第36話 僕は夢中になっていた
これは後から知り合ったインディオに聞いた話なんだけど、オンサ(豹)は人々を食い殺す恐ろしい獣ではあるんだけど、神聖視される存在だったりするんだよね。なんでも神に近いオンサは一つの体に頭が二つ付いていて、神聖な泉を守っているとか、そういう神話みたいなものがあったりするらしい。
インディオにとって恐ろしいけど神聖なる存在でもあるオンサ(豹)なんだけど、こいつがまた、僕の感覚からすると日本に出没する熊並みに頭が良いと思うんだ。熊は鉄砲の匂いとか人間の匂いとかを敏感に察知するんだけど、誘き出すようにして足跡を残して、更にはその足跡を辿るように後退をすることで、追跡者を混乱させる技みたいなものを持っている。僕が今現在追っている森の主とも言える大型の豹だけど、熊と同じように追跡者を混乱させる知能を持っているようだった。
非常に頭が良い奴で、警戒心も非常に強い。残された糞を調べることで奴の大まかな活動範囲というものは少しずつ把握してはいるんだけど、奴には仲間もいるわけだからね。到底一筋縄ではいかない。
一度だけ森の中に流れる川を挟んで向かい合うことになったんだけど、奴は僕のことなんか恐れていない様子で、水辺を覗き込む形で優雅に寝そべっていたんだよね。つまりはどういうことかというと、これくらいの距離なら撃たれないと理解しているっていうわけだ。
「うぉぉおお〜燃えてきた〜」
奮起した僕は、身振り手振りで拙いポルトガル語を駆使してオンサの危険性を訴えた。何しろ大型の豹が近隣を徘徊しているというのは大きな問題だったため、ジョアンと支配人は僕に狩猟をするために、カマラーダの仕事は一旦お休みする許可を出してくれたんだ。
農場としてはなるべく早く害獣駆除をしたいと考えているし、大型の豹を相手にするというのなら、一朝一夕で倒せるようなものではないということも十分に理解してくれたんだ。
カマラーダとして忙しくなるのは珈琲豆の収穫の時期であり、収穫を終えてしまえば暇になるのがカマラーダだ。四人組の日本人が一生懸命働いてくれたので、僕が山の中に籠ったとしても問題ないってことになったんだ。
ジョアンは狼に襲われた一件で、僕のことを随分と見直してくれたようで、
『マツならきっとオンサを狩ってくるでしょう!』
というようなことを支配人に言ってくれたんだろうな(たぶん)。
豹というのは体の大きさの割に頭が大きく、耳は丸くて可愛くも見えるんだけど聴覚は鋭い。金色の瞳は前向きに見えるんだけど、思った以上に視界が広い。まるで梅の花みたいな斑点模様の毛皮は艶々として見えるし、筋肉質な体つきをしている。
食事は木の上で摂ることがほとんどで、鋭い犬歯の他に奥歯も鋭く尖っているようで、獲物を噛み砕く顎の力は相当に強いように見える。前足は指五本、後足は指四本、足の爪は一般で飼われている猫ちゃんのように引っ込むようなことはない。
この鋭い爪で襲われたら溜まったものじゃないだろうなぁと思うし、鋭い牙と顎の力を見ているだけで、そりゃ人間だって簡単に食べられてしまうと思うもの。
とにかく糞の確認から奴の行動範囲を把握するのにひと月以上かかり、奴がいつでも立ち寄る場所(水分補給のために立ち寄る水場など)で、見つからない場所を見つけるのに更にひと月以上かかってしまったんだ。
なにしろこのオンサは体が大きい奴だから、こいつと比べれば狼なんかただの犬、ジャガーチリッカ(アメリカ虎)なんか飼い猫みたいなものだよ。
それから森に潜り込んで一番厄介だと思ったのが蛇、小型で色が鮮やかになればなるほど猛毒を持っているし、噛まれたら即死だとジョアンに言われた。実は森の中には蠍とかタランチュラとかも生息していたりするんだよなぁ。
タランチュラは木のウロを住処にしていたりするんだけど、
「でっか!」
と、思ったよ。日本の蜘蛛とは大違いだわ。
ブラジルの山に籠った僕は、日々、いろいろなことに驚きながら森の主を追い続けて来たわけだけど、相手は頭が良い奴だから一筋縄ではいかなくて、奴との駆け引きは半年近くにまでもつれ込むことになったんだ。
そんな訳で、コトリと引き金を引いた僕は遂に森の主の額を撃ち抜くことに成功をしたわけだけど、その時の感動たるや言葉には表せないほどのものだった。
森の主は本当に体が大きな奴だったから、木で作ったソリのようなものに乗せて引きずるようにして森の中を運んだんだけど、実はオンサを殺すことよりも、運ぶことの方が大変だったのかもしれない。
「松蔵さん!本当の本当にオンサを殺してしまったんだね!」
珠子ちゃんは驚きの声をあげたけれど、周りに集まった人々は、それは大きなオンサに驚きながらも、僕の不潔さ加減に辟易としているような状態だったのさ。
日本人だけでなく多くのブラジル人が集まってきて、僕が運んできたオンサ(豹)に驚きの声をあげたんだけど、僕は歓声混じりの声を聞きながら、心の中では冗談じゃないくらいに焦っていたとは思うんだ。
それは何故かというのなら、珠子ちゃんがそれはびっくりする位に痩せていたから。顔には殴られたような跡もあるし、一体何があったのか。僕がオンサなんかにかまけている間に、一体何があったのかと不安になったし、オンサに夢中ですっかり放置状態だった珠子ちゃんに対して罪悪感のようなものが溢れ出してしまったんだ。
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写真家さんなんかもガイドする人が言っていたのですが、オンサ(豹)を撮影するには森の中に5日間は滞在しなくちゃならないそうで、自分はオンサが立ち寄る水場を知っているから良いんだけど、どれだけオンサの活動範囲を知っているかがポイントなんだっていうんです。私はオンサの足跡しか見たことがないんですけど、でっか!という感じです。今では大分数を減らしているんですけど、移民の人たちがブラジルに来た時には、まだまだ身近な存在だったという話です。
ブラジル移民の生活を交えながらのサスペンスです。ドロドロ、ギタギタが始まっていきますが、当時、日系移民の方々はこーんなに大変だったの?というエピソードも入れていきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!
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