第3話 子供扱いすんな!


「……オレ、友達いないもん」


 そう呟いた彼の顔が忘れられない。

 近所のコンビニまでやってきたというのに……。

 かれこれ数十分も、酒売り場の前で立ち止まっている。

 

 一番安い焼酎とウイスキー瓶を手に取り、あとはつまみになるものを探すはずが。

 あの少年……航太くんのことで頭がいっぱいになり、思考がストップしている。

 選ぶ必要がないのに、芋と麦の焼酎を指が左右へ行ったきたり。


 12月の始めとはいえ、今夜は冷える。

 トレーナーワンピースだけじゃ、風邪を引いてしまうかもしれない。

 と他人の子供に、要らぬ心配をしている。


 俺だって金欠しているのに。

 何が出来るんだ?


 とりあえず、頭から雑念を追い払うため、頭を強く左右に振る。

 俺が飲むのは芋焼酎。それにハイボール用のウイスキーだ。

 迷うことなく、カゴに酒を投げ込むと、お次はつまみだ。

 もつ焼きにおでん、あとは……カウンターで会計をと思った矢先。

 あるものに目が行く。


「あれは……」


  ※


 コンビニからアパートへ戻る。

 自宅である二階建てのボロアパートからコンビニまでは、歩いて2分もしない距離だ。

 正直、コンビニで購入するのは高いが、近い場所にスーパーがないからどうしても、こちらを選んでしまう。

 

 アパートの階段をのぼっていると、小麦色に焼けた細い脚が見えてきた。

 丈の短いワンピースを着ているから、ドキッとしてしまう。

 まあ中にショートパンツでも履いているのだろうが……。


 二階へ上がると、廊下で航太くんと目が合う。


「あ、おっさん……」

「やあ、まだいたんだね」

「別にいいじゃん。このアパートの住人なら」

「そうだけど……ずっと外にいて寒くないの?」


 俺の問いにしばらく黙り込む、航太くん。


「母ちゃんが今、家にいるから……」

「え? 綾さんが? なら一緒に入ればいいじゃないか?」

「そうじゃないって……。母ちゃん、店で仲良くなったお客さんと、部屋で飲んでるんだ」

「ああ……」


 そう言えば母親の綾さんは、お水系の仕事だったか。

 悪いことを聞いたな。


「そっか。じゃあ家にいたくないんだね?」

 

 俺の問いに彼は、コクッと頷いてみせる。

 

 事情を知ったことで、尚のこと彼が心配になってきた。

 いや、俺自身が彼へ何かをしてあげたい。

 どんな小さなことでも……。


 コンビニのビニール袋から、一つの包装紙を取り出す。

 レジカウンターの前で見つけた、肉まんだ。

 酒飲みの俺からしたら、炭水化物はつまみにしないのだが。

 航太くんのことを考えて、買ってしまった。

 このホカホカの肉まんを食べたら、身体が暖まるだろう……。


「ねぇ、この肉まん。良かったら食べない? おじさん、アプリで当たったんだけど。これ食べられなくて」


 全部、ウソだが。

 すると航太くんは肉まんを見て、目を丸くする。


「え、いいの!?」

「ああ……良かったら」

「うん、ありがと」

 

 気まずそうに俺の手から、肉まんを受け取る航太くん。

 こんな姿を見ると、やはりまだ子供だな。


「おっさんは食べないの?」

「さっきも言ったけど、苦手でね……はは」

「そっか……食べられたら、半分こ。できたのにね」


 断るのが遅かったようで、航太くんは既に肉まんを二つに割っていた。

 こちらにまで、美味そうな香りが届いてくる。


「気にしないで。食べてよ、俺は苦手だからさ」

 

 そう言いながらも、香りをかいだせいで腹が鳴っている。

 

「うん……」


 俺の顔と肉まんを交互に見つめる航太くん。

 思ったより、素直で良い子だな。


「本当に俺は大丈夫だから、早く酒を飲みたいし。そろそろ家に帰るね」

 

 そう言って背を向けると、航太くんが大きな声を出して、呼び止める。

 

「ねぇ、おっさん!」

「は?」


 振り返ると、頬を赤くした彼がこう呟いた。


「めてよ……やめて」

「なにが?」

「オレのこと、くんづけとか。子供扱いすんのをさ」


 それを聞いて、俺はなんだか嬉しくなった。

 要は思春期だから、背伸びをしたい年頃なのだろう。

 

「わかったよ、航太。これでいいのか?」

 

 すると彼は見たことないぐらい、優しい顔で微笑む。

 

「うん、おっさん!」


 というか俺の名前は、ずっとおっさんのままか……。

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