第二章
結果から言おう。そのまさかだった、と。
その後の休み時間、ハルヒはいつものように一人で教室から出て行くことはなかった。その代わり、俺の手を
屋上へのドアは常時
こんな所に連れ込んで俺をどうしようと言うんだ。
「協力しなさい」
ハルヒは言った。今、ハルヒがつかんでいるのは俺のネクタイだ。頭一つ分低い位置から
「何を協力するって?」
実は
「あたしの新クラブ作りよ」
「なぜ俺がお前の思いつきに協力しなければならんのか、それをまず教えてくれ」
「あたしは部室と部員を確保するから、あんたは学校に提出する書類を
聞いちゃいねえ。
俺はハルヒの手を振りほどくと、
「何のクラブを作るつもりなんだ?」
「どうでもいいじゃないの、そんなの。とりあえずまず作るのよ」
そんな活動内容不明なクラブを作ったとして学校側が認めてくれるか大いに疑問だがな。
「いい? 今日の放課後までに調べておいて。あたしもそれまでに部室を探しておくから。いいわね」
よくない、などと言えばこの場で
「……俺はイエスともノーとも言ってないんだが……」
「同好会」の新設に
人数五人以上。
わざわざ調べるまでもなかった。生徒手帳の後ろのほうにそう書いてある。
人数は適当に名前だけ借りるとかして揃えることも可能だろう。顧問はなかなか難しいが、何とかだまくらかしてなってもらうという手もある。名称も当たり
だが、
そう言ったんだけどな。自分の都合の悪いことには聞く耳持たないのが涼宮ハルヒの涼宮ハルヒたるゆえんである。
終業のチャイムが鳴るや
「どこ行くんだよ」
俺の当然の疑問に、
「部室っ」
前方をのたりのたり歩いている生徒たちを
目の前にある一枚のドア。
文芸部。
そのように書かれたプレートが
「ここ」
ノックもせずにハルヒはドアを引き、
意外に広い。長テーブルとパイプ
そしてこの部屋のオマケのように、一人の少女がパイプ椅子に
「これからこの部屋が我々の部室よ!」
両手を広げてハルヒが重々しく宣言した。その顔は
「ちょい待て。どこなんだよ、ここは」
「文化系部の部室
「じゃあ、文芸部なんだろ」
「でも今年の春に三年が卒業して部員ゼロ、新たに
「てことは休部になってないじゃないか」
「似たようなもんよ。一人しかいないんだから」
これだけハルヒが
俺は声をひそめてハルヒに
「あの
「別にいいって言ってたわよ」
「本当かそりゃ?」
「昼休みに会ったときに。部室貸してって言ったら、どうぞって。本さえ読めればいいらしいわ。変わってると言えば変わってるわね」
お前が言うな。
俺はあらためてその変わり者の文芸部員を観察した。
白い
しげしげと
レンズの奥から
「
と彼女は言った。それが名前らしい。聞いた三秒後には忘れてしまいそうな
長門有希は
「長門さんとやら」俺は言った。「こいつはこの部屋を何だか
「いい」
長門有希はページから視線を
「いや、しかし、多分ものすごく
「別に」
「そのうち追い出されるかもしれんぞ?」
「どうぞ」
「ま、そういうことだから」
ハルヒが割り込んできた。こっちの声はやたらに
「これから放課後、この部屋に集合ね。絶対来なさいよ。来ないと
桜満開の笑みで言われて、俺は不承不承ながらうなずいた。
死刑はいやだったからな。
こうして部室を間借りすることになったのはいいが、書類のほうはまだ手つかずである。だいたい
「そんなもんはね、後からついてくるのよ!」
ハルヒは高らかにのたまった。
「まずは部員よね。最低あと二人はいるわね」
ってことはなんだ、あの文芸部員も頭数に入れてしまっているのか? 長門有希を部室に付属する備品か何かと
「安心して。すぐ集めるから。適材な人間の心当たりはあるの」
何をどう安心すればいいのだろう。疑問は深まるばかりである。
次の日、
ハルヒは「先に行ってて!」と
通学
部室にはすでに長門有希がいて、昨日とまったく同じ姿勢で読書をしておりデジャブを感じさせた。俺が入ってもピクリともしないのも昨日と同じ。よく知らないのだが、文芸部ってのは本を読むクラブなのか?
