第9話 トマトジュース……?

「はじめまして! あたしは今日から聖女様付きのメイドとなりました、ハートと申します!」


 公爵令嬢のシャーロットから血を分けてもらってから数日後。


 突然、私専属のメイドができました。



 ハートと名乗ったこの子は前髪を伸ばしているみたいで、右目が完全に隠れている。

 ちょっと頼りなさそうな印象の子です。


 だけど、どことなくシャーロットと似たような雰囲気がする。

 シャーロットの金髪とは違ってこの子は赤毛だけど、顔のパーツが類似している部分がある気がするのだ。


「あなた、もしかしてシャーロットと姉妹だったりする?」


「しゃ、シャーロット様とあたしなんかが姉妹なんて、恐れ多くてそんなこと言えません! シャーロット様は生粋きっすいのお貴族様ですが、あたしの母はただの平民ですし……」


 なにやら訳がありそう。

 でも込み入った事情を聞くのは、あまりよろしくはない。


 私の部屋にハートを連れて来た大神官ドルネディアスへ、無難な質問を投げかけるとします。


「なんでいきなり、私にメイドを付ける気になったのかしら?」


「この数日で、テレネシア様の趣味趣向を把握することができました。悪くない人選だと思ったのですが、いかがですか?」


 たしかに、悪くない。

 シャーロットの血は、私にとってとても美味びみでした。

 相性も良いみたいで、魔力の調子も良い。


 あの子に似た雰囲気を持つメイドであれば、私の魔力回復に役立つことでしょう。

 秘密裏に血を採取することも、自分のメイドであれば比較的怪しまれないはず。



「私の好みの子を見つけてくれて、感謝します」


「あの夜はお楽しみだったようですからね……このハートは平民であるため、親からは何をしても良いとうけたまっております。身も心も、テレネシア様のお好きなようにつかえさせてください」


 よくわからないけど、自由に仕えさせて良いということね。

 メイドを持つのは久しぶり。

 見たところまだ新米メイドのようだから、一人前のメイドになるよう育ててあげないと。



 大神官ドルネディアスが退室し、メイドと二人きりになりました。


「さっそくだけど、あなたに初仕事を命令します」


「は、はいっ! なんなりとお申し付けください!」


 シャーロットより少し年下くらいだろうか。

 まだ若いのに、覚悟だけは決まっているみたい。


「これから命じることは他言無用です。大神官にだろうとこの国の王にだろうと、口外することを禁じます」


「も、もちろんんです。この身を捧げる準備は、できております……」


 チラリと、ハートがベッドのほうに目を動かした。

 もしかして、ベッドのシーツのしわが気になっているのかしら。


 実は私も気になって、皺がいくつあるか数えてしまったのだ。

 それなのにこの子も同じことが気になるなんて、ハートとは良い関係が築けそうね。


 でも、ベッドメイキングはあとにしてちょうだい。



「街に出かけて、血と同じような飲み物を探してきて欲しいの。もしも血そのものがあれば、それでいいわ」


「血、でございますか? てっきりシャーロット様のように、初めてを捧げるものかと……」


 シャーロットといい、どれだけお酒のことが好きなのかしら。

 私はね、こんな昼間からワインを飲むつもりはないの。


 お酒のことが気になる年頃なのはわかったけど、仕事もしないうちに相伴しょうばんを許すつもりはないんだから。


「私と一緒に楽しみたいのなら、一人前のメイドになってからです。高貴こうきなるこの私のメイドとなった以上、他家のメイドに負けないようにビシビシしごくから、そのつもりで」


「か、かしこまりましたっ!」



 いそいそと、ハートは出かけていきます。



 さて、暇になりました。

 とはいえ日中外出するつもりはないから、教会に巣ごもりするのが一番。


 私が室内でやることといったら、読書です。

 1000年で何があったのか、知らないとね。


 この数日でわかったことといえば、勇者たち転生者によって、文明のレベルが向上したことです。

 そのせいで、いろいろな物が市場にあふれていることも知りました。

 だから、人間の血液を売っている店が、一つくらいはあるんじゃないかと思ったの。


 血が手に入らなくとも、似たようなものでもいい。

 少しでも魔力が回復しないと、ヴァンパイアだとバレたらすぐに殺されてしまうのだから。


 ──シャーロットも、あの日以来、教会には来なくなったしね。


 どういうわけかシャーロットはあれ以来、姿を現さなくなった。

 代わりにやって来たのがハートなわけだけど、何か理由があるのだろうか。



「あと気になることといえば、規格外の神器チートアイテムというやつについてね」



 勇者たち転生者によって、規格外の神器チートアイテムがこの世に多く持ち込まれたと本には書いてある。

 そのおかげで、人間は魔族たちと対等に戦うことができるようになったのだとか。



 ──魔族といえば、魔王は本当に滅んだのだろうか。



 1000年前であれば私の次くらいに強かったあの悪逆魔王が、そう簡単に死ぬとは思えない。

 なにせ同じ魔族である私は、『封印石』に浄化されることがなかったのだから。




「テレネシア様、ただいま戻りました!」


 夕方になる前に、メイドが戻ってきました。

 紙袋を持っているようだし、きちんとお使いはできたみたいね。


「それで、私が言った物は見つかったのかしら?」


「は、はい……血のような飲み物をご所望とのことで、こちらを購入してきました」


 ハートが紙袋から、赤色の液体が詰まったボトルを取り出します。


 ついに人間の血液を大量に入手できたわ。

 これで完全に力を取り戻せる!



