第30話 元に戻る?
喫茶店の扉を開くと、すぐにカウンターが見え、中でマスターがグラスを磨いている。
俺だけなら、「いらっしゃい」と灰皿をすぐに出してくれるが……。
今日は違う。マスターにとっても、懐かしい顔が隣りにいるから。
「ありゃ!? 未来ちゃんじゃないか!」
「どうも~ お久しぶりです、マスター」
ぺこりと頭を下げる未来。
それに対して、マスターは大きく口を開いたまま。
未来を上から下まで眺めて、その変わりように驚いている。
「本当に未来ちゃんか……びっくりしたよ、べっぴんさんになったねぇ」
「へへ、褒められちゃった」
と俺に向けて、ウインクする。
しかし今は彼氏でも、なんでもないので、無視する。
「マスター、どこでもいいからテーブル席、使ってもいいすか?」
「もちろんだよ。空いているし、好きなのを使いなよ」
そう言う、マスターはどこか嬉しそうだった。
まるで我が子が自宅に、彼女を連れて来た父親のようだ。
いつもより早く、灰皿とメニューを持って来た。
当然、俺と未来は注文を決めてないが……。
長年通っていたので、聞いてもないのにマスターが勝手に決める。
「二人とも、”いつもの”で良いんだよね?」
俺がナポリタン大盛りで、未来はカレードリア。
食後にコーヒーとカフェラテ。と言いたいのだ。
「ああ、俺はそれでいいっす」
「私も」
なんだか、未来のやつも嬉しそうに答えているように見えた。
※
食後のコーヒーを楽しみながら、タバコに火を点ける。
目の前に女性が座っているけど、元カノだし別に断わる必要もない。
「翔ちゃん、あのさ」
「ん?」
ティースプーンを使って、カップの中をぐるぐる回す。
先ほどまで、美味そうにドリアを頬ぼる、未来とは別人のようだ。
どこか緊張しているような……。
「言いたくないなら、いいんだけど」
「なんだ? 気になるだろ、言えよ」
「そ、その……三年前に翔ちゃん、言ったじゃん。『好きな人が出来たから、別れたい』って」
あまりに唐突だったので、口に含んだコーヒーを吹き出してしまう。
「ブフーーーッ!」
「ちょっと、翔ちゃん? 大丈夫!?」
「げほ……だ、大丈夫だよ。いきなりだったからさ」
テーブルを汚したため、未来がマスターを呼んでおしぼりをもらう。
もう別れたというのに、顔をおしぼりで拭いてもらった。
俺も落ち着きを取り戻した頃。未来が再度、口を開く。
潤んだ瞳でこう言った。
「あれさ……”今”はいないんだよね? ならさ、私がもう一度……立候補とかダメかな?」
とふくよかな胸をテーブルの上にのせて、頼む。
「それは……」
妹の
こいつは俺から別れ話を持ち出した時、ちゃんと”ウソ”だって気がついてたのか。
今なら誰も相手がいないとわかった上で、また恋人同士に戻りたいと。
断る理由はない……と、ちょっと前の俺だったら即答するはずが戸惑う。
彼のことを、頭に思い浮かべていたから。
アパートの廊下に座る、航太の後ろ姿を。
俺が今、未来とよりを戻したら……。
※
ずっと返答に困って、黙り込んでいる俺を見た未来が、何かを察したようで。
胸の前で手を叩く。
「あ、あのさ! 翔ちゃん、このあと時間ある?」
「どうして?」
腕時計を確認すると、夜の8時になろうとしていた。
俺は別に構わんが……。
「こうして、”ライム”でお喋りするのも良いけど……居酒屋で飲まない?」
久しく飲み会など、誘われていなかったので、その提案はとても嬉しい。
しかし、俺は貧乏作家だから。どこかの売れっ子漫画家とは違い、金が無い。
「別に良いが……俺、金はないぞ? せいぜいが”せんべろ”ぐらいじゃないと」
「そんなの、気にしないでよ~ おごるって~」
「じゃ、じゃあ……」
ただで酒を飲めるというだけで、ホイホイと着いて行くことになった。
~3時間後~
「うおえぇぇ!」
「大丈夫か? 弱いくせに飲み過ぎなんだよ……」
そう言って、久しぶりに彼女の身体に触れる。
優しく背中をさすり、少しでも未来が楽になれるよう、介抱する。
かれこれ、30分近くは電柱と睨めっこしていた。
たまにすれ違う、通行人の視線が辛い。
「ご、ごめんね……久しぶりに翔ちゃんと会えて、うれし……おぇ!」
「良いよ。喋るな、吐ける時はしっかり吐いた方がいいぞ?」
「カッコ悪い、私……」
どれだけ綺麗に着飾っても、中身は変わらないな。
そう言えば、こいつと初めて出会ったのも、今と同じシチュエーションに近かった。
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