「……何を読んでんだ?」
二人して
「
長門有希は無気力な仕草で
「ユニーク」
どうも訊かれたからとりあえず答えているみたいな感じである。
「どういうとこが?」
「ぜんぶ」
「本が好きなんだな」
「わりと」
「そうか……」
「……」
沈黙。
帰っていいかな、俺。
テーブルに鞄を置いて余っていたパイプ
「やあごめんごめん!
片手を頭の上でかざしてハルヒが登場した。後ろに回されたもう一方の手が別の人間の
しかもまたすんげー美少女だった。
これのどこが「適材な人間」なんだろうか。
「なんなんですかー?」
その美少女も言った。気の毒なことに半泣き状態だ。
「ここどこですか、何であたし連れてこられたんですか、何で、かか
「黙りなさい」
ハルヒの押し殺した声に少女はビクッとして固まった。
「
それだけ言ったきり、ハルヒは黙り込んだ。もう紹介終わりかよ。
名状しがたき
「どこから
「拉致じゃなくて任意同行よ」
似たようなもんだ。
「二年の教室でぼんやりしているところを捕まえたの。あたし、休み時間には校舎をすみずみまで歩くようにしてるから、何回か見かけてて覚えていたわけ」
休み時間に絶対教室にいないと思ったらそんなことをしていたのか。いや、そんなことより、
「じゃ、この人は上級生じゃないか!」
「それがどうかしたの?」
不思議そうな顔をしやがる。本当に何とも思っていないらしい。
「まあいい……。それはそれとして、ええと、朝比奈さんか。なんでまたこの人なんだ?」
「まあ見てごらんなさいよ」
ハルヒは指を朝比奈みくるさんの鼻先に
「めちゃめちゃ
アブナイ
「あたしね、
「……すまん、何だって?」
「萌えよ萌え、いわゆる一つの萌え要素。基本的にね、何かおかしな事件が起こるような物語にはこういう萌えでロリっぽいキャラが一人はいるものなのよ!」
思わず俺は朝比奈みくるさんを見た。小柄である。ついでに童顔である。なるほど、下手をすれば小学生と
「それだけじゃないのよ!」
ハルヒは
「わひゃああ!」
「どひぇええ!」
「ちっこいくせに、ほら、あたしより胸でかいのよ。ロリ顔で
知らん。
「あー、本当におっきいなー」
「なんか腹立ってきたわ。こんな可愛らしい顔して、あたしより大きいなんて!」
「たたたす助けてえ!」
顔を真っ赤にして手足をバタつかせる朝比奈さんだが、いかんせん体格の差はいかんともしがたく、調子に乗ったハルヒが彼女のスカートを
「アホかお前は」
「でも、めちゃデカイのよ。マジよ。あんたも
朝比奈さんは小さく、ひいっ、と悲鳴を
「
そう言うしかあるまい。
それからふと気が付いて、
「すると何か、お前はこの……朝比奈さんが可愛くて
「そうよ」
真性のアホだ、こいつ。
「こういうマスコット的キャラも必要だと思って」
思うな、そんなこと。
朝比奈さんは乱れた制服をパタパタ
「みくるちゃん、あなた
「あの……書道部に……」
「じゃあ、そこ
どこまでも自分本位なハルヒだった。
朝比奈さんは、飲む毒の種類は青酸カリがいいかストリキニーネがいいかと
「
何が解ったんだろう。
「書道部は辞めてこっちに入部します……」
「でも文芸部って何するところなのかよく知らなくて、」
「我が部は文芸部じゃないわよ」
当たり前のように言うハルヒ。
目を丸くする朝比奈さんに、俺はハルヒに代わって言ってあげた。
「ここの部室は一時的に借りてるだけです。あなたが入らされようとしてるのは、そこの涼宮がこれから作る活動内容未定で
