第34話 憧れの舞台【7月】

プレイヤーからどう見えているか、たしかにそれは重要なことだ。

音大時代、色んな指揮者のもとで演奏してきたが、見やすい指揮とそうでない指揮があったのは覚えている。

あとは、単純に見やすい指揮と演奏しやすい指揮とでは少しニュアンスが異なっていた。


「お前もプレイヤーなら分かるだろう。どんな指揮者のもとで演奏したら気持ちいいかは」

「まぁ、なんとなくは…」

「俺はあまり表情は豊かでなかったと思うが、それでも俺の指揮で譜面以上の演奏をしてくれたときには、感動したもんだよ」

「そうだろうな。俺にそんなことできんのかな…」

「できるかどうかじゃない、やるかやらないかだろ。お前は高校生たちにどうなってほしいんだ」

「んー、もっと音楽を好きになってほしい。そのためにはまず上手くならないといけないと思う」


そうだ。昔から思っていた。

上手くなるためには練習を、音楽をより好きになるには成功体験を。

今それは部員に向けてだけじゃない、俺もだ。

俺も指揮の練習をしなければいけない。

指導についてもまだまだ半人前だし、この部活短縮期間中にやれることをやろう。


「そうだな。もし指揮について具体的に学びたいなら、良い奴がいるぞ」

「ん?誰?」

「安田っていってな、昔俺が指揮を教えてた弟子みたいな奴だ。家にも連れてきたことあるぞ」

「安田…?あ、もしかして!」


やっぱり、あのDVDで見た指揮者のことか。

まさか父さんの弟子だったなんて。

だから見覚えがあったんだ。

父さんは数年前に体を壊してから、もうオケの指揮者は引退してしまった。

本当は父さんに色々教えてもらいたかったが、体も心配だし話は聞けたから良しとするか。


「言ってなかったな。安田は川澄高校吹奏楽部の顧問をやってた奴だ。俺は今そんなに動けないから、安田に頼るといい」

「わかった。ありがとう、父さん」


父さんから安田さんの連絡先を教えてもらい、ひとしきり近況を話して帰宅した。

母さんは相変わらず元気で、ヴァイオリン奏者として忙しいらしい。

そのおかげで会わないで済んだけど。


安田さん…どんな人だろうか。

父さんも指導は厳しいだろうから、それなりに根性ある人だとは思う。

いつから安田さんが川澄の顧問をしていたか分からないけど、結局あのDVDの年は県大会止まりだったんだよな。

その結果の原因が安田さんだと思っているわけじゃない。

でも、不謹慎かもしれないが、安田さんがその結果をどう受け止めたかはすごく気になる。

早速明日連絡してみよう。





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