クラフト・オブ・ザ・ワールド ~最強の炭鉱夫は無敵フィジカルで異世界を生き残る~

川西郷授

プロローグ


 夜勤バイト明けの朝。

 バイト先でコキ使われた身体を休ませる暇もなく、いつものようにPCを起動して《クラフト・オブ・ザ・ワールド》を立ち上げた。

 世界で最も有名なサンドボックス・ゲーム。そのプレイヤー数は延べ一億人以上と呼ばれている。


 このゲームではなんでも出来る。

 何もない世界に放り出され、素材を集め、旅に出る。

 その先ではあらゆる事が許される。巨大な王国を作るも良し、略奪者として村を襲いまくるも良し、あるいは傍観者としてただゆっくりと生きても良し。

 

 ともかく、頭の中で考えられる全ての事が出来る世界だ。

 しかも難しい要素も少なく、カジュアルに遊べてしまうがために、老若男女の人間に愛され、結構前から教育用ゲームとして導入されているとも聞く。


 ——CRAFT OF THE WORLD—— (The order of the god!! And then…)


 少しのロード時間を経て、いつもの様に表示されるタイトル画面。


 (お、今日のメッセージは大分変わっているな)


 ゲームタイトルの横らへんに毎回表示される文字はいつも異なっている。

 もう10年以上も遊び続けてきて、おそらく全てのパターンは見尽くしたはずだが、今日のヤツは絶対に見たことがない。

 まあ、英語なんて勉強してないからその意味なんて分からないが。


 シングルプレイヤーの項目をクリックすると無数に作った世界の数々が表示されている。

 だがそのどれもの総合プレイ時間は10時間に満たない。

 理由は単純。すぐにクリアしてしまっているからだ。


 多くの人間はこのゲームに創造性と言ったものを求める。

それは主に建築という要素であり、様々なパーツの組み合わせ次第であらゆる建物を作ることが出来る事だ。

豪華な家、荘厳な宮殿、巨大な城、あまつさえ自然物である山や海ですら。


だが俺はそんなものに興味は無い。時間と資源の無駄だからだ。

 

 このゲームには所謂『ラスボス』が設定されており、それはあらゆるものを破壊しつくす白きドラゴン——ドラゴニウェウスだ。

 リアル時間で1週間程。時間にして168時間。ゲームを開始してからその時間が経つと、プレイヤーがスポーンした場所から湧いて、倒すまで破壊の限りを尽くす。

 ドラゴニウェウスを撃退出来る様にプレイヤーは色々な物を作る。それが一応のこのゲームの目的だ。


 だが、それはあまりにも効率が悪い。どうせ破壊されてしまう世界に何かを作ったところで、何になると言うんだ。


 このゲームにはもう一つそのドラゴンを倒すための要素がある。いや、正確にはアップデートで追加されたものだが。

 それは『ポールヤン』と呼ばれる異世界に行くという事だ。

 ここはドラゴニウェウスが生まれた場所と言われ、世界の始まりであるという設定だ。


 ある特定の条件を満たすと、白き竜に襲われる前にそこを訪れる事が出来る。

通常世界『オーバーチュア』を探検し、ポールヤンへ繋がるゲートを見つけなければならない。

 しかし、そのためには岩盤の向こう側の地下深くにある『インヴィエルノ』と呼ばれる地獄と、遥か1000メートル天空にある『ヴェラーノ』と呼ばれる天国を訪れる必要がある。


 当然、多くのプレイヤーはそんな面倒な手順を踏まずドラゴニウェウスが世界に湧くまで遊ぶという選択肢を取るし、なんだったらドラゴンの襲撃を設定でオフにする事だって出来る。