「……えっ……」
「ちなみにあっちで座って本読んでるのが本当の文芸部員です」
「はあ……」
愛くるしい唇をポカンと開ける朝比奈さんはそれきり言葉を失った。無理もあるまい。
「だいじょうぶ!」
無責任なまでの明るい
「名前なら、たった今、考えたから」
「……言ってみろ」
期待値ゼロの俺の声が部室に
お知らせしよう。何の
SOS団。
世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの団。
略してSOS団である。
そこ、笑っていいぞ。
俺は笑う前に
なぜに団かと言うと、本来なら「世界を大いに盛り上げるための涼宮ハルヒの同好会」とすべきなんだろうが、なにしろまだ同好会の
朝比奈さんはあきらめきったように口を
好きにしろよ、もう。
毎日放課後ここに集合ね、とハルヒが全員に言い
「朝比奈さん」
「何ですか」
年上にまったく見えない朝比奈さんは純真そのものの
「別に入んなくていいですよ、あんな変な団に。あいつのことなら気にしないで下さい。俺が後から言っときますから」
「いえ」
立ち止まって、彼女はわずかに目を細めた。笑みの形の
「いいんです。入ります、あたし」
「でも多分、ろくなことになりませんよ」
「大丈夫です。あなたもいるんでしょう?」
そういや俺は何でいるんだろうな。
「おそらく、これがこの時間平面上の必然なのでしょうね……」
つぶらと表現するしかない彼女の目が遠くのほうを見た。
「へ?」
「それに長門さんがいるのも気になるし……」
「気になる?」
「え、や、何でもないです」
朝比奈さんは
そして朝比奈さんは照れ笑いをしながら深々と
「ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
「まあ、そう言われるんでしたら……」
「それからあたしのことでしたら、どうぞ、みくるちゃんとお呼び下さい」
にっこりと
うーん、
ある日のハルヒと俺の会話。
「あと必要なのは何だと思う?」
「さあな」
「やっぱり
「謎の定義を教えて欲しいもんだ」
「新年度が始まって二ヶ月も
「
「いいえ、不自然だわ。そんなの」
「お前にとって自然とはなんなのか、俺はそれが知りたい」
「来ないもんかしらね、謎の転校生」
「ようするに俺の意見なんかどうでもいいんだな、お前は」
どうもハルヒと俺が何かを
「お前さあ、涼宮と何やってんの?」
こんなこと
「まさか付き合いだしたんじゃねえよな?」
断じて
「ほどほどにしとけよ。中学じゃないんだ。グラウンドを使い物に出来なくなるようなことしたら悪けりゃ停学くらいにはなるぜ」
ハルヒが一人でやるんであれば俺はそこまで
暴走特急と化したハルヒを止める自信はあまりないけども。
「コンピュータも欲しいところね」
SOS団の設立を宣言して以来、長テーブルとパイプ
どこから持ってきたのか、移動式のハンガーラックが部屋の
今、ハルヒはどっかの教室からガメてきた勉強机の上であぐらをかいて
「この情報化時代にパソコンの一つもないなんて、許し
一応メンバーは
ハルヒは机から飛び降りると、俺に向かって実にいやぁな感じのする笑いを投げかけた。
「と言うわけで、調達に行くわよ」
「調達って、パソコンを? どこでだよ。電気屋でも
「まさか。もっと手近なところよ」
ついてきなさい、と命令された俺と朝比奈さんを引き連れてハルヒが向かった先は、二
なるほど。
「これ持ってて」
