#003 給仕と待遇

「あぁ……。あぁ…………あ、あっ、ぁ」


 変わるはずの無い石と鉄格子だけの世界。肉体もそうだが、はやくも精神が限界にきていた。


「………はぁ」


 勝手な都合で召喚しておいて、都合が悪いヤツは牢獄ごみばこ送り。理不尽なのはそのとおりだが、理解できる部分もある。結局アイツラが勇者召喚や魔王討伐をやっているのはあくまで"国益"、あるいは自国を最優先にした正義や平和のためなのだ。


 そしてそのやり方に倫理的な問題があったとしても、上に立つ者は時に非常な判断をくださなくてはならない。むしろ倫理だのマイノリティだのをかかげて、危険因子を切り捨てられない政治家や軍人のほうが信用できないってもんだ。そもそも俺がもっている倫理観も、転移前につちかった異世界の価値観であり、この世界の人からしたら知ったことではない。


「おい、メシだ」

「…………」


 とはいえ、国の考えが理解できるのと、己の権利を誇示するのは別の話。幸い、ここまでされたのなら義理もへったくれもない。何とかしてここから逃げ、自由を、そしてこの国…………とくに召喚にかかわったお偉いさんにいくらかお礼をしたい。


「どうぞ、食事です」

「あぁ」


 見張りの兵士と入れ替わり、給仕が鉄格子の隙間から食事を差し出す。牢屋にはいくつかの小部屋があるものの、投獄されているのは俺だけ。見張りは普段少し離れた入り口にあたる鉄格子の外に控えているので、異変が無ければ牢屋内を覗き込まれることはない。


 給仕は、メイド? どう見ても未成年の少女だが、顔立ちはかなり良い。まぁ、美少女と言って差し支えないだろう。そのあたり施設が施設だけに、下働きもグレードが高いのかもしれない。


「「…………」」


 食事は驚くほど固くて不味いパンとクズ野菜のスープで、ナイフどころかスプーンすらつかない。食事中はメイドに監視され、食べ終わったら器を返却するシステムなので、食器を脱獄に利用するのは不可能だろう。


「おっと、すいません」

「いえ、返していただければそれで」


 食器を返却する際わざとスープの器を落とし、トレイと分けて器を手渡す。


「ところで俺が何者か、聞いていますか?」

「…………はい」


 よし! 今まで何度か話しかけたが、実のある返事が返って来ることはなかった。しかし今回は相手に触れた状態で話しかけてみた。俺のスキルは基本的に自分にしか効果が無いようだが、どうやら振れた相手も対象に含まれるようだ。


「いちおう勇者らしいんだが、もう少し(待遇を)何とかできないか? 食事が無理なら、なにか暇つぶしがあると助かるんだけど」


 給仕をしているなら他の勇者に接する機会もあるだろう。そしてアイツラと同じ境遇であるはずの俺がこうも理不尽な扱いを受けているとなれば、いくらか同情していても不思議はない。


「Dランクなら、それで充分じゃないですか?」


 なんとなく感じていたがこの国の連中は、どうもステータス至上主義のようだ。俺もステータスが何なのか大雑把に理解できているものの、その細部や重みに乖離を感じることがある。


「でも、Dって一般人レベルなんだろ? この扱いはとてもそれに満たないじゃないか」


 ステータスはゼロや初期状態を意味するFからはじまってAまであり、そこに例外のSが加わる。しかしこれらは、数値ではなくカテゴリーの意味合いが強く、じっさいの能力とイコールではないようだ。


 そのあたりを例えるなら、家柄や学歴が分かりやすいだろう。貧乏な家庭にも自頭の良い者は生まれるだろうが、それを活かす機会はどうしても限られてしまう。逆に家柄さえ良ければ、問題児でも政治家などになれてしまう。


「…………たしかに、言われてみればそうですね」


 そう、俺は奴隷でもなければ罪人でもない。国としては不安材料である俺をいち早く処分したいところだが、ほかの勇者の目もあるので建前はあくまで『監視対象として軟禁している』だけ。そしてそんな裏事情を末端のメイドが把握…………は、噂レベルなら知っているかもしれないが、少なくとも裏事情を完全に把握しているってことはないはずだ。


「外出許可は…………無理かもしれないが、なにか娯楽か、暇つぶしになるものでもあるといいんだが」

「そうですね……。でも、規則もあるので……」

「なんなら教材とかでもいい。給仕の心得、みたいなものとか」

「あぁ…………それでしたら何とかなると思います」

「おぉ!」




 それが役に立つかはわからないが、現状では選択肢さえない状態だ。勇者が旅立つまえに…………俺は何としてもここを出て、自由を勝ちとる。もちろん処分がただの杞憂の可能性もあるが、俺はそこまで楽観主義ではないし、この国も信用していない。

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