第24話  適応能力

「アキオ!(こっち見て!)」

「アシン(こうやって)アシン(こうやって)アシン(こうやる)タ(わかった)?」

「タ(わかった)」


 現地の人の言葉を聞いていると、やたらと「トウ」「タ」「トウ」「タ」言っているように聞こえるんだけど、すんごい良く使う言葉だよね。


「語尾が上がるタ?は、わかった〜?っていう問いかけだし、わかったのタは語尾下がる感じのタなんだよ。彼ら、本当に簡単な単語しか使ってないし、よくよく聞いていれば分かることが多いよ」


「「いや、俺らには無理です」」

「「ブラジル人の言葉なんて分からないんで」」


 罰としてカマラーダとして働くことになった六人の日本人の若者達だけど、いつでも僕とは離れた場所で、日本人同士で固まって仕事をしているんだよね。


食事は一緒に摂ることになるから話をしたりするんだけど、なんだか知らないけれど大きな壁が作られちゃっている感じがするんだよね。


「神原さん・・あの・・良くブラジル人の中で一緒に働けますよね?」

「え?どういうこと?」

「日が暮れてからの見回りとか始めているみたいじゃないですか?良く一緒に歩いて行けるなぁって思って」

「ああ〜」


 なんて言うのかな・・


「僕はね、現地の人に適応するのに慣れているんだよ」

「え?」

「いや、すでに知っているとは思うんだけど、僕は戦争に行っているし、向こうで現地の人とのやりとりとかしていたしね」


 戦地では、天候だったり、こちらの斥候の報告を受けて、敵の動きに応じてとかで、戦法を変えることが結構あるんだけど、そこでとても重要になってくるのが地図に載っていない道だったんだ。


地元民しか知らない道というものは結構な数あるもので、それをどれだけ戦略に入れられるのかが鍵となる。日本人というのは兎角、日本人同士で何でもやりたがるところがあるんだけど、現地に溶け込んで情報を手に入れて来る人間は、意外と重宝されることになったってわけ。


「中国語に比べると、僕としてはポルトガル語の方が聞き取りやすいし、彼らも本当に簡単な単語を選んで話しかけてくれるから、意外に覚えられることって多いと思うんだよ」


 サントス港に居た時には、田舎の人間は本当に優しくて心が広い人が多いから大丈夫と、やたらと言われることがあったんだけど、確かに農場の人は意外なほどに良い人が揃っているように僕は感じるわけだ。


「でも、覚えたところでどうするんですか?」

「俺ら、すぐにでも日本に帰るつもりですし」

「大金を稼いだら、すぐにでも船に乗り込んで帰ってやりますよ!」


 僕と同じ船でブラジルまでやって来た彼らは、すぐにでも大金を稼いで日本に帰れるだろうと、今の時点でも思い込もうとしているようだった。


 源蔵さんの家に襲撃をかけた六人組は、とにかく金の大きな延べ棒を探して、探して暴れまくったんだけど、珈琲豆の収穫で得られる金額の低さを見て、彼らなりに恐怖と焦りを感じたんだろうな。


「神原さんだって、大金を手に入れて故郷に錦を飾るつもりなんでしょう?」

「すぐにでも日本に帰るつもりなんでしょう?」

「この農場には埋蔵金があるかもしれないんですよね?それを見つけさえすれば、一発逆転だってあるかもしれないわけで」


 僕らは昼休憩を取っていたんだけど、ブラジルの太陽の光って日本と違って熱が強いっていうか、刺すように痛いっていうか。すぐに日に焼けて肌が真っ黒になるような強さがあるんだけど、空気がカラッとしている所為か、屋根の下に入るだけで涼しいし、ひんやりとした風を心地良く感じることが出来るんだよね。


 粗末なテーブルと椅子が並べられた屋根がある屋外でみんなは昼食を摂っているんだけど、豆と豚のクズ肉を煮込んだものと、トマトとベテハーバという紫色の野菜、それとパンが皿の上に載せられた。


