ!

:¥金貨30枚 おらぁ《バイエルン聖騎士団 フレグランス・ド・フラワー》

:すっぱ!

:¥金貨100枚 ……我が国の貴族の品格を下げるでない《バイエルン王 ホージュク・アルト・バイエルン》

:すっぱ!

:¥金貨99枚 我はその借金の貸主なのだが……なぜこんな事に……。《ハンブルグ侯爵 ハンス・フォン・ブルングルスト》

:すっぱ!

:おうお前ら陛下と侯爵様に続け!

:おお!

:すっぱ!

:マジすっぱ!


 ――こうして。

残された膨大な借金の殆どは、皆の善意(煽り耐性の低さ)によって返済された。

 そして、返済にあてられた大金はそのままドライ・D・ドラッガへ突っ込まれ――

 自動駆動する土木機械により、首都バイエルンへの直通道路がほぼ完成し――


「よし! これでこの療養都市ゴブリンブルグにも観光客が来る! 収入の道をつけたぞ!」

「やったゴブ!」

「いや今集めた金で俺の借金返して終わり、で良かったじゃん! わざわざ金突っ込んで道造る必要なかったじゃん!」


 ――バイエルン国の一大療養地、温泉都市ゴブリンブルグが誕生した。

(俺の通称がゴブリン温泉伯になった)

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る