「こちら、トマトジュースでございます」


「…………トマト、ジュース?」



 え、なにそれ。

 血に似てるけど、血にしてはちょっと色が鮮やかすぎやしないかしら。


 名前からして何かのジュースということはわかるけど、トマトジュースなんて飲み物は聞いたことありません。


 そもそもトマトって、なに?



「まさかテレネシア様、トマトをご存知ないのですか?」



 ──は、恥ずかしい。


 ただの新人メイドが知っていることを、高貴なる吸血姫であるこの私が知らないなんて……。

 正直に知らないと白状することは、ヴァンパイアの王族である私のプライドが許せません。

 せっかくメイドを手にいたのに、初日から主人としても面目めんぼくが立たなくなってしまう。


 そんなこと、あっていいはずない!



「もちろん知っているわよ。トマトでしょう、あれよね」



 きっと私が封印されている1000年の間に、新しく出てきた物のはず。


 見た感じ、おそらく血の仲間のようなものなのでしょう。

 うーん……なるほどね、理解しました。


 文明レベルが上がっていることから想像するに、それは人工の血と見たわ!



「素晴らしいわ、ハート。よくぞ見つけてきました!」


「し、失礼いたしました。伝説の『封印の聖女』であるテレネシア様がトマトをご存知ないはずないのに、あたしったらつい」


「今回は許しますが、次からは軽率けいそつな発言は気をつけることね。それよりも早く準備なさい」


 さっそくトマトジュースをいただくとしましょう。

 グラスに注いでもらった赤色の液体を、じっくり観察してみます。


 ──なんて綺麗な色。


 これが人工の血だなんて、信じられない。

 1000年も経てば、文明ってこれだけ進歩するものなのね。


 でも、問題は味のほう。

 いくら血とはいえ、美味しくなければ認められないわ。


 ゆっくりと、トマトジュースを口に含みます。

 舌で味わった感じ、まったく血の気配がしません。


 ──ゴクン。



「あ、甘いっ!」


 なんなのこれ、今まで飲んできたどの血とも違う味がする。


 さわやかな風味ふうみおに、飲みごたえのある旨味成分。

 そしてほんのりとした酸味。

 まるで、血ではないみたい。


 でも血と同じ鉄分も多少は含まれているし、おそらく血で間違いないでしょう。



「こんなに美味しい飲み物、久しぶりに飲みましたわ」


 もちろんシャーロットの血と比べることはできない。

 人助けをした相手の血というのは、私が一番好む味なのだから。


 だが、それに並ぶほどの美味しさを感じる。



 これ、好きかも!



「このトマトジュースとやらは街で普通に売っていて、またすぐ手に入るものなの? それとも特注品か何か?」


「街のジュース専門店で購入したものです。毎日、新鮮なトマトジュースが手に入るはずです」



 こんなの美味しい飲み物が、毎日作られるというの?


 人工の血をそれだけ大量に生産できるなんて、1000年後の人間の文明力はすさまじいわね。

 どうやって作ってるのか、まったく理解できない。


 なにせ人工の血のせいで、飲んだ者の情報がまったくわからないのだ。

 このトマトジュースとやらに、赤血球などの血液特有の成分の気配がまったくないからでしょう。

 なにをもって人工の血としているのかさっぱりだけど、逆にそれが良い。


 誰の血かわからないのであれば、気兼きがねなく飲むことができる。

 だって私は、この血の生産者を助けたわけではないのだから。



「こんなものを飲まされたら、認めるしかないようね」


 この時代の人間は、1000年前のか弱い人間とは違う。

 ヴァンパイア特効の武器を有するなどの高度な力を有する、進化した人間たちなのだ。


 懸念点けねんてんは、魔力の回復量くらいだろう。

 天然物の血と比べるとこのトマトジュースでは魔力の回復量は多くは望めないが、それでもまったくのゼロではない。


 ヴァンパイアの正体を隠しながら、堂々と血を摂取せっしゅすることができる。

 まるで私のために造られたかのような飲み物だ。



 覚えておきましょう、あなたの名前を。



「トマトジュース、気に入ったわ」




 後日、こんな噂が教会に流れました。


 聖女テレネシアは一日に何度も飲用するくらいの、トマトジュース愛好家だと。

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