第8話 そんなお店を使うな


 結局、掃除好きな航太は、俺の部屋を全て片づけると言い始め。

 もうかれこれ、数時間も大掃除している。

 畳に散らばっていたマンガ雑誌も、しっかりと本棚に並べてくれた。


 洗濯はしたのに、たたむのが面倒くさくてほったらかしの服も、ひとつ一つ畳んでタンスへ直す。

 まるでお母さんだな……。

 しかし、ずっと気になっていることがある。


 それは俺が原作を担当した、エロマンガが連載されている雑誌のこと。

 彼も男だから興味はあると思うが……まだ未成年の中学生。

 自分も思春期に経験があるから、読むなとは言えないが。

 母親の綾さんを考えると、気を使ってしまう。


「ねぇ、おっさん」

「ん? どうした?」

「あのさ……おっさんて、マンガが好きなの?」


 本棚に入りきらなかった古いエロマンガ雑誌を、束ねて紐で縛る航太。

 この雑誌が、18歳以上を対象としていることに気がついてないようだ。


「いや……好きというか。仕事上、必要でな」

「え、ていうことは、おっさんて漫画家なの!?」

「漫画家というか、その原作を書いているんだ」

 

 エロマンガだけど。

 

「すげぇ~ じゃあ作家なんだ……あっ、じゃあニートじゃないの?」

「違うよ」


 まだニートだと、思いこんでいたのか。

 確かに貧乏な暮らしだから、そう思われても仕方ないけど。


「そうだったんだ。じゃあ作家だけで食べてる、プロってやつ?」

「まあ、カツカツだけどね……」

「へぇ~ 良いなぁ。ねぇ、オレもおっさんのマンガを読んでみたい」


 ブラウンの瞳を輝かせる航太。

 断りづらいな。


「いいけど、綾さんには内緒にしてくれる?」

「うん! 約束な!」


 そう言うと、小指を差し出す航太。

 仕方なく、俺も小指を出して契りを交わす。


「じゃあ読んでみるね……んと、何ページがおっさんの?」

「えっと……150ページあたりかな」


 しばらく沈黙が続いたあと、航太の顔は真っ赤に染まってしまう。

 目を泳がせて、唇をパクパクとさせている。


「な、なにこれ……」

「その、航太も年頃だから、興味あるだろ? 俺の仕事はエロマンガの原作なんだ」

「聞いてないよ! バカッ!」


 喜ぶかと思ったら、めちゃくちゃ怒られてしまった。

 普通、この年頃なら喜んで読むだろうに……。


  ※


「で、でもさ……おっさんのエロマンガだっけ? ストーリーとか、キャラは全部おっさんが考えているんでしょ?」

「ああ、本当はネームが良いんだけど。俺は文字でしか表現できないからな……」

「やっぱりな! しょ、正直読んで見て思ったもん」

 

 何故か勝ち誇ったかのように、胸を張る航太。

 一体、何を言いたいんだろう。


「なにがだ?」

「ヘヘ……あんなコスプレイヤーがいるわけないよ。む、胸もアホみたいにデカいし……」

「はぁ、だから?」

「童貞くさいんだよ、いかにも童貞の考えたストーリーって感じ」


 そういうことか……。

 未だに俺をそんな風に見ているのか。


「あのさ、航太。別に自慢したいわけじゃないが……」

「なんだよ? おっさん、怒ったの?」

「全然、怒ってないよ。前にも童貞って言われたけど、俺。もう童貞じゃないぞ?」


 俺がそう答えると、航太は大きな瞳を丸くさせる。

 口を大きく開いて驚いていた。


「ウソだっ! 格好つけんなよ!」

「いや本当だって。大学に入ってすぐ、先輩に誘われて『そういう店』で経験させてもらったのさ」

「……」

 

 俺が童貞じゃなかったことが、よっぽどショックだようだ。

 肩を落として俯いてしまう航太。


「別に普通のことだろ?」

「……じゃない」

「え?」

「普通じゃないよっ! おっさんのバカっ!」


 急に顔を上げたと思ったら、涙目で叫び声をあげる。


「どういうことだ?」

「そんなお店を使うなよ! ”そういう”のはちゃんと取っておけ、バカ!」

「は?」


 童貞を取っておく?

 一体、なんのために。


「もう今日は帰る! あとの片づけは、おっさんがしろよな!」

「お、おい……」


 止めようとしたが、彼は急いで家から飛び出てしまった。

 泣きながら……。

 

 童貞なんてすぐに捨てるものじゃないのか。

 最近の子供は、わからないな。

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