第16話  そりゃそうなるよ

 今回、配耕されて来た日本人労働者は、8家族38名。珈琲豆で一攫千金を狙ってブラジルまで来ているだけに、労働力として期待された若者がいつもよりも多いのが特徴と言えるでしょう。


 移民公社と政府から騙されているだなんて知りもせずに、大金を稼ぐために地球の裏側までやって来たってわけですよ。


本日より真っ赤な珈琲の実をこそぎ落として、篩にかけてゴミや小石なんかを排除して、大きな麻袋に入れて、入れて、珈琲豆乾燥広場まで持っていってお金を受け取ったわけですけれど、

「う・・う・・嘘だろーーーっ!」

 と、なるわけですよ。農産物の収穫で金を採掘した時と同じくらいの金額が貰えると思っているんですから、嘘だろうって思わないわけがないんです。


 忘れてはいけないのは、我々は奴隷の代わりの労働力としてここに来ているわけなんですよ。それがどういうことかって言うと、兎にも角にも賃金が安い。


 歓迎の宴で、

「一家族で一日54銭ほどしか稼げなくてなあ」

 と、元から居た労働者が言っていましたけれども、

「54銭?人力車夫の日給と同じじゃないかよ!」

 と、新労働者の誰かが言っておりましたけれども、このお値段は、コーヒー豆が取れない間の賃金ということになります。


 珈琲豆は一年に一回しか収穫出来ないので、収穫期間以外は、雑草を抜いたり、伸び切った枝を剪定したりして過ごすんですけど、この間の賃金が日に54銭程度。そんな状態で雇用されているというのに、いくら取れ高制だって言ったって、珈琲豆の収穫で入った値段は大したことにはならないのは当たり前の事実。


「「「嘘だろ!ふざけんな!」」」

「「「騙されたー!」」」


 と叫び出すのは誰もがやる事なんですけれど、中には怒りに任せて暴れ出す人も居るんです。今回は、金の延棒事件が新労働者にも伝わってしまったのですかね。


「金は何処だーーー!」

「金を探せーーーーーーーっ!」


 珈琲豆が金にならないのなら、他人の金を強奪したら良いじゃない。

 という事で、オンサに腹を喰い破られた源蔵さんの家を、新米労働者たちが襲撃している物音が、隣の家となる我が家の方まで轟いて来ました。


「ま・・松さん!あんた戦争帰りだろう!助けてくれ!」


 昨日今日で会ったばかりという久平さんが、隣の家からこっちの家へと飛び込んで来ると、松蔵さんを松さん呼ばわりしながら助けを求めているのですが、

「そんなの放っておけばいいじゃない!自業自得よ!」

 と、姉がヒステリックな声を上げています。


「そうはいかないよ!うちの方まで襲いかかってくるかもしれないし!鎮圧するなら早いほうが良いって!」


 結構な数の人が隣の家にやって来ているのですかね。恐ろしい物でも見るようにして後ろを振り返りながら、顔を真っ青にして久平さんが叫んでいます。


 日本人同士の争いに、同じ日本人を投入しても埒が明かないということを何故、この人たちは学ばないのだろうか?


「珠ちゃん・・珠ちゃん?何処に行くの?危ないよ?」


 家から飛び出して行く私の背中に向かって松蔵さんが声をかけて来ているようですが、そんなの気にしている場合じゃありません。隣の騒動がうちにまで広がると、せっかくあそこまで育てた鶏たちを、どさくさに紛れて何処かの誰かが連れ行ってしまうかもしれないんです。


「源蔵さんや作太郎が、お前の家に金を隠したかもしれない!」


 なんて誰かが言い出したら目も当てられないですよ。うちは確かに貧乏ですけれども、強奪できるものなんて鶏くらいしかないんですからね!あそこまで育てた大事なピヨちゃんたちを奪われてなるものですか!


 農場労働者が住む居住区を走り抜けて行った私は、目的の家に飛び込んで、大声で叫びましたとも。


「マティウス!ベンカ!ベンカ!テンプロブレマ!ジャポネステンプロブレマ!」

「アア〜ン?」


 椅子に座ってタバコを吸っていたおじさんはこちらを振り返ると、大きなため息を吐き出しながら立ち上がる。


「タマチャ、エスペーラポキーニョ」


 このおじさんは、居住区の代表者みたいな人なのですよ。大きな体で恰幅の良い人で、インディオとか、ポルトガル人とか、いろいろな血が混じっている人なんですけど、奥さんはイタリア移民で来た人です。その奥さんが出て来たので挨拶します。


「タマチャ、トドベン?」

「トドベン、エレナ」

「バモス、タマチャ」


 ライフル銃を肩に担いだマティウスさんが、私の方を振り返る。バモスとは一緒に行こう!という意味で、私はマティウスさんを案内するためにその場から走り出したわけですよ。


 だけどね、だけど、マティウスが私を走って追いかけてくるわけがないのよ。奴隷の代わりの労働力として騙されてやって来た日本人が、またまた文句を言って、ブチギレて、騒ぎを起こしているんでしょう!的な感じに思っているので、小走りにもならず、ノロノロ歩いているのです。


「ベンカ!マティウス!早く!早く!ベンカ!ベンカ!」


 ベンカっていうのはこっちに来て!っていう意味になるんだけど、何処までものんびり歩くマティウスさん。うちのピヨちゃんたちは強奪されずに無事に過ごしているのだろうか?

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