第4話 お弁当

 朝、教室に着くとひなちゃんが西野君にお弁当を渡していた。あたしも一瞬エッてなった。周りの男子が「西野、愛妻弁当か?」とはやし立てる。西野君は大げさなしぐさで「ちげーよ、ひなちゃんのお母さんからだ!」と答える。西野君の事情を分かっていない南小の男子は「なんで」って顔になる。すると西野君は「うち父子家庭だから、愛さんが気を使って作ってくれるんだよ」と答えるとみんな納得したような顔になる。「ちゃんとお金は払っているからな。でも愛さんは材料費しか受け取ってくれないけど」「なんで愛さんなん?」と周りの男子は突っ込む。「親父と俺を色々助けてくれる恩人なんだ、おばちゃんなんて言える訳がないだろ」それを聞いてあたしももっともだと思った。


 西野君の大体の事情は1年のときに前田さんから聞いていた。小3のときに鳳に引っ越してきた西野君は父子家庭でランドセルも持っていないくらいの家庭事情があったらしい。お父さんは福祉施設で働いていて夜勤もあったので、西野君は1人アパートで夜を過ごしていたが、ひなちゃんと仲良くなり次第に家族間の付き合いになり父親が夜勤のときはひなちゃんのうちに泊まっていたそうだ。そんな関係なら給食選択制の堺市立の中学で振り込みとかの手間のかかる給食ではなくて、自然とひなちゃんのお母さんが弁当を2人分作るようになるのもうなずける。あたしも昨日の夜の余り物が中心だけど自分の分とお父ちゃんの分を作っている。同じ作るなら1人分も2人分もたいして手間は変わらないからね。ちなみにおかあちゃんはパート先の社員食堂で食べている。


 お弁当を食べるときの友達もだんだん決まってきて、あたしはやはりカースト2軍って感じだったけど、ひなちゃんは基本西野君と2人で食べていて他の子が声を掛けたら西野君と他の子たちで一緒に食べるって感じだった。前田さんが言っていた通り西野君はひなちゃんの守護者って感じだ。だからかひなちゃんや西野君はクラスカーストに組み込まれていない感じがする。そこは男の子と女の子の違いなのかな。あたしもそうだけど、女の子はどうしても群れたがる。


ひなちゃんたちがあたしの席の横でお弁当を食べていると、ひなちゃんが急に立ち上がりあたしのお弁当を覗いて「鹿渡の弁当、美味そうやな」と言った。あたしは「昨日の残り物やけどね」と笑って答える。

「いや、それでも美味そうやな。そのひじき煮」

「食べる? これは自分でも上手く出来たなぁって思っているねん」

「えっ、鹿渡が作ったん?」

「そうやで。おかあちゃん忙しいから平日はだいたいあたしが作るねん」

「すごいな、それなら余計にもらうわ」といい箸を出したので、あたしは取りやすいように弁当箱を持ち上げた。ひなちゃんは少しだけつまんで、小さな口を大きく開けてひじき煮を食べた。食べるしぐさもかわいいなとあたしはひなちゃんを見つめる。というよりもあたしのグループの女子も西野君もひなちゃんに注目する。みんなが見ほれる程ひなちゃんは何をしてもかわいい。するとひなちゃんが「美味しい」と声をこぼす。「鹿渡、すごいな。新太も少しもらったら」と言うので「お口に合うかわかりませんが」と西野君にあたしは弁当箱を差し出した。一口食べた西野君は「うまいな」と言う。あたしも調子に乗って「ひなちゃんのお母さんの弁当も食べてみたいな」と言うと、ひなちゃんと西野君が弁当箱をあたしに突き出した。あたしは2人の弁当を見比べて思わず、思ったことをそのまま口にする。

「同じ人が作っているのにずいぶん違う中身だね。弁当箱の大きさも全然違う」

「当たり前やん。新太は野球部やからいっぱい食べんなあかんやろ」

西野君は「ひなちゃんはバランス重視の中身やねん」とあたしに言った。それからひなちゃんたちとあたしたち2軍女子グループで弁当のおかずの交換とかして、ランチタイムはちょっと盛り上がった。ひなちゃんとしゃべっていると本当に楽しいし、なんか自然に笑顔になる。これからもひなちゃんとこんな関係がずっと続かないかなって思ったりする。だけど午後の授業が始まったとき、あたしはちょっとやりすぎたかなと思っていた。カーストに属していないとはいえ、2軍女子がひなちゃんたちと楽しげにおしゃべりするなんて1軍女子から目を付けられないかなって。それはそれでやっぱり嫌なんだよね。

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