第8話 ダイエー

 ダイエーはおおとりウイングスというショッピングモールの中にある。ウイングスがダイエーと77の専門店と自称するくらいだから、ダイエーの専有面積は圧倒的に大きい。1階には食料品売り場と日用品売り場があり、2階には文具、衣料品などの売り場がある。地元の人はウイングスと言わないでダイエーと言うほどにウイングスの中のテナント店という感覚はない。これはアリオ鳳のイトーヨーカドーにも同じことが言えるのだけど。


 学校が終わってひなちゃんと途中まで一緒に帰り、4時40分にウイングスの中央広場で待ち合わせをした。中央広場は昔ちょっとした舞台があってベンチがたくさんあり、よく演歌系の人が営業に来ていたけど、コロナになって舞台は撤去されてベンチもまばらになった。それにたまに北海道展とか沖縄展とかのイベントがあり、そのときもベンチが撤去されてほとんどベンチがなくなる。今は特にイベントはやってなかったと思うけど、ベンチに座れるかなって思いながら、あたしは速足でダイエーに向かう。中央広場に着いて2階上の大きな時計を見ると4時30分だった。ひなちゃんはまだ着いていないかなと周りを見渡すと、上りエスカレーターの近くに女の子が1人で立っていた。よく見るとひなちゃんだった。あたしはひなちゃんに駆け寄り「ごめん、待った?」と声をかけると、ひなちゃんは「待ってへん、ただ私服の鹿渡がみつからへんかってん」と答えた。

「あたしもや~、ひなちゃん私服やと完全に女の子やな」

「しゃーないやん。母さんが俺の服決めるんやから」

「それにしてもめっちゃかわいい服やな~。どこで買ったん?」

するとひなちゃんは2階を指さし「そこのハニーズ」と言った。

あたしはひなちゃんを上から下までじっくり見る。グレーメインに袖とフードのところだけが水色のパーカーに白いゆったりしたカーゴパンツ。ハイカットのグレーのスニーカー。あたしが求めるかわいいがそこにあった。

「あたしもそんな服着たかったなぁ」と思わずつぶやく。

「鹿渡はホンマ男物やな」とひなちゃんはあたしを見て言う。

「Tシャツとワイシャツは男物やけど、このズボンは女物やで」とあたしはぶかぶかのワイドパンツを引っ張る。

「鹿渡はもうちょっと身体にフィットした服のほうが似合うんちゃう?」

「だから、そこがコンプレックスやって言ったやん」

「そやな、ごめんな」とひなちゃんがすぐに謝る。ふと、あたしはひなちゃんが言った綺麗系って言葉を思い出した。向き合ってもいいかなと素直に思えた自分が不思議だった。

「そういえば、ひなちゃんのお母さんって女の子をひなちゃんに近づけないって聞いたけど、こんな近所で会っても大丈夫なん?」

「それな。母さん仕事中やから大丈夫や。昼から夜に集中力が増すって言ってるから、今頃パソコンや」

「そうなんや。でも買い物はダイエーちゃうの?」

「そうやけど、買い物とか家のことは午前中に済ますから大丈夫。ただな、ダイエーの横にララって喫茶店あるやろ? あそこは要注意や。仕事行き詰まったらコーヒー飲みに来るから。しかもあそこの店壁がないし、カウンター席だけやから誰が後ろ通ったか丸見えやん」

「じゃあララの前だけは避けよう」

「そうしてもらうと助かるわ」

そう話しながらあたしたちはダイエーのイートインスペースの横にある買い物かごを取りに行った。

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