そう言って俺にインスタントカメラを
「いいこと? 作戦を言うから、その通りにしてよ。タイミングを
俺に身を
「ああん? そんな無茶苦茶な」
「いいのよ」
お前はいいかもしれんが。俺は不思議そうにこっちを見ている朝比奈さんを
とっとと帰ったほうがいいですよ。
目をパチパチさせている俺を朝比奈さんは
そんなことをしているうちにハルヒは平気な顔でコンピュータ研究部のドアをノックもなしに開いた。
「こんちわー! パソコン一式、いただきに来ましたー!」
間取りは同じだが、こちらの部室はなかなかに
席についてキーボードをカチャカチャと
「部長は誰?」
笑いつつも
「僕だけど、何の用?」
「用ならさっき言ったでしょ。一台でいいから、パソコンちょうだい」
コンピュータ研究部部長、名も知れぬ上級生は「何言ってんだ、こいつ」という表情で首を
「ダメダメ。ここのパソコンはね、予算だけじゃ足りないから部員の私費を積み立ててようやく買ったものばかりなんだ。くれと言われてあげるほどウチは機材に
「いいじゃないの一個くらい。こんなにあるんだし」
「あのねえ……ところでキミたち誰?」
「SOS団団長、涼宮ハルヒ。この二人はあたしの部下その一と二」
言うにことかいて部下はないだろう。
「SOS団の名において命じます。四の五の言わずに一台よこせ」
「キミたちが何者かは
「そこまで言うのならこっちにも考えがあるわよ」
ハルヒの
ぼんやり立っていた朝比奈さんの背を押してハルヒは部長へと歩み寄り、いきなりそいつの手首を
「ふぎゃあ!」
「うわっ!」
パシャリ。
二種類の悲鳴をBGMに聞きながら俺はインスタントカメラのシャッターを切った。
「キョン、もう一枚
不本意ながら俺はシャッターボタンを押すのだった。すまない、朝比奈さん。と、名も知らぬ部長。朝比奈さんのスカートの中に
「何をするんだぁ!」
紅潮したその顔面の前で、ハルヒは
「ちちち。あんたのセクハラ現場はバッチリ撮らせてもらったわ。この写真を学校中にばらまかれたくなかったら、とっととパソコンをよこしなさい」
「そんなバカな!」
「キミが無理矢理やらせたんじゃないか! 僕は無実だ!」
「いったい何人があんたの言葉に耳を貸すかしらねえ」
見ると朝比奈さんは
なおも部長は抗弁する。
「ここにいる部員たちが証人になってくれる! それは僕の意思じゃない!」
「そうだぁ」
「部長は悪くないぞぉ」
しかしそんな気の
「部員全員がグルになってこのコを
俺と朝比奈さんを
「すすす涼宮さんっ……!」
足にすがりつく朝比奈さんの手を軽く
「どうなの、よこすの、よこさないの!」
赤から青へ目まぐるしく変色していた部長の顔はとうとう土気色になった。
ついに彼は
「好きなものを持って行ってくれ……」
「部長!」
「しっかりしてください!」
「気を確かに!」
糸の切れたマリオネットの動きで部長は首をうなだれた。ハルヒの片棒をかついでいる俺ではあるのだが、同情を禁じ得ない。
「最新機種はどれ?」
どこまでも
「なんでそんなことを教えなくちゃいけないんだよ」
「くそ! それだよ!」
そいつが指したタワー型のメーカー名と型番を
「昨日、パソコンショップに寄って店員にここ最近出た機種を一覧にしてもらったのよねえ。これは
あまりの
ハルヒはテーブルをぬって確認して回り、その中の一台を指名した。
「これちょうだい」
「待ってくれ! それは先月
「カメラカメラ」
「……持ってけ!
