『成瀬は天下を取りにいく』(新潮文庫)宮島未奈【★★】

 2024年本屋大賞受賞作を今更ながらに読了。


 これまでも何度か本屋大賞を読んでいるものの、あまりピンとこなくて倦厭していたのもあります。


 なぜかうちの長男が興味を持っていて、文庫ならと購入し、先に自分が読み切りました。


 いや、これは面白い。


 まず、タイトルの圧倒的なインパクトは大きい。タイトルだけで「面白そう」と思えるものは、そう多くない。まだ知らない「成瀬」というキャラクターが何かすごいことをしでかしてくれるに違いない、という期待を読者に抱かせてくれる。


 そして、まさにこの作品は本屋大賞を受賞したことで天下をとった、とも言えるでしょう。


「島崎、わたしはこの夏を西武に捧げようと思う」


 これが冒頭の一文です。正直、何?って思いますけど、まさにこの一文がこの作品を言い表していて看板文句になっています。


 舞台は、滋賀県大津市にある膳所。←これ何て読むか知っていますか?


 膳所(ぜぜ)と読みます。私も知らなかったけど、この作品を読んだらもう忘れられませんね(笑)。


 行ったこともない見たこともない地方のお話ですが、自分がそこに住んでいるかのような経験ができる、これぞ小説の醍醐味といえるでしょう。


 この膳所にあるデパート西武大津店が開業四十四年を迎えて閉店する、という出来事が物語の中心に座しており、それに関わる人間関係のストーリーが展開されていきます。


 成瀬あかり、という独特で個性的なキャラクターがとにかく面白い、というのもありますが、成瀬視点の話は最後の一話「ときめき江州音頭」のみで、他の話は全て成瀬以外のキャラクター視点で話が進みます。


 いわゆるシャーロックホームズ的な立ち位置ですね、成瀬は。


 成瀬の幼馴染である島崎みゆきの視点から語られる成瀬、成瀬を嫌っている大貫かえでの視点から語られる成瀬、成瀬に好意をもつ西浦航一郎の視点から語られる成瀬……そして、全く関係ないのに最終話で関わることになる稲枝敬太の視点から語られる成瀬。


 それぞれ独立した短編六つからなる作品集でした。


 やはり、こういうユニークなキャラクターを主人公に据えるには、他人視点から見せたほうが主人公の奇抜さを読者に伝えやすいのだと思います。


 成瀬が何を考えているのか分からない。でも、彼らの目から見た成瀬の話を聞いているうちに、ああ、成瀬ってそういうキャラだよな、と読者も納得できるようになる。


 ミステリー小説なんかでは、よく使われる手法かなと思います。


 もちろん、この話はミステリーではなくて、ジャンルでいうならエンターテイメントですね。


 何か大きなどんでん返しがあるわけでもなく、世界がひっくり返るような出来事があるわけでもなく、悪と戦うシーンがあるわけでもなく、ラブロマンスが繰り広げられるわけでもない。


 それでも、この作品には、読み始めてから最後まで読みたいと思える力が確かにあると感じました。


 成瀬は、別に天下をとりません。とりにいく、と本人が口にしているわけでもないです。幼馴染である島崎みゆきが成瀬のことを「天下をとりにいこうとしている」という感想を抱く、というだけです。


 ただ、それだけのキャラクター性が成瀬には確かにある。


 こういうキャラクターがいたら、確かに学校で浮くだろうな、とも思うし、島崎や西浦のように彼女に好意を抱くだろうな、とも思う。


 多角的な視点があるからこそ、成瀬というキャラクターがリアルに浮彫にされていく。このアプローチの手法は、私も拙作『宇宙樹の生贄』で取り入れたいと考えて使っています。


 とにかく文章が読みやすいのがいい。あまり頭を使わずにスラスラ読めるので、まさに万人向けでしょう。


 そして、私がこの作品で面白いと思ったのは、シュールなコミカルさ。


 表紙が西武ライオンズのユニフォームを着た黒髪の少女(成瀬)なのにですよ、内容さっぱり野球関係ないんですよ(笑)。


 野球のルールすら知らないのに、なぜか成瀬は西武ライオンズのユニフォームを着ているのです。そういうシュールさがいい。


 もちろん、成瀬の言動もぶっ飛んでいて、それでいて読者を惹きつけるエピソードを持っている。


 西武大津店が閉店するまで地元のTV番組で生中継をするから、それに映るために毎日デパートに通うんです、成瀬は。しかも、西武ライオンズのユニフォームを着て。


 そんなもんだから、TVで成瀬を見掛けた視聴者たちが、成瀬に西武ライオンズのキャップ帽やリストバンド、タオルなんかをプレゼントするわけです。まぁ、ユニフォーム着ている人がいれば、好きなのだろうと思いグッズをあげる……わかりますよ。でも成瀬は別に西武ライオンズのファンではないのです。そこがシュールでいい。


 成瀬のやることは意味不明なのですが、面白い。読者にそれを面白いと思わせるエピソードを考え付く、これがなかなか難しいのですよ。自分が小説を書くようになったからこそ分かります。筆者のセンスが物を言うのだと思います。


 私が一番好きなエピソードは、成瀬と島崎がM-1グランプリに出るため漫才をするエピソードです。


 漫才という面白い題材をうまく使いこなして、成瀬なら一次突破するんじゃないのか?と思わせてくれるところが先を読みたい気持ちに繋がる。


 実に巧妙だなぁ~と思いました。


 もちろん、他の話にも語るべき点はたくさんあると思いますが、あまり時間と余力もないので、そこまでは語りません。


 私でも二時間半くらいで読み終えましたので、速読の方なら一時間もかからないのではないでしょうか。


 買って損はない作品だと思います。


 成瀬の自分を貫く自由さに、日々息苦しさを感じている人こそ響くのではないでしょうか。

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