第29話 球技祭前夜
「ふっ、ふっ、ふっ」
「お嬢様、そろそろお風呂のお時間ですのでそろそろ」
「わかったわ」
私は鷲君たちと鳩目君との勝負について話合って数日が経ち、球技祭の前夜、日課となっている運動を終える。
そしていつも通りシャワールームにで体に付いた汗を落とす。
「鷲君……」
あれから鷲君と会えてないし会話も連絡すら取ってない。
麗音からもそれとなく聞いてみたけど特に変わったところはないと。
蓮君にも聞いてみたら特に変わった様子はないけどしいて言うなら蓮君を一時的に側付きから離したらしい。
それを話してくれた蓮君少し顔が終わってたけど、どうやら鷲君は大丈夫らしい。
「うん……鷲君なら……なら大丈夫……だよね……」
そう、鷲君はいつも問題を自分の手で解決してきた。
今回も大丈夫なはず………
私は外に置いといたスマホを取って電話を掛ける。
『もしもし?』
「もしもし鷲君」
『どうしたんだ実夢こんな時間に』
「え~~と、その明日のことなんだけど、どうかな~って思って」
ああ~~なんで電話しちゃってんのよ私!
実夢は内心戸惑っていた。
何も聞かないと決めたのに思わず衝動的に電話をしてしまったことに。
しかし聞いてしまったからには止まれない。
『ん?ああ、そのことか。それなら今のところ絶好調だぜ』
「そうなんだ……それならよかった」
よかった。鷲君本人からそれを聞けて胸がホッとした。
『悪いな今日まであんま連絡取れなくて』
「うんうん、平気。私なんかより蓮君の方が落ち込んでたよ。鷲君に頼ってもらえなくて」
『え、マジで?』
「うん、マジで」
『そうか~~後で埋め合わせしなくちゃな』
「うん、そうだね」
なんでもできると思ってたけど、やっぱりたまにこういう抜けてるところが
あるとちょっとかわいいかな。
『鷲、一休みして、次で最後にしようぜ。明日の為に今日は早めに切り上げよう』
電話の向こうから鷲君以外の声が聞こえた。
男の子……だよね…?
どうしてかわからないけどなぜか一瞬、胸の音が大きくなってお腹が痛くなる。
『わかった。今行くから』
「ねえ鷲君、今のって」
『ああ、明日の試合の為にチームの奴らと練習してたんだよ』
「そ、そうなんだ」
私はホッとした。
それと同時に早くなっていた鼓動とお腹の痛みが引いた。
あれ…?どうして私ホッとしたんだろう?
『そっちはどうなんだ。拓海と蓮はいい感じか?』
「え、う、うん。クラスのみんなやる気があっていい感じだよ」
『そうか。それならうちもやりがいがあるな』
鷲君は笑い話のように軽く言うけど、すでに時間は8時を過ぎてる。
そんな時間まで練習してたの…それも今の感じ今日だけって感じじゃなかった。
そう思うと私はなんとなく聞いちゃだめだと思っていたことを言ってしまった。
「ねえ、どうしてそこまでしてくれるの?」
『え?』
「鷲君がこんなにもしてくれる時っていつも鷲君自身かその周り、私たちのことを思ってる時だもん」
『わかるか?』
「わかるよ。だって…だって…」
あれ、どうして?
ただ友達って言うだけなのに声が…出ない…
『実夢?』
「う、うん!友達だもの!!それくらい…ね!」
『はは……女の勘は凄いな』
「そうかもね。ねぇ、改めて聞くけどどうしてそこまでしてくれるの?」
『そうだな。まぁ~なんとなくだな』
「な、なんとなくって、もとはと言えば
『いや、ダメだろ?』
鷲君は少し笑いながらそう答えた。
『確かに本当ならここまで本気を出す必要はない。
「それなら!」
『だがこれはあいつが俺個人に売ってきた喧嘩だ』
「どういうこと?」
『お前との関係は俺とお前の個人的なものだ。あいつがそれに重きを置いてきたということはあいつは個人的に俺に喧嘩を売ってきたということだ。それとついでにお前に見せてやりたいのさ』
「なにを?」
『俺がお前と同じぐらい努力してるって。どうせお前、日課のトレーニング終えてシャワーでも浴びてんだろ?』
「え、なんで」
『シャワーの音と小さく聞こえる反響音で推測した』
すごい・・・僅かな違和感から相手の状況を推測できる推理力と勘、さすがは皇家の陰。
私とは大違い・・・・・・
「やっぱりすごいね鷲君は」
実夢の声から自信のなさが漏れる。
それを感じ取ったのか鷲は軽く言い放った。
『それはお前の方だよ、実夢』
「え・・・?」
『ただ一つの愛の為に体を鍛え、スタイルを整えて、学力を身に着けて。人生の大半の時間をそれだけの為に費やしてきたその心、俺にはないな』
「そ、そんなことないよ!鷲君のほうが何倍も…!会社を背負って既にその最前線に立って……私こそ…」
『実夢は勘違いしてるな』
「勘違い?」
『俺は好きでやってるんだ。もちろん最初の頃は面倒臭さが勝っていたが、今では楽しさのほうが上回ってる。だけどお前は違うだろ?その日課のトレーニングも、食生活も、勉強も』
「そ、それは…」
実夢は言葉を詰まらせる。
しかしそれだけで鷲には十分だ。
『苦しくて、辛くて、嫌でも、逃げず、10年以上も続けられるのがどれだけすごいことか。正直俺には想像がつかない』
これは鷲の心からの言葉だと実夢は本能的に察した。
その言葉を聞いた実夢の目からは涙が流れる。
しかし彼女はそれに気づかず、鷲の声に耳を傾け続ける。
『俺は男として、俺個人として、それに応えなくちゃならないと思ってる。お前が初めて、そして長年、頼ってきた人間として。お前より下にいる訳にはいかねえ。じゃねえと頼りないだろ?』
鷲は電話越しに優しくそう言った。
実夢はただ聞くことしかできなかった。
『鷲、そろそろ始めるぞ』
『わかった』
電話の向こうでは獅子堂が鷲を呼ぶ。
鷲は最後に実夢に言った。
『実夢、明日からの2日は楽しみにしとけ』
「うん」
実夢は微笑み優しくそう答えた。
そして翌日、ついに始まる、星蘭学園球技祭が。
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