第10話 色男の崇彦さん
今日は朝から源蔵さんの喰い散らかされた遺体を外作地で発見することになったんですけど、遺体とのご対面を済ませた奥様とお子さん達は、新労働者受け入れのための宴会にはもちろん参加していませんでした。
変わり果てたご遺体を前にして、源蔵さん一家と周囲3軒は、疫病予防のために明日には遺体を土の中に埋めなければいけないため、遺体の顔を清めたり、なんらかの語らいをしているのでしょう。
そう、源蔵さんの握り締めていた金にみんな興味津々だったわけなんですけれども、新労働者達に金のことは話したくないってことと、宴会は外でゴザを敷いて行っているので、通りがかったブラジル人に聞かれたくないってことで、感心することに、『埋蔵金』についてはみんなが口を閉ざしているような状態でした。
そうして宴もたけなわとなった頃に、
「神原さん、これを直すってことは出来るかね?」
と言って、徳三おじさんは壊れたライフル銃を、松蔵さんの前へと差し出したのでした。
何しろオンサ(豹)が山から降りて来たとあって、熊が山から降りて来たのと同じくらいに危ない状況ですし、日本人のご夫婦がオンサに喰われて死んでいるということもあったので、農場主が真面目な日本人にも猟銃を渡しておいてあげようって言ってくれたみたいなんです。
だけど、新参者に銃を渡して大丈夫なのか?みたいに考える人もそれなりの数おりまして、結果、壊れた銃が日本人を守るために渡されることとなったわけです。一応、農場主の命令通りに銃を用意して渡した。その銃が壊れていたとしても、それは『ナオンテンジェイト』仕方がないってことで終わらせるんですね。
さすが戦争帰りの松蔵さんは、慣れた手つきでライフル銃を構えると、
「今、やっぱり戦争帰りだから凄いなって思っているでしょう?やめてくれる?」
と、嫌そうに私に言うのは何故?
「外作地やコーヒー畑に出る時にはオンサ避けの空砲を撃つようにいわれているんだけど、そもそも壊れているもので・・」
仕方がないで終わらせられないんです!こっちも命がかかっているからね!
「一応、言い訳みたいになっちゃうんですけど・・」
日本人用に渡された壊れたライフル銃と、戦争で使うことになった銃とは種類が違うんだけど、自分は実家では猟師の真似事のようなことをしていたので、この程度の銃だったら修理して直すことが出来ること。
相手は今まで見たことがない豹とアメリカ虎だと言うけれど、この目で見たこともない動物なため、きちんと対処出来るか分からないこと。いくら銃が使えるからって、あまり大きな期待は持って欲しくないということを松蔵さんは言いました。
「なんだ、それじゃあ、見掛け倒しってことになるわけかい?」
身長は松蔵さんと同じ位。
もっぱら日本人女子から人気が突き抜けて一番という宮部崇彦さんは、目が大きくて鼻も高い。整った顔立ちをしているのです。そんな彼が厭味な眼差しで松蔵さんを睨み付けます。
「もしかして・・酷い死体見て震えあがっちまったのかい?それとも、オンサ怖さに逃げ出したくなったのかい?」
労働力として運ばれて来ているだけに、若い日本人男性が農場には多いんですよね。その中でも人気の崇彦さんが偉そうに言い出したため、若い婦女子が、
「「「きゃーーっ!」」」
と言ってはしゃいでおります。
「いやいや怖くて逃げ出すもなにも、僕は豹って実際には見た事がないですし」
豹っていうのは、黄色い毛にまだらの模様が入る大人になると6尺の体長と21貫という重さを持つ肉食で、人を襲って殺す凶悪な動物です。
「ブラジルよいとこと 誰がいうた
移民会社にだまされて
地球の裏側へ来てみれば
きいた極楽、見て地獄
あー こりゃこりゃ 」
「錦かざって帰る日は
これじゃまったく夢の夢
末は番地で野たれ死に
オンサに食われりゃ
せわがない 」
お酒も入っていることですし、みんなが手を打ってはしゃいだように歌っております。寒くならないように焚き火を作って、そこに車座となって座っているので、みんなのはしゃぎぶりが、炎の光の中に浮き上がるようにして見えました。
「珠子、俺と一緒に酒でも飲もうよ」
色男である崇彦さんが私の手を掴んで引き寄せるようにして言うと、
「駄目ですよ、崇彦さん」
山倉さんが崇彦さんの肩に手を置いて言いました。
「死んだ源蔵さんがなんで金なんかを握り締めていたのか分かりませんけど、持っていた物は少量。そんな金を握り締めていたなんて第一発見者の珠子さんは知りませんでしたし、彼女自身、源蔵さんが握り込んでいた金以外を見つけてなんていませんよ」
山倉さんは崇彦さんの耳元に囁くように言いました。
「私はね、配耕になった日本人の皆さんが問題なく過ごせるように世話役として一生懸命働いているんですよ。日本人同士が、くだらないことで問題を起こすのを何よりも心配しているんです」
普段は温厚そのもののぽっちゃりおじさんの山倉さんは、顔立ちが整った崇彦の顔を見つめると、
「問題を起こしそうだったら、他の農場に移すことも検討しなければなりません。ちなみに、このシャカラベンダ農場はね、他の農場に比べれば随分と待遇が良い農場なんです。ここを出てもっと待遇が悪いところに行きたいのなら、その時は私に言ってください」
と、言い出した。
何しろ崇彦さんは日本人の若い衆をまとめ上げているようなところがあるため、まずは崇彦さんに釘を刺したっていうことになるんだろうけれど・・
「珠子、お前、しばらくは気をつけた方が良いぞ」
その話を聞いていた徳三おじさんは、
「しばらくは神原さんの面倒を見ながら、彼の近くに居た方が良いかもしれないな・・」
と、そんなことを言い出した。
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このお話は毎日18時に更新しています。
当時は完全に騙されてブラジルまで行ってしまった日本人たち。笠戸丸に乗り込んだ人たちは有金まで奪われたので、ほんと〜に浮かばれないです。当時の日本政府、めちゃくちゃですがな!!っていう感じなんですけども、最近もめちゃくちゃですがな!!って思うことが多いですね。
次回よりドロドロ、ギタギタが始まっていきますので、最後までお付き合い頂ければ幸いです!
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