まさしく泥棒だ。返す言葉もない。
ハルヒの要求はとどまるところを知らない。各ケーブルを引っこ抜かせたハルヒはディスプレイから何からいっさいがっさいを文芸部室に運ばせたあげく配線し直すように求め、さらにインターネットを使用出来るようにLANケーブルを二つの部屋の間に引かせ、ついで学校のドメインからネットに接続出来るようにすることを申しつけ、そのすべてをコンピュータ研部員にやらせた。
「朝比奈さん」
すっかり手持ちぶさたになってしまった俺は両手で顔を
「とりあえず帰りましょう」
「ぅぅぅぅ……」
しくしく泣いている朝比奈さんを
まあ、ほどなく明らかになったのだが。
SOS団のウェブサイト立ち上げ。
ハルヒはそれがしたかったようだ。で、
「あんた」
と、ハルヒは言った。
「どうせヒマでしょ。やりなさいよ。あたしは残りの部員を探さなきゃいけないし」
パソコンは「団長」と
「一両日中によろしくね。まずサイトが出来ないことには活動しようがないし」
我関せずとばかりに本を読む長門有希の横で朝比奈さんはテーブルに
「そんなこと言われてもなあ」
言いながらも俺はけっこう乗り気だった。いやいや、ハルヒの命令口調に慣れてきたからじゃないぜ。サイト作りさ。やったことないけど、なんか
つまりそういうわけで、次の日から俺のサイト作成奮戦記が始まった。
とは言え、奮戦することもそうそうなかった。さすがコンピュータ研究部、あらかたのアプリケーションはすでにハードディスク内に収まっており、サイトの作成もテンプレートに従ってちょこっと切ったり
問題はそこに何を書くかである。
なんせ俺はSOS団が何を活動理念とした団体なのか
「長門、何か書きたいことあるか?」
昼休みにまで部室に来て本を読んでいる長門有希に
「何も」
顔も上げやしない。どうでもいいがこいつはちゃんと授業に出てるんだろうな。
長門有希の
もう一つ問題がある。正式に認可を受けていない同好会以下の
バレなきゃいいのよ、とはハルヒの弁。バレたらバレたで
この楽観的で、ある意味前向きな性格はちょっとだけだがうらやましい。
適当に拾ってきたフリーCGIのアクセスカウンタを取り付け、メールアドレスを
こんなんでいいだろ。
ネット上でちゃんと表示されていることを確認して俺はアプリを次々消してパソコンを
気配ってもんがないのか。いつの間にか俺の後ろを取っていた長門の能面のような白い顔。わざとやっても出来そうにない見事な無表情で長門は俺を視力検査表でも見るような目で見つめていた。
「これ」
分厚い本を差し出した。反射的に受け取る。ずしりと重い。表紙は何日か前に長門が読んでいた海外SFのものだった。
「貸すから」
長門は短く言い残すと俺に
ハードカバー本を手みやげに教室へ戻った俺の背中をシャーペンの先がつついた。
「どう、サイト出来た?」
ハルヒが難しい顔をして机にかじりついていた。破ったノートに何やらせっせとペン先を走らせている。俺は出来るだけクラスの注目を浴びないようなさりげなさを
「出来たには出来たが、見に来た奴が
「今はまだそれでもいいのよ。メールアドレスさえあればオッケー」
じゃあ
「それはダメ。メールが
何をどうすれば登録したばかりのアドレスにメールが殺到するんだ?
「
そしてまたいやぁな感じの笑い。不気味だ。
「放課後になったら
永遠に極秘にしておいて欲しい。
次の六時間目、ハルヒの姿は教室になかった。おとなしく帰っていてくれればいいのだが、まずあり得まい。悪事の前段階。
その放課後である。自分のやってることに疑念を覚えつつ、つい部室へと足を向けてしまうのは
「ちわー」
やっぱりいる長門有希と、両手を
人のことは言えないが、よっぽどヒマなのか、この二人は。
俺が入っていくと朝比奈さんはあからさまにホッとした表情になって
つーか、あなた、あんな目にあいながらよく今日も来ましたね。
「涼宮さんは?」
「さあ、六限にはすでにいませんでしたけどね。またどこかで機材を
「あたし、また昨日みたいなことしないといけないんでしょうか……」
額に縦線を
「
「ありがとう」
ペコリと頭を下げるはにかんだ
「お願いします」
「お願いされましょう」
「やっほー」
とか言いながらハルヒ登場。両手に
「ちょっと手間取っちゃって、ごめんごめん」
