第30話 呪われた王子と封印の聖女

 私が、ドルネディアスにかけられた呪いを解く。


 そうすれば、ドルネディアスが次期国王に内定するはずです。

 婿養子むこようしであるイツキが、王になることはない。


 そうなれば、ヴァンパイア特効の規格外の神器チートアイテムである『女神陽光珠ゴッドサンライト』が、イツキの手に渡ることもありません。


 私は殺される心配もなくなる。

 誰もが幸せになる未来です!



「呪いが解ければ、ドルネディアスは王になれると言いましたよね。だから私が、呪いを解いてあげます」


 私の発言に驚いたのか、国王が玉座から立ち上がりました。


「テレネシア殿、それはまことか? 誰も解呪することができなかったというのに、本当にドルネディアスの呪いを解くことができるのか?」


「おそらく可能なはずですが、その前に教えてください。ドルネディアスは生まれた時から呪われているとのことですが、もしやその呪いは血に関係するものではありませんか?」


「な、なぜそれを……いや、みなまで言うまい。さすがは伝説の『封印の聖女』じゃ」



 国王は観念したように、すべてを話してくれます。


「1000年前に、我が国はヴァンパイア・ロードに襲われた。『女神陽光珠ゴッドサンライト』のおかげで追い払うことができたが、その時に我が一族は呪われたのじゃ」


 そのヴァンパイア・ロードは、おそらく私の父。

 人間の国を襲ったということは、きっと私が人間に殺されたと勘違いしたのでしょう。


 でも、『女神陽光珠ゴッドサンライト』によって敗れた。

 だから娘の死に一矢いっしむくいるために、王族に呪いをかけた。


 それは、短命になる呪い。

 30歳になる前に、血が固まって命を落としてしまうのです。


 この1000年で、その呪いが発現する王族が生まれたみたいでした。

 なるべく子孫にその呪いを残さないようにと、呪われた王族は教会に入れられるようになったのだとか。


 それが、ドルネディアスの呪いの正体。


 初めてドルネディアスと会った時、なぜか懐かしい匂いがした。

 あれは、お父様の呪いの香りだったのだ。


 なのでその呪いがヴァンパイアのもので、しかも私の父親によるものなら、私に解けないはずがない。



「さあ、ドルネディアス、服を脱いでください」


「……テレネシア様、こんな昼間から、いきなりなんてことを言うのです! それにあなたは、自分のメイドが好きなのではないのですか?」


 ドルネディアスはなにやら誤解しているようですね。

 別にやましい気持ちなんて、なにもないのに。


「なにか勘違いしているようだけど、呪いを解くためには、直接肌に触れて心臓に魔力を送らならないの」


「そういうことでしたら……」



 ドルネディアスは恥ずかしそうにしながら、服を脱ぎました。

 上半身裸になって、私の前に直立します。


 ──意外と、良い体をしているのね。


 こういう体を細マッチョと呼ぶと、教会の本で読んだことがある。

 神官のくせに、体は鍛えていたみたい。

 思っていたよりも、筋肉がある。


 数秒の間うっとりとしたあと、彼の胸に手のひらを当てました。


 温かい肉の感触がする。

 この心臓に、ヴァンパイアの呪いが駆けられているのだ。


 呪いを解くためには、私の血をドルネディアスに入れればよい。

 そうなれば、吸血姫の血によって呪いは同化されて、消滅する。


「ちょっとチクリとしますよ」


 ──《血解呪ブラッドディスエンチャント


 私の血が、ドルネディアスの心臓に注がれます。

 そして1000年にも続くヴァンパイアの呪いが、解呪される。



「これで呪いは解けました。今後ドルネディアスの子孫が、再び呪いを発現することもありません」



 さすがに呪いで寿命が短くなってしまうのは、可哀そう。

 1000年間苦しめられたのなら、今後は二度と苦しまないようにしてあげたい。

 そう思って、跡形もなく完全に解いちゃいました。



 ドルネディアスも気が付いたのでしょう。

 自分の呪いが消えたことで、歓喜の言葉を発します。


「締め付けられるような心臓の痛みが消えた……俺の呪いは、解けたんだ!」


 普段の丁寧な一人称がくだけ、少年のように無邪気に喜んでいます。

 いつもの冷静そうなドルネディアスではなく、この年相応の彼こそが本来の姿なのでしょう。



「テレネシア様、なんとお礼を言えばいいか!」


 ドルネディアスが私の前にひざまずきました。

 別に、そこまでして欲しいわけじゃないの。

 あなたには一応、世話になっているのだからね。


「お互い様だから、気にしないで」


「なんて謙虚なんだ……見ましたか、父上!」


 ドルネディアスが国王に話を振りました。

 というか、えぇ!?


 国王、泣いてるんですけど!



