第34話 蔑まれる僕ら
日本人がブラジルに働きに出るということで利用された第一便の船が『笠戸丸』というんだけど、1908年に神戸港を出港、珠子ちゃんの隣の家に住む亡くなった源蔵さんとか、奥さんとかが乗ってきた船ということになる。日本人がブラジルに労働力として移動して来るようになってまだ数年しか経っていないということになるんだけど、我々日本人よりもずーっと昔に、鉱山を採掘する際の労働力として中国人がここまで移動して来たってわけさ。
だからこそ、ブラジル人の中には僕ら日本人を見ると、
「オイッ!シネース!(おい!中国人!)」
と、ちょっとした侮蔑混じりで呼んできたりするわけさ。
ちなみに『オイ』とは挨拶で使われる言葉になるんだけど、この『シネース』の部分には特別に嫌な感じが含まれているってわけさ。
僕なんか背が高い方だから別に問題ないんだけど、一般的なアジア人は、ブラジルに住む人たちよりも体は小さいし、背も低かったりするんだよね。ちなみにブラジルに住んでいる人たちは本当にミックスしている感じで、支配階級の人々はヨーロッパからやって来た白人になるんだけど(農場主や支配人はみんなそうだね)労働者階級となると、黒人、白人、インディオが混じりあっているような感じになっているわけ。
後から知ったことになるんだけど、ブラジルには宝石や金の鉱山がたくさん発見された関係で、鉱山を採掘する労働力としてアフリカから大勢の奴隷が運ばれて来ることになったらしい。細い坑道を進むのに黒人奴隷の子供を利用していたんだけど、腕力の足りなさが問題になって、もっと小柄な奴らを連れて来ようという話になったという。そこで中国人に白羽の矢が当たったってわけなのさ。
我々日本人よりかはよっぽど馴染みがあるのが中国から来た人々ということになるとは思うんだけど、どういうことかは分からんけども、
「シネース!」
若い奴ほど、すんごいバカにした感じで言って来るんだよね。
『彼らは中国人じゃないぞ!日本人だ!』
と、いうようなことを、カマラーダのリーダーであるジョアンが言っていたと思うんだけど、そしたら奴らは、
「オイッ!ジャッパ!」
と、僕ら日本人を呼ぶようになったんだ。
今までこの農場でカマラーダとして働く日本人はいなかったし、日本人自体が集団でかたまっていて外との交流は最低限にしよう!みたいな感じで来たわけだけど、僕とか、四人組とかがカマラーダとして働き出したことによって、他のカマラーダの目に付くようになったんだよね。
年取った人ほど『あんたらなんか関係ねえ』みたいな感じのスタンスを見せて来るんだけど、年齢が若くなればなるほど、僕らを馬鹿にしたような素振りを見せるようになる。
「オイッ!シネース!」
「オイッ!ジャッパ!」
ルイスっていう若いカマラーダが居るんだけど、こいつを筆頭にして若い奴らが、四人組にちょっかいを出すようになったわけ。足を引っかけたり、小突いたりなんかしょっちゅうで、どうやら、自分たちが寝坊してサボった日に、真面目な四人組が労働力としてそれなりの戦力になって褒められたものだから、それが気に食わなかったみたいなんだ。
僕の目の前にまで言いに来てくれたら、幾らでもやり返してやろうと思って待ち構えていたんだけど、奴ら、僕のところにはやって来ない。
どうやら僕は『戦争から帰って来た日本人』と山倉さんが説明してくれた関係で、
「ゲッハ(戦争)?」
・・・みたいな、ブラジルってギャングの抗争とか酷いんだけど、国自体が大きな戦争とかしたことないから、戦争?え?なにそれ?みたいな感じで思考停止するみたいなんだよ。
珈琲豆の収穫時期はとにかく忙しくて、その忙しい中でも、若いカマラーダのちょっかいがそれなりにはあったものの、結局無視する形になったんだよね。そもそも僕らはポルトガル語、よく分からないし。慣れない珈琲豆の天日干しが大変で、大変で、そうやっているうちにあっという間に収穫の時期も終わってしまって、一部のカマラーダは他の職を求めて農場から旅立って行ったわけさ。
ルイスは近所の町に住んでいる関係から、カマラーダとして残り続けることになったんだ。相変わらず僕らのことを『シネース』とか『ジャッパ』なんて呼ぶんだけど、小突いてきたり、足を引っかけたりとかはしなくなったんだ。
仕事が落ち着いたっていうこともあって、四人組が『厠掃除』というみんながやりたがらない仕事を率先して行うことで独自の路線を突き進み始めた頃、僕も本業を活かして活動を再開しなければならないことになったんだ。
今まではライフル片手に空砲を撃って見回りくらいまでしか出来なかったんだけど、そろそろ害獣を駆除しなければならないと支配人が言い出したってわけさ。
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ブラジルでもヨーロッパでも、何だか知らないけれど「おい!中国人!」みたいな感じで言われることがあるんですよね。あくまでもアジア人を下に見た感じで言われるわけです。なんでそんなことを言うんだと問いかけたところ「中国人と日本人は似ているんだから、中国人と呼んでも問題ないだろう」ですって。「だったらブラジル人とアルゼンチン人は似ているように見えるから、君らのことをアルゼンチン人と呼んでもいいか?」と、尋ねたら、「それは嫌だな・・」と、ようやっと変なことを言っていたんだなと理解するみたいな。ほんと、悪気なくって奴でもあるんですよね〜。
ブラジル移民の生活を交えながらのサスペンスです。ドロドロ、ギタギタが始まっていきますが、当時、日系移民の方々はこーんなに大変だったの?というエピソードも入れていきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!
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