 だが俺は、その破滅の象徴をどれだけ早く破壊する事が出来るのかと言う事に興味があった。

 所謂「ドラゴニウェウス討伐RTA」と呼ばれるプレイングだが、こんな事をやっているのはごく少数のプロゲーマー程しか居ない。


 数あるこのゲームの攻略サイトにおいて最も有名なサイト——「COTWウィカ」。

 そこにはドラゴニウェウスを討伐した最速タイムがプレイヤーの名前と共に表示される場所がある。

 そのランキング上位勢のほとんどはこのゲームの有名配信者兼プロゲーマー達だ。大概がその様子を動画に撮影し、一喜一憂する。

 だが、その頂点に君臨しているプレイヤー《ステパノス・タカハシ》。その名だけはどんな動画配信サイトで調べても出てこない。

 まあ、当然だろう。他でもない俺なのだから。


 無数にある攻略法の数々から厳選し、独自に検証し続けた結果を積み重ねた先のタイム。

 平均クリアタイムが20時間程なのに対し、俺のクリアタイムは11時間31分。

 二位のプレイヤーに対してダブルスコアをたたき出している。


 今マウスのカーソルを合わせている世界の総プレイ時間には『11時間17分』と表示されている。

 この世界はドラゴニウェウス攻略手前で止めてあるデータだ。

 もし、あと14分以内で討伐が敵うならば見事タイムを更新することが出来る。


 しかしそれも確定事項だ。

 俺が独自に使う最強戦術『ベッド爆撃』によってヤツは瀕死状態。

 おそらくこのままクリックして世界を始めれば、ドラゴニウェウスは死ぬ。

 ここで止めている理由は、単純に飯落ちしたからだ。


 カチッとマウスを押し込んだ。

 少々のロード時間と共にゲーム画面が表示される。


 俺の分身はこの世界の真ん中にある祭壇の上に立っていた。

 太い腕に長い脚。極厚の胸板。そして、無精ひげの短髪の男。

 しかし何も身に着けず、ダサい青のTシャツとジーンズだけ着ていた、


 真っ白な空を背に白い竜がこちらへ向かって突っ込んできている。

 上の画面にはドラゴンの残り体力が表示され、それはもうミリも残っていない。

下のインベントリ画面にはたった一つのベッドがあった。


(よし、ここだ)


 大きくドラゴンが口を開けて襲ってきた、まさにそのタイミングでベッドを置いた。


——グォォアアアア!!


 爆発のエフェクト共にドラゴンが叫ぶ。

 白い竜は黒い光を放ちながら空中へ上ってゆく。そこからは、大量の経験値の玉が零れ落ちてきていた。

 いつも通りの、何の面白みも無い光景。


 無表情にその光景を画面越しに眺め、キーボードの横にあるコーラを喉に流し込んだ。

 さて、このまま行けば何度も見たエンドロールが流れるはずだ。


(これは……?)


 だが様子がおかしい。


 ——Congratulation! 《ステパノス・タカハシ》!!——


 いつも通りの何もない背景。

 だが、そこには何故か表示されないはずの名前が表示されている。

 本来、プレイヤー名指しのメッセージが表示される事なんて無い。


 俺が知らない間にアップデートでも来たのだろうか?

 公式SNSをくまなくチェックしていてこんなの見たことが無いし、ましてやシークレットアプデなんてあるはずがない。


(どういうことだ……)


 この画面から一向に進まない。

 本来クリアおめでとう的なメッセージと共にスタッフロールが流れるはずだ。

 だが、進まない。何も画面が動かない。


 フリーズしたのか?

 だがマウスカーソルは画面中を右往左往しているし、キーを押すとガイド画面がしっかり出てくる。


 ——やっほー! 見えているかな?——


(!?)


 画面に表示されるおかしなメッセージ。

 なんだこのパターン。見たことが無い。

 まるで画面の向こうの俺に直接話しかけているようだ。

 

 ——きっと、これを見ている君は驚いて居るだろう——


 今の俺の状況を端的に言い当てた。

 ハッキングでもされたのだろうか? あるいは俺の知らないシークレットメッセージなのか……。


 ——だが安心してくれ! 私はオーチェン!——


(オーチェン、だと……!?)


 オーチェン・マルソン。他でもないこのゲームの開発者だ。

 もはや彼の名を知らない人間を探す方が難しい程有名な人間だ。

 

 ——君は選ばれたんだ!——


 選ばれた……とは何だ?

 ここ最近で公式から出されたイベントに参加した記憶は無い。

 『M3G4T0N(メガトン)事件』以来、大々的なイベントは行っていないはず。


 たった一人のプレイヤーに配布されたユニークアイテムを巡って、イベントサーバーへの大規模攻撃が行われた。これはサービス開始以降で最大の事件だった。

 無論、その現場に俺も居合わせていたが、当然阿鼻叫喚の地獄絵図だった。

 そんな事があって、こんな俺みたいな人間を名指しでイベントを設定するなどありえない。


——ああ、もしかしてあの事件の事を考えていたりしないのかい?——


 図星だ。

 なんだこのメッセージは。

 どこまで俺の今考えている事をくみ取って来るんだ。


——まあ、そのことは心配いらない! なぜなら、世界中でキミだけがこのメッセージを見ているからさ!——


 いやその「俺だけ」というのが問題だと思うんだが。

 もしかしたら悪質なイタズラか何かの類だろうか?

