【GORIATH】
birdeater
【GORIATH】
── 原典を描いた三人へ、感謝を込めた私淑。
「肉は美味いか?」
今、新フィリスフィア人の第三普通科歩兵大隊のキャンプが置かれているのは、トルコ西海岸、復興した港湾都市の防壁の麓だった。
「次は夜戦かもしれないからな、しっかり食べておけ」
「隊長はいらないんですか?」
端正な顔立ちに際立つ青色の瞳に、浅く焼けた肌を見せる青年は、言われるがままに食用肉を頬張っている。
「俺はさっき一人で食った」
「緊張してるんですか?」
「そうさ。これだけ戦ってきても怖いものだ」
エーゲ海に沈もうとする夕陽を眺めているのは、この瞬間二人だけだった。
兵員は次の戦いの準備を進めている。この港が沈めば、新フィリスフィア人に残された戦略は撤退のみ。エーゲ海からアナトリア半島を去り、目的地はおおよそエジプトの側だと決まっているが、そうなれば本来の目的である”聖地の奪還”からはまた一歩退くことになる。
「港に工場を設えたのは正解だったな。鉄鉱石の輸送費もかからない上に、こちらとしても戦いやすい立地になってくれた」
「海路から攻めてくる敵がいないのが幸運でしたね」
「そしてもうすぐ件のデカブツが完成する。そうしたらそれを任せるのはお前だぞ、エンベル」
青年エンベルがこの聖戦に参加するに至った経緯は、酷く冷たい炎に焼かれたものだった。
親愛の人、エンベル。
彼の生まれはトルコの東、どちらかと言えば西アジアやスラヴの民との交流が盛んな地域だった。実際、民族的な交流地として栄えた彼の故郷は、国際的に重要でなおかつ繊細な場所と言えた。
民族都市カフトル。有史最大規模の戦禍を巻き起こす、その火種となった国であった。
元はと言えば、この戦争はトルコ南部で起こった王政復古運動による王権の復活に起因していた。太古に起こった世紀の大戦を経て溝を深めた宗教対立は、王制の復帰を引き金に”決戦”へと持ち込まれた。
王制を得たシェケムの民は聖地奪還を半ば果たした。が、聖地の所有権は既に”民族的、宗教的対立”という枠組みを超えた国際問題である。欧米の介入に時間はかからなかった...そしてその戦力、兵站を導入する起点となったのは当然、”全ての民族のための都市”、カフトルであった。
カフトルは新たに”世界の力の象徴”を宿す都市となった。当時16歳のエンベルも、当時の国際軍の輜重兵として物資や燃料の補給に当たっていた。
戦争は苛烈を極めた。”同盟国の保護”を名目とした各国の参戦によって混戦が激化し、カフトルは”全ての民族が衝突する中心”へと変わった。
エンベルはそこで、離婚して一人になっていた母親と、先に西部へと避難の準備を進めていた姉を亡くした。既に縁の切れていた父親の訃報も遅れて入った。
親愛の人であったエンベルは、カフトルにたくさんの顔見知りがいた。家から歩いてすぐの売店でトウモロコシを打っていたエルバンおばさんは、シェケムの民の侵攻で拉致された報せを聞いてからその行方を知らない。少し離れた黒海から釣れた魚を運んできてくれていた同い年のベルクは、先に歩兵隊に徴集されて三日で戦死した。公園のイチジクの木の下でギターを聞かせてくれた近所のハイリさんは、国際軍突入の警報が届いてから避難が間に合わなかったと聞いている。
青年エンベルは、前線撤退の通告が届いた輜重兵隊と一緒に西側へと向かうことになった。
彼が西へ向かうとき、内心にあったのは復讐や憎悪の一心ではなく、最後まで彼を親愛の人たらしめる”目指していく心”だった。
この戦いに意味を見出したい。彼がこの戦いに求めているものは、ただそれだけだった。
カフトルから全てが消え去ったことに足る理由が、この聖戦には存在するのか。
青色の丸い瞳は、夕陽の色に呼応して光った。
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