第8話

 構内の食堂。

 講義の後、なぜか3人で昼食に行くことになった。

 割木は今日は友人達が休みや用事で居ないため、1人は寂しいからという事だ。

 

 孤独な1人飯万歳な十夜からしたらその感覚はわからないし、ある意味新鮮ではあったが、とりあえず今日の昼食が人見知りには緊張するものになる事はわかった。

 

 

 しかし、何となく3カ月の大学生活を振り返る感じから始まり、授業はどうだ、一人暮らしはどうだと意外と話は弾んだ。

 

 そんな中で、

「そう言えば大崎くん、こっちのアパートに戻ってきてるんだけどさ」

割木がさらっと唐突な話を突っ込んできた。


 「あぁ、実家から戻ってきたんだ。てか割木さん、大崎くんと復縁したんだね」

田丸は事情を知っているようで、こちらもさらっと返した。同級生のその辺の事情に疎い自分とは違ってスムーズだなと十夜は思った。


 「違う、違う!あんなのと復縁なんてしないよー」

割木は笑いながらも急いで訂正する。

「へぇ、そうなんだ」

田丸が意外そうな顔をする。


 「そう!あんな浮気野郎とはきっぱり別れた。あっ、水原くんは知らないよね。私と大崎くんが付き合ってたの。もう別れたけどね」

突然自分に話題を振られたことに十夜は驚いた。


 「うん、十夜くんは知らないと思う」

田丸が代わりに返事しながら十夜を見た。十夜はそれに頷き、

「そーだね。今はじめて知ったわ」

だからと言って別にどうという事でもないのだが、と思った。


 

 「で、ずっとスルーしてたんだけど、アパートに置き忘れた物があって取りに来て欲しいって言われたの。そしたら、2人とも引かないでね。大崎くん、生霊を見たって言ってたんだ」

割木は真顔でそう言った。


 「「生霊!?」」

十夜と田丸の声が被った。

 

 十夜は驚いたのと同時にそのキーワードにものすごく興味を引かれた。

 何せ現在進行形で生霊の様な存在が目の前に現れるのだ、現実として。

 早く話の続きが聞きたい、大崎の事情を知りたい、十夜はそう思った。


 割木の話によるとこうだ。


 大崎のアパートに置いてあった物を取りに行ったところ、ひどく疲れた様子だった。

「なんかやつれてない?」と割木は聞いた。

 割木を見ると安心した様だが、部屋の中を何かを気にしたようにキョロキョロと部屋の中を見渡した。


 「ちょっと疲れたけど、やっと落ち着いたと思う」

大崎はやつれた顔で笑って見せた。

「何かあったの?」


 割木は当事者(被害者側だが)の自分が聞くのも変だが、自分は大崎をスルーこそすれ攻撃はしていない。友人達も割木に同情して味方はしてくれるが、大崎に対しても呆れた以上の態度はしていない。大崎も居心地は良くないだろうが、そこは割木も同様だ。


そう聞くと、しばし黙っていたが観念した様で、

「実は……リョーカの生霊がいるんだよ……」

とぽつりぽつりと語り始めた。


 リョーカというのは大崎の高校時代の元カノで、これが結構な粘着質で執着が凄かったらしい。

 大崎は別れたつもりでいたがリョーカはそうではなく、というよりも別れた事は理解しているがやっぱり元に戻りたいと思っていたようだ。

 おそらく大崎の友人達から聞きつけたのか、大学入学後しばらくしてからアパートにたびたび訪れてくる様になった。


 大崎にはすでに新しい彼女である割木が居たが、リョーカに押し切られたたのを突き放せなかったため、結局ズルズルと2人の女子の間をフラフラする事になったのだ。

 

 田丸が「早めに割木さんに相談すれば良かったのにねー」と諭すような口調で言った。

 恋愛面はまったくの経験不足ながら、十夜も田丸の意見に同意した。


 そして、二股を知った割木からは完全に愛想を尽かされ見限られたが、大崎は割木と別れたくなかったようだ。もちろんリョーカの方は割木と別れてくれと執拗だったのは簡単に想像出来る。


