Connect☆Planet

二乃まど

プロローグ

第1話 目を覚ましたのは瀟洒な牢獄

ガシャン。


と、遠くで何かが割れる音がした。


「ん…うぅうん」


ゆっくりと眼を開く。


目覚ましというには少々不快な音に起こされ、始めに飛び込んできたのはズラリと並んだ鉄の棒。それは等間隔に並び立てられ、子供一人も逃さないと外界を拒絶するかの様に冷たな印象を放っていた。


鍵は閉められており、触らずとも決して開くことが無い事が解る。


問題は自分が牢屋内からその鉄格子を眺めていることだ。


「ぅ…なんか頭の中、ぐるぐるする…」


ふらつく足取りで腰を上げる。足元を見ると金の意匠をあしらった深紅の高級そうなカーペットが敷いてある。


見渡してみるとどうやら食べ物、保存食のようなものまで用意されている。奥には扉、その扉も高級そうな造りだという事が見て取れた。


その待遇と冷たい煉瓦造りの壁のアンバランスさに眩暈を覚えつつも、狐耳の少女、近衛千寿流このえちずるは覚醒した。


「あたしは…一体。ここはどこなんだろ」


働かない頭をフル回転させて考えてみても何も考えつかない。当たり前だ。ここに入れられた記憶さえ全くないのだから。


コツコツコツ、と誰もいない牢獄に一定のリズムで足音が響く。


「……ん?」


「ねぇねぇ、アナタ、何でこんなところに入れられちゃってるのかなぁ?うふふふふ」


人を食ったような猫撫で声が冷たい牢獄に響く。


腰まで伸びたゴールドアッシュの髪、緑の宝石と黒いリボン。小柄な体躯には大きすぎる服を着こなす少女。金色の瞳。


人形師、タルトレット・アニエスは千寿流を見下すようにそこに立っていた。


「だ、だれ…?」


「あたしはタルト。数奇なる人形師、タルトレット・アニエス!天才の人形遣いよ」




西暦において2100年―――――


温暖化による海面上昇とともにあらゆる土地が水没し、人工都市に住まざるを得なくなった人類は『浮力』への研究に目を付けた。


元探鉱者でもある始まりの異能者、ガールツ・アークライト博士により、偶然にも発見された宇宙から飛来したとされる石『ルフト石』。


そこから十数年、人類は重力に反発する異物質であるルフト石を用いて人為的に都市を浮上させることに成功した。


莫大な予算をもとに試験的に建設された人工空中都市。人々は嬉々として人工都市への移住を決めた。国の壁を越え、人々が手を取り合った瞬間である。


しかし、ルフト石は偶然発見されたのではなく、博士によるアクトによって造りだされた有限の資源だったことはこの時は誰も知らなかった。




そこから80年近くの月日が流れる―――――


人類は未曾有の危機に陥っていた。


博士の死後、ルフト石は徐々に枯渇。世界は滅亡へと向かう。


世界のほとんどが水没している中、人類の命運を握るルフト石は世界再建委員会(通称WRC)を統括している地球環境工学研究家、黒部蓮くろべれんとその助手、有佐智弘ありさともひろが独占していた。


連日のように報道されるWRCへの批判。繰り返される暴動。何としても世界が水没するのだけは避けなくてはならない。


しかし、都市を浮上させるには膨大なエネルギーが要る。そこで有佐トモヒロは新たに『ブラックホール』に目をつけた。


人為的にブラックホールを造り、そのエネルギーで都市を浮上させようとしたのである。


CERNの協力の下、ついに試作品『ノア』が完成したが、結果は失敗。行き場の無くなったエネルギーは暴走を始めた。


遥か空の上、突如と現れたブラックホールのような物体は海を、空を、大地を食らいつくし、人々を絶望で覆いつくしていく。


地球は引力により崩壊し、地盤が裂け、あらゆる生命を呑み込んでいく。


人類の希望が絶たれる刹那、この地に英雄が現れたのである。英雄クラウン・ベルベット。糸紡ぎのアクトにより他世界の惑星を統合し、世界を救済した。


実にブラックホールが現れてから70時間の出来事。以後、人々は不思議な超能力『アクト』の存在を認知していくのだった。


アクト。異能とも呼ばれるそれは、突如として現れた超常現象をさす言葉。超常現象という言葉通り、それは様々な形で顕現する。




アクト…えっと、まだよくわからないんだけど。えっとその、タルトちゃんはアクトが使える能力者アクトプレイヤーってことで良いんだよね?」


「えぇ、異能アクト 人形祭典『La marionette festival』。まあ早い話が物質に魂を与えて自我を持たせることが出来るのよ。あ、自我って解る?考えて動くって意味よ」


「物質に自我…それって、すごいけど。本当にそんな事出来るの?」


「なぁに、一丁前に疑ってるの?あたし、ちょっと試したいことがあってね、その為にここに立ち寄ったのにだーれもいないし。だからアナタでまあいっかて話なわけよ」


そう言いながらタルトは手を翳すと、魔法陣の様なものが現れ、まばゆい光と共に一本の杖を取り出す。


大きな水晶球が施された小柄な少女には不釣り合いな、少々不格好な杖。


『数奇なる人形師 タルトレット・アニエス』。


彼女と出遭った人間は人形にんげんに、数奇に巡りて“不運”に没する。


「例外なんてない。アナタもここで終わり。ここで終幕、サヨウナラ」


視界がじわりと炎天下の様にゆがむ。肌でひり付くような圧力を感じた。


杖の先端が球状から花のように変形し、現実感の無い神秘的な光景が眼前で披露される。魔法とでもいえばいいのか。


粒子となり目視できるほどの魔力を帯びるソレは神々しくも鋭利に変化し、その矛先を千寿流に向けた。

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