 こちらではパンは安価なようで、カマラーダだったらいつでも食べ放題状態なんだよね。米がないので、パンに飽きたら小麦粉を練って自分で何かをこさえなくてはいけないらしい。


「君らさ、本当に自分たちが日本に帰れると思っているわけ?」

 

 僕は紙タバコを巻いて火をつけると、白い煙を吐き出して、六人の若者を見つめながら言ったってわけ。


「僕はさ、戦争帰りだし銃の取り扱いも出来るし、なんなら銃の整備とかも出来るからってことで旅費を負担してもらう形でブラジルまで来ることになったんだけど、片道切符になるだろうと覚悟は決めていたわけだよ」


 ブラジルへ労働者として向かうのは家族連れ限定で、僕みたいな独り身の男は本来なら自腹で船代を払って渡伯しているはずなんだよね。


「家族連れの人たちは、きっとすぐにでも日本に帰るんだろうなとは思っていたんだけど、こっちに来て分かったよね。もうさ、日本に帰れるなんて無理でしょ?」


「「「なっ」」」


「だってさ、カマラーダの賃金だって全然高くないもんね。カマラーダでこれだから、農場労働者に大金が稼げるわけがない。そもそも、奴隷の代わりの労働力として日本人労働者が連れて来られているわけだから、高い給料が貰えるわけがないんだよ」


 僕は呆然とする日本人の若者たちを見回して言ってやったよ。


「珠子ちゃん曰く、イタリア人も日本人みたいな形で労働力としてブラジルまで来ているんだけど、給料が安いし待遇が悪いから人気がなくて、今では誰も来たがらないんだってさ」


 六人組は、どんどん真っ青な顔になっていく。


「珠子ちゃんが言うには、労働力として連れて来られた甥っ子姪っ子みたいな人たちの待遇が最悪で、家族の中にも加われないから扱いは悪いし、給料も貰えないまま無賃で働き続けることになるんだってさ」


 四人の若者たちは、親族のおじさんに付いてやって来たという形の労働者だった為、ごくりと唾を飲み込んでいる顔色が非常に悪い。


「生殺しみたいな状態で、無賃で親族のために死ぬまで働き続けるよりも、さっさと現地の言葉を覚えて自活の道を歩んだほうがいいと思うよ」


 じゃないと、珠子ちゃんみたいに土の上に粗末な寝床をこさえて、家族に邪険にされながら、ただただ、賃金なしで働き続けることになっちゃうんだもんなぁ。


「でも・・でも!埋蔵金を見つければ一攫千金にもなるわけで!」

 一人がそんなことを言い出すと、他の奴も熱に浮かされたような表情を浮かべて言い出した。


「ギャングが盗んだ金が埋められているのかもしれないんですよね?」

「もしかしたら、日本人がすでに見つけているのかもっていう噂もあるし」


 すでに殺された遺体が金を握り締めていたんだもんね、すでに誰かが見つけていると考える人間も出てくるわけだよ。


「だけどさ、もしも誰かが埋蔵金を見つけていたとしたら、すでにこんな農場から逃げ出しているんじゃないのかな?もっと良い生活をすでに送っているんじゃないのかな?」


「それじゃあ、まだ埋蔵金は見つかっていないってことか?」

「だったら神原さん!一緒に埋蔵金を見つけましょうよ!」

「えー・・いやだよ」


 僕はため息を吐き出しながら言い出した。


「ここに農場を作る時に、パトロンが埋蔵金がないか探したって言うんだよ?それに、金を見つけるためにオンサやジャガーが居る森に当てもなく行くだなんて、命を捨てに行くのと同じようなことをなんでやらなくちゃなんないわけ?」


「いやでも・・」


 初っ端で暴れて牢獄送り(害獣を入れておく檻に押し込められた)となった六人組は、現実を直視していなかったんじゃないのかな。

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