第32話 憧れの舞台【7月】
「お世話になってます、川澄の亘です。この前はどうもありがとうございました」
「おぉ、亘先生こんにちは。こちらこそありがとうございました。今日はどうされたんです?」
「突然で申し訳ないのですが、双葉高校のコンクールの映像が残っていたら見せていただきたいんです」
「ほう、なるほどね。構いませんよ。去年の支部大会でよろしいですか?」
「ありがとうございます!はい、明日取りに伺います」
去年のか…てことは最新だな。
合同練習に参加した2、3年生も、全員ではないだろうけど出場しているはず。
この前の合同練習とどう違うか見どころだ。
阿部さんに聞くと、双葉は確実に上位大会を狙うこと、狭く深く指導することを優先した結果、昔からずっとB部門でエントリーしているらしい。
俺からすれば、あの大人数をひとりでまとめていることだけでも尊敬する。
経験豊富な阿部さんでも、A部門で出場するにはハードルが高いということなのだろうか。
俺はコンクールに良い思い出がない。
というか、ちゃんと目標をもってやっていなかった。
中学も高校も部活は真剣にやっていたつもりけど、どこか自分だけ浮いていた。
周りの実力は上位大会に進めるほどのものじゃないと分かっていたから、俺だけコンクールの練習を頑張っても意味がないと思った。
今考えてみると、先輩たちのコンクールにかける想いとか全然気にかけてなかったんだな俺って。
いつも自分の目で見たもの、演奏の実力でしか判断してこなかった。
俺は自己中心的で傲慢だったんだと今になって気付かされた。
コンクールは音楽やってたら、誰にとっても特別なものだよな。
「亘先生の学生時代はどうだったんです?きっと全国とか行ったんでしょう?」
「いえいえ、俺は吹奏楽強い学校行ってないので…」
「ああ、そうなんですか?てっきり、その頃からすごかったのかと」
「普通の吹部に入って、練習は楽しくて人よりやってたかもしれないですけど、コンクールは県大会までです」
「なるほどね。吹奏楽は1人ではできないものですからねぇ」
「はい。でもそこが、吹奏楽の面白いところだと思ってます」
「良いじゃないですか、その考え。私もそう思いますよ」
少し談笑したところで、電話を切った。
威圧的だと思っていた阿部さんだけど、内に秘めた情熱的なものを感じた。
中途半端な想いで高校生の青春を預かって、指導なんてしちゃいけないよな。
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