第4話


―白昼夢か、寝ぼけていたのか、実際眠ったままだったのかもしれない―


 そう思った十夜は、さっさと風呂に入り、とにかく早く寝ることにした。


何が事実で現実なのか、自分は脳か何かの病気なのかは起きてから考えよう。

昼寝をしたにも関わらず、疲れたせいか、横になってものの数分で十夜は眠りに落ちた。



 

 随分、よく眠った気がする。

自然に目を覚ました十夜は、時刻を確認するためにゴソゴソとスマホを探した。

まだ目は開かないが、部屋が暗いのはわかる。まだ夜のうちのようだ。


右手でスマホを掴み、薄っすらと目を開けた―


ヒュッと息が止まり、

叫びたいのに声が出ない。

何かが自分の顔を覗き込んでいるのが分かった。


「わっ、わああ…」

と何かがいる反対側に逃げようとして壁に激突した。


「ううっ」

壁に思い切り鼻をぶつけ、眼前に火花が散った。

涙も出てきた。鼻血も出てるかもしれない。


「あぁ、ごめんって」

何かが喋った。

恐る恐る顔を上げると、

「…!」


消えたはずの榛名がそこにいた。


「はあ、なんで?なんでいるの?」

ビビりまくった十夜は、ザザーッと背中を壁に向けて後退した。


「なんでだろ?気づいたらまたここに居た。今度は部屋に直だけど」

「さっきは急に消えたから、夢なのかと思ってた」

十夜はすぐにハッとした。

「ていうか、本体は無事なのか?意識不明とかじゃないのか」

一番重要な点だ。


「そう、それなんだけど」

榛名が続ける。

「意識はちゃんとあるし、病室でまだ動けないけど、先生や看護師さんやおばあちゃんと話した。それで眠くなって気づいたらここに居て、また気づいたら病院に戻ってた」


榛名は開き直った風でふむふむといった感じに答える。

「それで、また眠いなあと思って、そしたらまたこっちに来た感じだね」


「…眠ってる間、こっちに来てる感じなのか…」

十夜が真剣に考えながら言うと、

「それっぽいね。しかも熟睡してる時だけね」

と、榛名はけろっと答える。


「あまり動けないし、やっぱりぼーっとするし、しょっちゅうウトウトするのよ。

でも眠りが浅いとこっちには来ない。病院のまま」

「そうなんだ…」

としか言えなかった。というか考えられなかった。


実は十夜は幽霊は存在する派だったが、自分が見たり聞いたりする事はないだろう

と何となく思っていた。


が、実際にこんな幽体離脱みたいなものを目の当たりにするなんて。

到底信じられないが、まずは現実を受け入れてみることにした。



そして十夜は榛名に問いかける。

「じゃあ、本体は今、爆睡中なんだな」

「そのようね」

「起きたら戻るんだな」

「そう願うよね」

「なんで顔覗き込んでたんだ?」



一瞬、無言の時が流れた。

「バレたか」

榛名がハハッと笑いながら答える。

「バレバレだよ。いやいや、めちゃくちゃびっくりしたし、俺の息の根が止まると思ったわ」

十夜は先程の衝撃を思い出し動悸がした。



「せっかく来たけど何もすることないし、テレビ付けたらうるさいじゃない?

十夜くん見てるくらいしかする事がなかった」

ヒーッ、と十夜は死にかけた。

どのくらいの間見られてたのか、気になりすぎたが聞くのも怖い。

「そんな無防備なの、勝手に見るなよ…」



動揺し過ぎて、色々考えが追い付かない。

なんか変な寝言とか、変な寝相とかしてなかっただろうか。

今後、リアルな榛名本体と会う機会があった時に生ぬるい笑顔とかされたら…。

「うわー」

十夜は自分の方がこの場から消え失せたいと願った。



「ごめんって。安らかな顔で大人しく寝てたよ。

前にもちょっと思ってたけど、十夜くんってよく見ると整った顔してるよね」

「ええっ、そういう事言うなよー。よく見るとって、し…失礼だし」

予想外のことを言われ、さらなる動揺が十夜を襲う。



「なんとかハラになっちゃうかな。でもさ、今は霊体?みたいな感じだし、合法じゃない?」

「合法というより無法じゃないか」

十夜が何とかそう返すと、

「うまいねー」

と榛名がちょっと楽しそうなのがしゃくにさわる。



(そっちこそ、戻った時に今のが黒歴史になるんじゃないか?)

そう十夜が思った途端、

「大丈夫よ。きっと起きたら忘れちゃうから」

と榛名が言う。

「昼間のも何だかうろ覚えで、夢を見てた感じだし」

そうなのだろうか。それだったら助かるような、そうでないような。

微妙な感覚を十夜は覚えた。



そして、

「明日…」

十夜がおもむろにそう言うと、

「うん」

どうした?という風に榛名が聞く。

「朝からバイトなんだわ」

「そうなんだ。大変だね」

「だからさ…」

「うん」

「もう寝るわ」



十夜がそう言うと、榛名は一瞬ぽかんとして、すぐ笑いながら、

「どーぞ、どーぞ。オヤスミ」

と言った。



相手が出来なくて悪いなと十夜も思ったので、

「テレビでも見ててよ。音量は小さめでお願いしやす」

とテーブルの上にあったテレビリモコンを榛名の方へスーッと動かす。


十夜が住むこの学生マンションは家具が備え付けなので非常に助かっている。



「じゃあ遠慮なく…」

と榛名がリモコンに手を伸ばすと、

「あれっ、掴めない」

手はリモコンをすり抜けてしまう。



「昼間はピンポン押してなかった?」

十夜が聞くと、

「うん、あの時は無意識でピンポン押してたけど、今は触れないみたい」

昼間の方が強め?の幽体離脱だったのか…?

と十夜が考えていると、

「まあ、いいや。十夜くん点けてよ」

と榛名はそう言ってリモコンを指さす。



「オススメはこのチャンネル。ローカル番組。せっかく大阪来たんだし、これ見てった方がお得」

と言って十夜はテレビを点けてチャンネルを変えた。

「そうなんだ」


 

 再びベッドに横になると、あっという間に眠気が押し寄せた。

榛名はクッションの上に体育座りして大人しくローカル番組を見てる。



また寝てる姿をさらけ出すのか…と思ったが、もうそんなのどうでも良いやと思考が回らない程、眠かった。

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