「テレネシア殿よ、ドルネディアスの呪いを解いてくれて、心から礼を言おう。本当に感謝する……」


「お礼はいいですって。それよりも、これで次期国王はドルネディアスで決まりよね?」


「もちろんじゃ。ニコラスが死んだことでイツキを次期国王にと推す声もあったが、ドルネディアスの呪いが解ければ話は別じゃ」


「では、イツキが国王になることも、イツキが『女神陽光珠ゴッドサンライト』を持つこともありませんね?」


「その通りじゃ。『女神陽光珠ゴッドサンライト』はドルネディアスが受け継がれることになるのう」



 やったわ!

 これでイツキが、ヴァンパイア特効の武器を持つことはなくなった。


 さすがにあの規格外の強さがあっても、弱点をつかれなければなんとかなります。


 このまま聖女のフリをしながら王都で過ごすのもいいし、機を見て『女神陽光珠ゴッドサンライト』を奪ってどこか遠くに逃走してもいい。


 未来は明るいわ!




 国王とドルネディアスに再度お礼をされた後、私は廊下に出てました。


 これで私は、静かにこの時代で暮らすことができる。

 魔王フェルムイジュルクも、もういない。


 私を困らせる問題は、すべてなくなった!



 ──そう、思っていたのに。



「あれ、あれあれ! テレネシア、なんで王の間で待っててくれないんだよ!」



 廊下で、イツキと遭遇してしまったのだ。


 白衣の転生者であるイツキは、婚約者であるアン王女をともっていました。

 お茶会から連れ出したのでしょう。

 アン王女が困ったように、イツキの服の袖を引っ張ります。



「イツキ様、いますぐ結婚をしようとは、どういうことなのですか?」


「言葉の通りだよ! 僕はいますぐ王にならないといけないんだ」


「ですが、私たちの結婚は、私が成人してからというお約束でしたのに」


「…………はぁ、NPCがごちゃごちゃうるさいなあ」


 ──パチンッ!


 イツキが、アン王女の顔を叩いた。

 頬が真っ赤に腫れて、かなり痛そう。

 何も悪くない王女に手を出すなんて、酷い男。


 アン王女は、がっくりと頭を垂らします。

 気絶してしまったみたい。



「あ、やりすぎたか。やっぱりモブキャラはもろいな。それに比べてテレネシアは強くて美しい、さすはがヒロインだよ!」



 イツキはアン王女を床に捨てて、私に詰め寄ってきます。


 この男、いったい何がしたいんだろう。

 王になって『女神陽光珠ゴッドサンライト』を何に使うのかも、謎です。



「イツキ、あなたは何をしたいのですか?」


「僕は主人公になりたいんだよ! そのためにゲームを開始させたいだけなんだ」


「主人公とやらになると、どうなるの?」


「決まっているじゃないか、君と結婚できるんだ。主人公とヒロインとして!」



 この感じ、やはり魔王フェルムイジュルクの時と似ている。

 魔王は『ゲーム』という変な言葉は使ってこなかったけど、なぜか私を手に入れようとした。


 イツキも同じです。

 どういうわけか、私に強い執着心があるみたい。



「なら、イツキはなぜ『女神陽光珠ゴッドサンライト』を求めるの?」


「それは、さすがのテレネシアにも秘密だよ。NPCは黙って僕の言うことを聞けばいいんだから」


 どうやら教えてくれるつもりはないみたい。

 でもイツキは、アン王女にしたように、私には強硬手段を取ろうとしなかった。


 むしろ、色っぽい視線で私を見てくる。

 これなら、通じるかも。



「私はイツキの将来の妻になるんでしょ? 恋人にも秘密だなんて、自信なくしちゃうかも」


 しゅんとした表情を作ります。


 いつも強気な私が、弱みを見せる。

 それは、イツキにとって、大きなダメージを受けたようでした。


「そ、そんなことないよテレネシア! 仕方ない、特別に教えてあげるよ」



 ──チョロいわね。


 恋愛経験はまったくないけど、これくらいの演技は簡単です。

 教会にあった恋愛小説に、こういったシーンがあったから真似してみたのだ。



「ほら、見てよ。剣に捕まえてた奴隷を出すから」


 イツキが聖剣を掲げました。

 そして、驚くべきことを口にします。



「『魂吸創剣スリピットメイクソード』、剣に封印していたヴァンパイアを、ここに呼び起こせ」



 イツキの剣から、光が発せられる。

 そして、小さな魂のようなものが、外に飛び出してきました。

 その魂の光は、次第に人の形へと変化していきます。



「う、うそでしょう……」


「紹介するよ。この女はヴァンパイア・クイーン。ヴァンパイア最後の生き残りさ」



 鎖でつながれた銀髪の女が、剣から出てきました。

 信じられないことに、その女性は私のよく知っている人物だったのです。


 ──トロメア。


 自分の妹の名前を、心の中で唱えました。



 だからあの時、イツキから妹の血の匂いがしたんだ。


 傷だらけで血を流しているヴァンパイアを見ながら、イツキから妹の香りがした理由を悟りました。



 イツキの剣から出てきたヴァンパイアは、私の妹だったのです。

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