 

 そこからだ。大崎の身に不可解な現象が起こる様になったのは。

 大崎は現象の一部始終を割木に話した。


 

 アパートの部屋に大崎以外の人間がいる様な気配を感じる。決して聞こえはしないのだが、まるで息遣いが聞こえてくる様な、ねっとりとした重たい空気を背後に感じる様になった。

 

 日中でも部屋の中が薄暗く感じる様になった。廊下に出るとその感覚はさらに強くなり、玄関までが遠く思える様な圧迫感を感じる。


 夜眠っている時に部屋の隅に何かが立っていて、こちらをジーッと見られている様な気がした。こんなご時世に勿体ないが怖くて就寝時に消灯出来ない。


 夜に課題提出のため珍しく机に向かっていると、突然、後ろから覗きこまれる気配がした。

怖くて後ろを振り向けないし、金縛りにあっているみたいに身体が固まって思う様に動けない。

 なのに感覚だけは研ぎ澄まされて、全身の毛穴から冷や汗が流れ出るのを感じる。


 後ろの物体が人間のていをしており、おそらく雰囲気から女性であることを震える身体で感じ取った。今度は息遣いが聞こえる。

 

 (何か言ってきたらどうしよう――)

 そう思って視線を少しだけ動かした際に、少しだがそれの洋服がちらりと視界に入った。

 おそらくワンピースっぽい布感と、薄めのエメラルドグリーンに小花柄。

 一瞬だげそれが目に入ったが、もう見えない。


 大崎の心臓はバクバクと激しい動悸をし、汗はダラダラと流れる。

 ふいに背後の気配が消えた。


 ハッと思い切って後ろを振り向いたが、誰も居らず、重たい気配も消えていた。


(あれは、服だったよな……)

 まさか服の色と柄が見えると思わなかった。幽霊は大体白か黒のイメージだったから、意外にも鮮やかな色だったので目に入ったのかもしれない。


 一瞬、頭をよぎったのは、

 リョーカと割木、どっちだ……。

 大崎はぞくっと震えた。


 割木はシンプルなモノトーンで動きやすそうな服装を好んでいた。性格も服装もこざっぱりしていて、そういう所を好きになったのだ。


 対してリョーカはワンピースなどふわっとした洋服が好きだった。甘え上手でついつい可愛いなと思ってしまう。だが執着と依存が強すぎて、そこに辟易して高校卒業を機に別れたのだ。

 また付き合いたいと来られた時には若干の怖さを感じたが、元来の甘え上手でそこを可愛いく思ってしまい情に流されて……。


 大崎は、あれはリョーカだと確信した。

 

 その証拠にあれの気配や動きを感じた時に、長めの髪の毛が動いたのも感じ取った。

割木は肩にかかるかどうかのセミロングだ。あれはリョーカと同じ長い髪の動きだった、と思う。


 怖くなった大崎は、リョーカに突撃されないように京都の実家に帰った。

 実家の方がリョーカに近くなるが、同居の家族がいるから実家に突撃してくることはないだろうし、周りに友人達もいる。何よりも変な噂が立つことを恐れ、うかつな行動には出てこないだろうと考えたからだ。


 リョーカから突撃される事はなかったが、連絡は来た。大崎は体調不良だと嘘をつき、実家から出なかった。実際、大学も数日休んでしまった。

 

 実家の部屋にいる間は、あの気配を感じることは無かった。

 だが、ずっとこうしてる訳にも行かないので、実家にあったお守りをいくつか持って大阪のアパートに戻ったのだ。


 そこで、どうしても割木に会いたくなって、部屋の中の割木の持ち物に気づいたのを良いチャンスだと思い、取りに来てもらえる様に連絡をしたのだ。

割木には捨ててくれ、または大学に持ってこいと言われるかと思ったが、意外にも来てくれた。


 そうして心配そうにしてくれた割木に大崎は一部始終を話したのだった。

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