第16話 スタートライン【5月】

「見て覚えたり、耳コピできるのは良いことなんだが……吹奏楽は全部自由にってわけにはいかない。だから、春祭りに向けては譜面の読み方も一緒に練習するぞ」

「はーい! まずは何から始めればいいんですか?」

「そう言うと思ってこれにまとめておいた。読んでおいて」

「ありがとうございます!」


 上級生が1年生を見てくれている間に、譜面の読み方を紙にまとめてみた。

 俺はもう感覚というか、癖ついてすらっと読んでいるけど、実際に音符や記号の説明をするのは本当にややこしい。

 インターネットや音楽の本には詳しく載っているが、それらを全部覚える必要はない。

 実用性の高いものに限定しておいたほうが飲み込みやすいだろう。


「この音符はどういうリズムですか?」

「これは叩くとこうだな」

「お〜そういうことなんですね!」

「8分音符と16分音符の組み合わせだから…」


 今日はずっと音符とその使い方、記号の説明。

 譜面を理解して叩く練習をしないと、間違っていたときにどこで間違えたか分からない。

 いつも同じところで間違えるなら、そこだけを重点的に練習すればいい。

 もし顧問が俺でなかったら、譜面の読み方まで教えることはなかっただろう。


「結構詰め込んで教えたから、1回休憩入れるか」

「ありがとうございます!」


 俺も音楽の勉強は好きだったが、教えるのはさらに根気がいるようだ。

 慣れないことをして頭が疲れた。

 俺は吉川のいる教室を離れ、上級生たちのもとへ行くことにした。

 セッション曲の完成度も見ておきたかったからちょうどいい。

 俺もどう合わせるか――まぁそれは即興のほうが面白いか。


「あ、先生! ちょうど聞きたいことがあったんです!」

「野田か。どうした?」


 部長の野田はいつも積極的に質問してくる。

 もちろん他の部員たちもみんなやる気は充分にあるが、自分からはどうにも話しかけづらいらしい。

 野田の質問に答えていると、次々と部員たちが集まってきてあれやこれやと話が続いた。


「あぁ、もうこんな時間か。野田、全員を部室へ集めてくれ。ミーティングをして今日の練習は終わりだ」

「はい! 了解です!」


 あの後吉川はどうしただろうか。

 ちゃんと譜面を理解して叩けているかは、次回の合奏練習で確認しよう。

 やっぱり、自分の経験したパーカッションを見る目はどうしても厳しくなってしまうな。


「ミーティングを始めるぞー」

「よろしくお願いします!」

「春祭りまでは時間がない。各自の練習はもちろん、次回は合奏練習を多めにしていこうと思う。準備しておいてくれ」

「はい!!」

「じゃあ、今日は解散。お疲れ、気を付けて帰れよー」

「ありがとうございました!」


 初めての外部の本番に向けて練習するとなると、俺も緊張してきた。

 俺はもうただのパーカッショニストじゃない。この吹奏楽部の顧問だ。

 部の印象を決めるのも、部員の個性を引き出すのも俺の役割。

 逆を言えば、俺次第で良くも悪くも大きく変わる気がする。

 他人に媚びるのは好きじゃないが、部員たちの熱意が素直に聞き手に伝わってほしいと思う。

 あれだけ個人主義だった俺が、こうして責任を感じる日が来るとはな。

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