ハルヒは紙袋を
「今度は何をする気なんだ、涼宮。言っとくが押し込み
「何言ってんの? そんなことするわけないじゃないの」
では机に
「
紙袋の一つからハルヒの取り出したのは、何やら手書き文字が印刷されたA4の
「わがSOS団の名を知らしめようと思って作ったチラシ。印刷室に
ハルヒは俺たちにチラシを配った。授業をサボってそんなことをしてたのか。よく見つからなかったもんだ。別段見たくもなかったが俺はとりあえず受け取ったそれに目を通す。
『SOS団結団に
わがSOS団はこの世の不思議を広く
この団の存在意義がだんだん
「では配りに行きましょう」
「どこでだよ」
「校門。今ならまだ下校していない生徒もいっぱいいるし」
はいはいそうですか、と紙袋を持とうとした俺を、しかしハルヒは制した。
「あんたは来なくていいわよ。来るのはみくるちゃん」
「はい?」
両手で藁半紙を
「じゃあああん!」
黒いワンウェイストレッチ、
それはどこからどう見てもバニーガールの衣装なのだった。
「あのあのあの、それはいったい……」
「知ってるでしょ? バニーガール」
こともなげに言うハルヒ。
「まままさかあたしがそれ着るんじゃ……」
「もちろん、みくるちゃんのぶんもあるわよ」
「そ、そんなの着れませんっ!」
「だいじょぶ。サイズは合ってるはずだから」
「そうじゃなくて、あの、ひょっとしてそれ着て校門でビラ配りを、」
「決まってるじゃない」
「い、いやですっ!」
「うるさい」
いかん、目が
「いやあああぁぁぁ!」
「おとなしくしなさい!」
無茶なことを言いながらハルヒは朝比奈さんを取り押さえ、あっさりセーラーを脱がせてしまうとスカートのホックに指をかけ、これは止めたほうがいいだろうと足を上げかけた俺は朝比奈さんと目があってしまい、
「見ないでぇ!」
泣き声で
その時横目で見たのだが、長門有希はまるで何事もないかのように本読みをしていた。
何か言うことはないのか。
閉めたドアにもたれかかった俺に、
「ああっ!」「だめえ!」「せめて……じ、自分で外すから……ひぇっ!」
などと、あられもない朝比奈さんの悲痛そのものの悲鳴と、
「うりゃっ!」「ほら脱いだ脱いだ!」「最初から
というハルヒの勝ち
それからしばらくして合図があり、
「入っていいわよー」
少々ためらいがちに部室に
大きく開いた
スレンダーなくせして出ているところが出ているハルヒとチビっこいのに出るべきところが出ている朝比奈さんの組み合わせは、はっきり言って目に毒だ。
うっうっうっと、しゃくりあげている朝比奈さんに「似合ってますよ」と声をかけるべきか
「どう?」
どうと言われても、俺はお前の頭を疑うくらいしか出来ねえよ。
「これで注目度もバッチリだわ! この格好なら
「そりゃそんなコスプレした
「二着しか買えなかったのよ。フルセットだから高かったんだから」
「そんなもんどこで売ってるんだ?」
「ネット
「……なるほど」
目線がいつもより高いと思ったら、ご
ハルヒはチラシの
「行くわよ、みくるちゃん」
ごめん。正直、たまりません。
朝比奈さんは子供のようにぐずりながらテーブルにしがみついていたが、そこはハルヒのバカ力にかなうはずもなく、間もなく小さな悲鳴とともに引きずるように連れ去られ、二人のバニーは部室から姿を消した。罪悪感にさいなまれつつ俺は力無く座ろうとして、
「それ」
長門有希が
ショートカットの
お前がやってくれよ。
ため息混じりで俺は女どもの制服を拾い上げてハンガーに、げっ、まだ体温が残ってるよ。生々しー。
三十分後、よれよれになった朝比奈さんが戻ってきた。うわぁ、本物のウサギみたいに目が赤いやあ、なんて言ってる場合じゃないな。
俺が今日の晩飯は何だろうなとかどうでもいいようなことを考え出した
「腹立つーっ! なんなの、あのバカ教師ども、
バニー姿で
「何か問題でもあったのか」
「問題外よ! まだ半分しかビラまいてないのに教師が走ってきて、やめろとか言うのよ! 何様よ!」
お前がな。バニーガールが二人して学校の門でチラシ配ってたら教師じゃなくとも飛んでくるってーの。
「みくるちゃんはワンワン泣き出すし、あたしは生活指導室に連行されるし、ハンドボールバカの岡部も来るし」
