第86話 滑川、魚津の戦い 開戦

「音を立てるな、密かに行け」

 

 金森長近と丹羽長重が山中を進む。

 その数、五千。

 しかし、旗は余分に持ってきていた。

 

「良いか、夜襲に成功したらすぐに旗を全て立てよ。そして鬨の声を上げるのだ」

「長近様。あまり先走りすぎては……」

 

 丹羽長重が言う。

 齢七十後半である金森長近を心配してのことだった。

 

「心配無用じゃ! この金森長近、長い事織田にお仕えしてきた身、また織田家の為に槍を振るえるのならば、多少の無茶はいくらでもしよう!」

「無茶はやめて下され! せめて無茶をするのは戦が始まってから……」

 

 等と言う事をしていたら、山道を抜けた。

 そして、その光景に二人は驚愕した。

 

「な……」


 山道を抜けた先に上杉軍が待ち構えていた。


「……無茶をする時が来たようだな」

 

 金森長近は槍を握りしめる。

 

「かかれ!」


 上杉勢が一斉に攻めかかる。

 先を行く兵達は次々と倒れていく。


「長重殿! 逃げよ! この事を秀信殿にお伝えするのだ!」


 しかし、長重は動かない。

 

「なりませぬ! それでは……」

「ここは儂が足止めをする! 早う行け!」

 

 長近は自ら槍を振るい、敵を倒していく。

 長重は少し考えた後、振り返り、走り出す。

 

「軍は細い山道を抜けるため、細く長くなっている……急げよ、長重殿……」

 

 

 

「何だと!? 金森殿が!?」

 

 命からがら逃げ延びてきた長重は頷く。

 兵を皆連れて帰るのではなく、僅かな供回りだけで撤退を伝えながら馬を飛ばしたのだった。

 

「は、どうやら、我等の策は見抜かれていたようで……待ち伏せに……」

「くっ!」

「落ち着きなされ」

 

 慌てる秀信を利長が諌める。

 

「幸いにも敵の追撃が無いという事は、金森殿が良く抑えてくださっているようでございます。陣容を立て直すには今しかありませぬ」

 

 秀信は頷く。

 

「そうですな、しかし……」

「策はありまする」

 

 すると、秀信達の本陣に二人の男が入ってくる。

 

「勘助、如水殿も! お主らは岐阜におれと言っていた筈……」

「誠に勝手ながら、策を進めさせていただきました」

 

 如水は地図上の早月川を指す。

 

「この早月川を上流にてせき止めてます。渡河は充分に可能です」

「そして、我々は敵に背を見せて西へ逃げまする。その姿を見た上杉勢は追撃するでしょう」

 

 そこで、秀信は気づく。

 

「敵が半分程渡った所で川のせきをきれば……」

 

 如水は頷く。

 

「敵を流すことも、分断することも出来まする」

 

 その二人の策に皆が驚く。

 

「見事じゃ! 流石は天下に名の知れた如水殿。勝手な動きをしておるのは少々気になるが……」

「至鎮殿、そう申されるな。我等は織田様に命を救われた身。織田様の不利になる事は致しませぬ」

 

 その如水の言葉に勘助も頷く。

 

「さぁ、ゆっくりはしてられませぬぞ」

「うむ。皆の者、今すぐ尻尾を巻いて逃げるぞ! 上杉が追いたくなるように急いで逃げよ!」

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