第6話 シャルちゃん

あたしはその後、シャルルージュちゃんが管理する三日月館にしばらく住むことになった。


家族はいたけれど、記憶を失っていたあたしはどこにも行く当てもなかったから。


「パパとママが見つかるまでよ」って言ってくれた。それでも嬉しかった。


三日月館にいた時間はそこまで長いものではなかったけど、それでも大切な思い出だった。


「千寿流、お前また虐められてんのか?俺がいっちょやり返してきてやるからそいつのデッキ教えろよ」


「でっき?なにそれ?あたし、虐められてなんかないけど」


「ノリ悪いぞお前!そういう時は黙って助けてくれーって言えっつの!」


「無茶言うのはやめてあげなよ、千寿流はカード分からないんですから」


カードゲームがとっても好きな子。


あたしは頑張って覚えようとしたけどやっぱりわからなかった。カードゲームってすごく難しい。


「千寿流、人生の先輩でもある私が良い事を教えてあげますよ」


「えっと、どんなこと?」


「どんな下らないことも笑いにつなげる事、ですよ」


「カード濡らされて笑うのは違うと思うけど、それって笑える?あのカード光ってたし」


「………慣れました」


その子に付き合っていつも負けてる子。大事なカードにジュースとかもこぼされて笑っていられるのは凄いけど。


あたしにはちょっと真似できないな。


「ねぇ、ちずちゃん、今度いっしょに卓球しよ!体弱くても簡単なものなら出来ると思うんだ!」


「うん!でも、あたし卓球やったことないよ?大丈夫かなぁ」


「私もやったことないから!いっしょに上手になってみんなを驚かしちゃおっか!」


体が少し弱いけど前向きでいっしょに笑ってくれる子。


あたしより年上ってこともあって、いつも引っ張ってってくれる頼れるお姉ちゃんだ。


あたしもいつかこんなしっかりしたお姉ちゃんになりたいな。


他にもたくさん。色々な人と友だちになれた。


何で忘れてしまったんだろうか。それとも思い出せて良かったというべきか。


「そう、忘れてもいいのよ。記憶はあなたの事をいつまでも待ってくれているのだから。もし、あなたが忘れても、思い出せなくても、あなたの帰りをずっと待っていてくれるの」


これは、シャルルージュちゃんの声?


「シャルルージュちゃんっ、あたしは!」


「ふふふ、なにそれ。いつもみたいに“シャルちゃん”って呼んでくれないのかしら?」


……ず………る……


ち………ず……るっ


「ちずるっ!」


少女の声で現実に引き戻される。今のは夢、それとも過去の記憶なのか。


そして、ここは館の入り口?


「ちずる! はやくいこうっ! クラマが まってるよ!」


「―――――うん、シャルちゃん!」




中庭に出る。あれから少し時間が経ち、日が昇り始めていた。


「えひひ、いい天気だね!」


「ちずる クラマのこと ほんとうに どこにいるか わかるの?」


紫髪の少女、シャルルージュ・クレッセンは千寿流に再度問いかける。


「え、え~と、その知ってるっていうか、この館にいるのかなぁ~って。ほ、ほら、」


一言一言でどもる上ずった声。挙動不審の塊。


クラマという子は知らない。だから、当然どこにいるのかも知らない。


内心千寿流もごまかしきれていると思ってはいないが、とにかくこの不気味な館から離れたい一心だった。


「なるほど! さすがだね ちずる! じゃあ さっそく クラマをさがしに でかけよう!」


「あぁ!シャルちゃん、ちょっとまって!」


この先にはあの門がある。何回試しても同じ場所に戻されてしまう難攻不落の門。


いや、門ではなく結界という方が相応しいだろうか?


ずきりと右膝の傷がうずいた。


あれだけ何回も試した。いろんなところから脱出しようと試みた。今回もきっとどうせ駄目なんだ。気持ちは曇り空のような暗い灰色に染まっていた。


「ん? どうしたの? はやくきてよ ちずる」


「あ…れ?」


シャルはそこに門など無かったかのように、いとも容易く通り抜ける。


白昼夢でも見ていたのだろうか?何度試しても駄目だった。


夢の中は想像の世界だ。だから、何をするにも自由。自由も不自由も、そこに在る。


もしかしたら囚われていると妄想して、自らを閉じ込めてしまっていたのかもしれない。


もし、そうだとしたのなら、何の問題もない。


夢は覚めた。彼女の声で。見上げた空は鬱屈とした灰色を洗うかのような青。


目をきゅっとつぶって門をくぐる。今度はどうかそのままでと、祈るように大地を踏みしめた。

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