生活指導担当の教師も岡部担任もさぞかし目が泳いでいたことだろう。
「とにかく腹が立つ! 今日はこれで終わり、
やおらウサミミをむしり取ったハルヒはそれを床に
「いつまで泣いてんの! ほら、ちゃっちゃと立って着替える!」
まともな
少しは男の、少なくとも俺の目くらいは気にかけて欲しいものだ。
やがて部室から出てきた朝比奈さんは
「キョンくん……」
深海に
「……わたしがお
何と言うべきか。て言うか、あなたも俺をその名で呼ぶのですか。
朝比奈さんは油の切れたロボットの動きで俺にブレザーを返した。胸に飛び込んで泣いてくれたりするのかなと
ちょっと残念。
次の日、朝比奈さんは学校を休んだ。
すでに校内に
問題は涼宮ハルヒのオプションとして朝比奈みくるという名前が
「キョンよぉ……いよいよもって、お前は涼宮と
休み時間、谷口が
「涼宮にまさか仲間が出来るとはな……。やっぱ世間は広いや」
うるさいな。
「ほんと、昨日はビックリしたよ。帰り
こちらは国木田。見覚えのある
「このSOS団って何なの? 何するとこ、それ」
ハルヒに訊いてくれ。俺は知らん。知りたくもない。仮に知ってたとしても言いたくない。
「不思議なことを教えろって書いてあるけど、具体的に何を指すの? そんで
朝倉涼子までがやって来た。
「
俺も休めばよかった。
ハルヒはまだ怒っていた。ビラ配りを
空っぽのメールボックスを
「なんで一つも来ないのよ!」
「まあ昨日の今日だし。人に話すのもためらうほどのすげえ
俺は気休めを言ってやる。本当はだな、
何か不思議な謎ありませんか。はい、あります。おお素晴らしい、私に教えてください。
なんてことになるわけないだろう。いいか、ハルヒ。そんなもんはマンガか小説の物語の中にしかないんだ。現実はもっとシビアでシリアスなんだよ。県立高校の一角で世界が終わってしまうような
……と、もっともらしく説いてやりたいのだが多分五行くらい話したあたりで
「みくるちゃんは今日休み?」
「もう二度と来ないかもな。
「せっかく新しい衣装を用意したのに」
「自分で着ろよ」
「もちろんあたしも着るわよ。でも、みくるちゃんがいないとつまんない」
長門有希は例によって
待望の転校生がやって来た。
朝のホームルーム前のわずかな時間に俺はそれをハルヒから聞かされた。
「すごいと思わない? 本当に来たわよ!」
欲しがっていたオモチャを念願かなって買ってもらえた
いったいどこで聞きつけたのか知らないが、その転校生は今日から一年九組に転入するのだと言う。
「またとないチャンスね。同じクラスじゃないのは残念だけど謎の転校生よ。間違いない」
会ってもないのにどうして謎だと解る。
「前にも言ったじゃないの。こんな
その統計はいつ誰がどうやって取ったんだ? そっちのほうが謎だ。
五月の
しかし独自の涼宮ハルヒ理論はそんな
果たしてチャイムギリギリ、ハルヒは何やら複雑な顔つきで
「謎っぽかったか?」
「うーん……あんまり謎な感じはしなかったなあ」
当たり前だ。
「ちょっと話してみたけど、でもまだ情報不足ね。普通人の仮面をかぶっているだけかもしれないし、どっちかって言うとその可能性のほうが高いわ。転校初日から正体を現す転校生もいないだろうし。次の休み時間にも
尋問ねえ。九組の
ふと思いつく。
「男? 女?」
「変装してる可能性もあるけど、一応、男に見えたわね」
じゃあ男なんだろ。
てことは、SOS団にやっと俺以外の男子生徒が増えるということでもある。その男子は、ただ転校してきたというだけの理由で、
員数が
卒業後のことを具体的に考えているわけではないが
どうしたものだろう。
どうもこうもない。
俺は
それからハルヒをこんこんと説得し、まともな高校生活を送らせるべきだったのだ。
宇宙人や未来人や
そう出来たらどんなに良かっただろう。
俺にもっと絶対的な意思力と行動力があれば、涼宮ハルヒという急流に流されるまま
……多分な。
今、俺がこんなことを言うのも、つまり全然普通でないことが実際に俺の身の上に降りかかったからであるのは、この話の流れからして、もうお
どこから話そうか。
まずその転校生が部室に来たあたりからかな。
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