第3話 幽霊屋敷は誰もいない

(うぅ、いたた、あたし、生きてるの?)


頭を抱えながらゆっくりと体を起こす。意識はある。腕を振ってみる。骨折や欠損はない。


その後、手で体をペタペタと触ってみるが傷どころか少しの痛みもなかった。


「でも…お尻が少し痛い…」


尻が痛いのはおそらく眩んで倒れた時に尻餅をついたのだろう。ひりひりと痛む尻を摩りながら、おそるおそる牢屋の外に目をやる。


(いない…タルトちゃん、どこにいったんだろう?)


キョロキョロと何度も見渡すが誰も見当たらない。


内心ほっと胸をなでおろしながら、先ほど破られた鉄格子を跨いで通路側に出る。


改めて自分が入れられていた牢屋に目をやる。壁には先ほどのタルトという少女がつけた傷跡が大きく残っており、床には砕けたレンガ片がいくつも落ちている。


(アレ、当たってたらあたし死んでたよね。それに最後の光、なんだったんだろう?あたし、生きてるし、もしかしてタルトちゃんってドジっ子なのかな?いや、やっぱり普通に考えて人を傷つけるのが嫌になっちゃったとか?)


バカっぽい考察を始める千寿流。


それよりも地面に敷かれた豪奢なカーペットだ。豪邸に敷いてあるような素人目にも見ただけで高価とわかるデザインだ。まるで今牢屋から出たはずなのに、まだ牢屋の中にいるようなそんな“歪さ”が感じられた。


暫くの間呆然と眺めていたが、ここにいてもしょうがないと悟り、ひとまず上の階層に上ることにした。


「はぁう…疲れた。なんでこんなに長いのこの階段」


冷たい石造りの長い階段を上った先はこれまた続く長い通路。


光が届かない館内は薄暗く、目を凝らさないと突き当りが見えないのだから、見ようによっては小さな迷路の様にも思える。


しかし、地下の様な冷たい煉瓦造りではなく、丁寧に清掃されたフローリング、ところどころバロック様式を彷彿とさせる様な造りに豪華な印象を感じた。


どうやら先ほどの鉄格子があった場所が地下で、長い階段を上り1階に辿り着いたようだった。


「それにしても暗いなぁ、どこまで続いてるんだろう…ん?」


おそるおそる辺りを見渡しながら歩いていると、目の前をものすごい速さで何かが通り過ぎて行った。…気がした。


(なんだろ今の…ものすごい速さだったけど。家の人だったらあんな速さで走らないだろうし、もしかして泥棒だったり)


とたん逆立つ鳥肌。興味より恐怖が勝った千寿流は通り過ぎて行った人影とは逆に進み、誰にも会わないように、会うのだったら優しい人でお願い、と祈りながら歩を進めるのだった。


歩くこと5分程度、足音をできるだけ立てないよう歩いたので、進んだ距離は大したことはないが実際の時間よりも長く感じた。その後、扉を何か所か経由して大きな扉を発見する。


「これって…もしかして、玄関?やった、やっと出れる!」


ひときわ大きな観音開きの扉を見つけ駆け足で近づく。


もしかしたら開かないんじゃないか。そんな不安と共に扉に手をかけると、拍子抜けするほどに簡単に開いた。


目の前に広がるのは朝焼け。目が眩むような白。暗順応により闇に慣れきっていた眼はその強烈な光に立ち眩みを覚えた。


「…きれい」


目が慣れてくると次第にその景色を一望できるようになる。


色とりどりの花が咲き誇る庭園。三日月形に模った池庭。後ろを振り返れば和と洋を調和したような風変りな様式。人気は無いというのに普段から手入れされているだろうことが見て取れた。


(っと、見とれてる場合じゃないよね。さっさとここから離れなきゃ!)


首をぶんぶんと振り、ぽややんとした間抜け顔に活を入れ、外に通じるであろう門に向けて千寿流は駆けだした。


途中躓きながらも外門に近づくにつれ高まる鼓動。ようやく出られる。そう思って手を掛けた瞬間。


「へ?」


脳がふわりと浮き上がる。自然と止まる足。先に進もうと前に踏み出しても、立ったまま転ぶ様な奇妙な感覚に襲われる。


(あれ?なんだろな…これ)


良く分からない。今日は分からない事ばかりだ。


「えっと…えっと、えっとえっとえっと」


わざとらしく口に出して気持ちを落ち着けるように努める。でも、心臓はその煩わしい音を止めてくれない。


「あたし、今、出口まで走って、それで、門に触って開こうとして」


千寿流は庭園の中に立っていた。ここから外門までは30m弱。その間には何もおかしいものはない。障害物も、足元に模様も、おかしいと思えるものは何もない。


だからおかしい。どう考えたっておかしい。


もう一度外門まで向かう。今度は地面を踏みしめるようにゆっくりと一歩ずつ。


「っ!?」


ぐわんと反転する世界。一瞬気を失っているのか。意識もないまま庭園に戻される。


座標は決まっていないのか戻される場所には差異があるものの大体同じ位置。


何度やっても同じ。


3回、5回、10回、20回。


歩きながら、走りながら、後ろ向きで、大股で、スキップしながら、すり足で。様々な可能性を試してみる。結果、何の意味もなかった。


次第に数を数えるのも煩わしくなる。


やけくそになり、門以外からも無理やり脱出を試みるものの、柵に手が触れた瞬間ワープするが如く同じ場所に戻される。


「ぁう!いったぁ」


走った拍子に段差につまずいて転んでしまった。おそるおそる下に目を向けると、転んだ際に右膝を擦りむいてしまったようで血が滲みだしていた。


「うぅうぅ~」


少しの間休むことにして、その間に考えることにした。でも考えても考えても答えが出ることなんてない。


まるでこの館を中心にチェーンで繋ぎ留められているように、ある地点から円状に視えない壁で仕切られているようだった。


「…チェーン…首輪」


ふと、自分につけられている無骨な首輪を思い出し手を当てる。もしかしてこの首輪が何か関係あるのか。


チェーンについても考えてみようとしたけど、ここにいる経緯も記憶も曖昧の頭では何も思いつかず直ぐに中断した。


「うぅぅうぅぅ~」


わしゃわしゃと頭をかきむしる。頭が痛くなってきた。実際に痛くは無いんだけど痛くなってきたような気がする。


だだっ広い庭を行ったり来たり、数十分悩んだ末にここにいても意味がないと、千寿流は肩を落とし屋敷の中に戻ることにした。


「とは言ってもあたし、どうすればいいんだろう?外にも出られない、スマホもなんか電池切れだし…そうだ、屋敷の中で充電できないかな。あと、お腹が空いたときのためにお菓子とか!」


屋敷から出れない以上、他のアプローチを試すしかない。とりあえずの目標を決め、元来の楽天的な性格が再び千寿流の歩幅を広げるのだった。

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