 まあ、面白い出来事だ。少し遊ばせてみよう。


——さて、早速だけど本題に入ってもいいかな?——


 たった二つ、『YES』と『ACCEPTIVE』の項目がボタンとして画面に出てきた。

 どっちも『はい』の意味じゃないかよ。

 拒否権は無いようだ。渋々と『ACCEPTIVE』の方を押した。


——おお! やはり君は聞きわけが良いようだ! はっはっは!——


 どの口が言うんだ。

 まあ、口なんて見えないが。


——君は、かの邪知暴虐たる白き竜『ドラゴニウェウス』を丁度1000万回目に倒したプレイヤーなんだ!——


 そんなカウント機能なんてあったのかよ。

 全く持って初耳の真実が明らかになってゆく。

 俺が討伐した数といってもせいぜい1000体かそこら。まさか他のプレイヤーがそんなに倒していたという事が驚きだ。


——そんな超ハイパーウルトラ強い君にお願いがあるんだ!——


 何か皮肉めいたものを感じるが、お願いというのは気になる。

 もしかして、新バージョンへの先行アクセスとかだろうか。

 そうだとしたらとても興味が出てくる。


——それは、君にある『世界』を救ってほしい、と言うものだ!——


 ある『世界』……って何だ。

 新しいストーリーモードとか、その類のものだろうか。

 だがあんなやれることが決まり切った世界は正直退屈だ。


——その世界とは『異世界』だ!——


 異世界?

 そんなもの、このゲームに少なくとも三つくらいあるだろう。

 今更そんな言葉で驚かない。せいぜいインヴィエルノみたいな新しいディメンションの追加とかそのあたりだろう。


——おや、もしかしてインヴィエルノやヴェラーノの事を考えていたりしないのかい? だが残念! 『異世界』は全く異なる場所だ!——


 一体どこまで俺の頭の中身を見透かしているんだ。オーチェン・マルソンは。

 これがもし本人が仕込んだメッセージだと言うのなら、彼が1000年に一度の天才だと言われる理由が良くわかる。


——君にはその世界へ行って、かのドラゴニウェウスから救ってほしいんだ!——


 書いてある意味が全く分からない。

 その世界へ行くとはどういうことだ。

 やはり新バージョンの先行体験とか、そのあたりだろうか。


——文字通り、君にはその世界へ行ってもらうんだ!——


 いやいや何を言っている。

 文字通りその世界へ行くなんて、一体どういう意——


(——まさか、異世界転生?)


 いや、そんなことは無いはずだ。

 あんなのは妄想の話とかそんなものでしか無いはずだ。

 あの手の本はあまり読んだことが無いが、現実に起きる訳ない事だけは分かる。


——正に今君が考えている通りの事さ!——


(いや、え?)


——日本では何やら『異世界転生』というものが流行っていると聞いてね! だから、ゲームのバイナリとソースコードをちょいちょいをと弄って、それを実装してみたんだ!——


 何だ。本当に何が起きているのかが分からない。

 というか、そんな事本当に可能なのか?


——まあ、日本風に言うなら「HYAKUBUN HA IKKEN NI SHIKAZU」と言うべきかな!——


 なんでその言葉だけローマ字なんだ……。

 さっきから画面で表示されている事の何の一つも理解できない。


——ということで、君はその『異世界』へ行ってくれるかな?——


 また選択肢が二つ現れた。

 無論、予想通り、例の二つだけだ。『YES』と『ACCEPTIVE』の。

 いやいや、こんなの急に選べるはずがないだろう。


 確かに異世界転生モノの小説は結構呼んできた。

 この手のようにゲームへ巻き込まれる系のモノもまあまあ見てきた。

 だが現実に起こる事なんてあるのか?


 ——カウントダウン! 10、9,8……——


 悩んでいる俺にお構いなくカウントダウンの表示。

 しかも10秒って、短過ぎるだろう!


 ——5、4、3——


(ああ分かったよ! 行けば、行けばいいんだろう!)


 もう考えていても仕方ない。

 それに、こんな世界にはもう飽きていた。

 毎日バイトして、理不尽にいびられて、それから逃げるようにゲームをする毎日。

 こんなクソみたいな人生だったら、いっそのこと転生したいと本音では思っていた。


 ポチ。


 今度は『YES』と書かれた方を押した。


——おおお! やはり君こそ選ばれし勇者だ!——


 うるせえよ。


——さあ、君の力で『異世界』を救ってくれ! 《ステパノス・タカハシ》くん!——


 すると画面が真っ白になった。


「う、うわああああ‼」


 気が付くと、俺はその真っ白な画面に吸い込まれていった。

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