第32話 出会ってしまった


 介抱するためとはいえ、見知らぬ女の子を一晩、我が家に泊らせてしまった。

 俺はなにもしていない。

 頭痛が酷いと言うから、和室に引いてある布団で寝かせてあげた。


 彼女が怖がるかもしれないと、俺はキッチンであぐらをかいてウトウトしている。

 


「あ、あの……おはようございます」


 瞼を開くと、眼鏡をかけたショートボブの女性が立っていた。

 昨晩起きた出来事を忘れていた俺は、思わず悲鳴を上げてしまう。


「うおっ!?」

「ご、ごめんなさい。起こしてしまって……あの私、もうだいぶ良くなりましたので」

「ああ……そうか。なら良かった。ひとりで帰れるかい?」

「はい。何から何までありがとうございました」

「いいよ。ああいうの、見ていて嫌だからさ」


 俺がそう言うと、彼女はなぜか吹き出す。


「フフッ……変わってますね」

「は?」

「でも、そういうの、良いと思います」

「?」


 その日は何事もなく終わり、もう彼女と会うことは無いと思っていた。

 同じキャンパスとはいえ、学部も名前も知らない。

 だけど、ある日。彼女の方から俺の元へ会いに来た。

 

 話す時間が長いだけで、意味もわからない講師の話を、ボーっと聞き流していると。

 隣りに座っていた同級生が、俺の肩を指で小突く。


「おい、黒崎。お前に会いたがってる女の子がいるらしいな」

「はぁ?」

「本当だって! ほら、教室の後ろに立ってるじゃん」

 

 どうせ、いつもの冗談だと思っていたが。

 一応、後ろへ振り返ってみる……すると、確かにひとりの女の子が目に入る。

 眼鏡をかけた地味な女。あ、この前の介抱した子か。

 

 講義から抜け出して、廊下で彼女と話すことにした。


「良かった! こちらの学部だったんですね!」

「きみ……よく俺を見つけられたね」

「はい! 先輩にちゃんとお礼をしたくて、キャンパス中を探しました!」

「そうなんだ……」



 それからだ。未来と話すようになったのは。

 二人を仲良くするラッキーアイテムが、嘔吐てのがロマンないけど。

 学部こそ違えど、同じ大学の学生だし。顔を合わせる機会もある。

 次第に仲良くなって電話番号を交換したり、二人きりで食事へ行く仲に。


 気がつけば、俺ん家で一緒に暮らしていた……。

 彼氏彼女の関係になり、あいつも俺のことを「先輩」から「翔ちゃん」と呼ぶようになった。

 

 それから、10年経った今。

 また同じ光景を見ることになるとは。


 

「うおえぇぇ! ご、ごめん、翔ちゃん。迷惑かけて……」

「謝らなくていいから。吐けるなら、出しちゃえよ」


 と元カノの背中をさすっている。

 3年前に俺からこいつとの縁を切ったはずなのに、また学生時代に戻ってしまった。

 まさかと思うが、これを狙って居酒屋へ誘ったのか?

 いやいや、こいつに限ってそんな考えは……。

 

 自分から誘った居酒屋で、調子にのって日本酒をがぶ飲みしたから。

 食べたものを全部、吐いている。

 外で吐くのもご近所に色々と迷惑をかけてしまう。

 だから、俺の家に連れて来た。


 久しぶりに彼氏の家へ入ったと言うのに、パンプスを脱ぎ捨てると、トイレへ直行。

 現在に至る。

 彼女が少しでも楽になれるよう、俺はずっと背中をさすっている。


「少しは良くなったか?」

「う、うん……本当にごめん。前よりはお酒、強くなったと思ったのに」

「お前はそんなに強くないだろ」

「でも、翔ちゃんと一緒に飲めるのが、憧れだっから。うぇぇ……」


 ついには、泣き出してしまった。

 これはこれで、罪悪感を抱いてしまうな……。


「別に、酒を飲まなくてもいいだろ? ちょっと待ってろ、水を持ってくるから」

「ごめん……」


 もう吐くものは残っていないだろうが、気持ちが悪いのだろう。

 トイレにしがみつく未来を残して、俺はキッチンへ向かう。

 食器乾燥機の中に、ピカピカに磨き上げられたグラスが置いてあるのに気がつく。

 きっと、航太が洗ってくれたものだろう。


 グラスを手に取り、蛇口から水を流そうとした。その時だった。

 いきなり玄関のチャイムが鳴る。

 俺は何も考えず、グラスを持ったまま、扉を開いてみた。

 するとそこには……今、手に持っているグラスを磨き上げた張本人が立っていた。


「お、おっさん……遅くにごめんね。どうしても、今見せておきたくて」


 と頬を赤らめる。

 彼が恥ずかしがっているのには、理由がある。

 それは今、航太が着ている服装だ。

 

 編集部の高砂さんが送ってきたコスプレの一つ、中学生時代の体操服とブルマだ。

 必死に体操服の裾を引っ張り、ブルマを隠そうとしている。

 きっと股間の膨らみが気になるのだろう。

 まあ、彼のは可愛らしいサイズだが……。


「航太、お前……どうして?」

「お、オレもすごく迷ったんだぜ! でもさ、作品のためにと思ってさ……」


 だから最近、避けていたのか。

 とひとりで納得していると、背後からゾンビのようなうめき声が聞こえてきた。


「しょ、翔ちゃん……お水くれる?」


 ヤバい、今は未来が家に来ていたんだ。

 航太になんて言おう?

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