第43話 最後の依頼

 カンッ。

 俺の剣は地面を叩いた。


 一瞬の出来事だった。

 俺が剣を振り下ろした瞬間、国王陛下が飛び込んできてカミラを抱きかかえ、離れた。

 常人の身のこなしではない。

 俺じゃなきゃ見逃していただろう。


「ヴァン、しばし猶予を。私の話を聞いてくれないか」


 国王陛下は腕の中のカミラに視線を落とした。

 カミラは少し困惑した様子だったが、それでも言い付けを守ってまだ目をつぶっていた。


「私に言う資格が無いのは承知しているが、この娘はアルベルトの仇でもある。ならば私の思いは、遺族としての一意見でもある」

「⋯⋯確かに」


 カミラが魔王復活など実行しなければ、アルベルトはまだ生きていただろう。

 何かしらの罪に問われたかも知れないが、それでも、命を失う事はなかった。


「ヴァン、先ほどのお主の話だがな⋯⋯全て正しい。何も間違っておらぬよ」

「はっ⋯⋯」

「そして、私もまた正しい事をしたと思っている。娘を助けるのが主な目的とはいえ、そなたが救援に来てくれなければ、まだまだ犠牲者は増えただろう。国王として、アルベルトを誓約により排除したことは今でも間違ってないと思っている」

「⋯⋯」


 そこに関しては、少し負い目を感じるのは事実だ。

 もちろんアルベルトから誓約を申し込んできた訳だし、それが結果として死に繋がったのは単なる自滅だ。

 だが、俺自身には何のリスクもなかった。

 先に騙してきた相手を、騙し返して不当な誓約を結んだだけだが、それでもやはり実際に相手が死ねば思うこともある。


「愚かな息子だった、と思う。ある意味で、魔王復活の共犯者だ。どちらが先に相手をたぶらかしたのかは知らんが⋯⋯アルベルトが自制していれば、もしかしたらお主ら家族は、今も元のままだったのかも知れん」


 そこに関しては、自信ないな。

 なんせカミラは十年、俺を愛して無かったみたいだし。

 ただ、アルベルトの妻になるなんて野望は抱かなかったかも知れないけど。


「本当に愚かで、救いようのない息子だ。死んで当然、と思う者が大半だろう。私もそう思うよ。だから私は国王として正しい事を行い、息子を殺した。そう、アルベルトは正しさによって死んだ」

「⋯⋯はい」

「だがな、ヴァン」


 国王陛下は自嘲するように笑った。


「手の掛かるバカな息子でも⋯⋯やはり死ねば悲しい。それが身内として、ひとりの親としての、偽らざる心境だ」

「⋯⋯はい」

「だからお主がエミリアに伝えようとしている事もわかる。ただ、こんな思いを、頑張ったエミリアにさせるのは、偲びないのだ」

「⋯⋯御心遣い、ありがとうございます」

「だからこれは国王としてではない、魔王復活により息子を失った、ひとりの親としての願いだ。この子は──才能に溢れておるだろう?」

「それは⋯⋯疑う余地はないかと」

「ならば、この子をお主が正しく育ててやってくれぬだろうか? 人々に、この国に、役に立てるように。エミリアを見る限り、どうやらお主は子育てが上手いようだからな」


 エミリアをチラっと見てから、再度国王陛下に目を戻す。

 自然と溜め息が漏れるのを自覚しながら、俺は国王陛下に反論した。


「あの、色々と器用だという自負はありますが、子育ての自信なんてないですよ⋯⋯なんせ初めての経験で、俺だって手探りなんです」

「お主なら大丈夫だ。ほら」


 国王陛下は俺のそばまで来て、カミラを押し付けてきた。

 抱きかかえたカミラは、まだ目をつぶっている。

 ただ我慢の限界なのか、不満げに声を上げた。


「ねぇパパぁ、まだつぶってなきゃだめー?」


 ⋯⋯。

 ああ、もう、クソ。

 いつか立ち寄った村で、罠師の男が言っていた。

 生け捕った獲物は、すぐに絞めるようにしている、と。

 彼は一頭のボアを飼っていた。

 ボアの子供を捕獲したさいに、普段ならすぐに絞めるのに、その日は疲れていて翌日にしようと家に連れて帰った。

 翌日、改めて絞めようと思ったが、足に身体を擦り付けてこられたら、情が湧いてしまってできなくなった、と。


「陛下、せめて国王として依頼してください」

「依頼?」

「罪人の更生を。依頼の条件次第では考えます」

「ふっ⋯⋯よかろう。ヴァン、その子を正しい道に導いてくれ。この国の国王として、お主への最後の依頼だ。条件は、そうだな。この老い先わずかな老人の願いを叶える、という名誉くらいしか与えられなそうだが⋯⋯いかがしたものか」


 ⋯⋯なんだ、その条件。

 これまで黙っている皇帝陛下の様子を見る。

 陛下は目が合うと、軽く笑いながら頷いた。

 ああ、もう、仕方ないな。


「⋯⋯承りました」

「ありがとう、ヴァン」


 俺が依頼を受けると、それまで黙っていた皇帝陛下は、突然笑い始めた。


「はっはっはっはっ。ヴァン殿は人が善すぎるな」

「からかわないでください」

「いや、からかってなどおらぬ。ヴィルドレフト帝にそっくりだ。娘がそなたに心酔するのもよくわかる、それはお主の美徳だ」

「⋯⋯そうでしょうか」


 皇帝の言葉に、エミリアがピクッと反応した。


「娘が心酔しているって何? まさかパパ、再婚するの? 娘の断りもなしに?」


 たった一言のヒントでそこにたどり着くとは。

 我が子ながら、ちょっと怖いな。


「えっと、どうかな?」

「ごまかさないで。あとでちゃんと、一から説明してよ?」


 娘の追及から逃げるように、国王陛下に聞いてみた。


「この調子ですが⋯⋯子育て、成功してますかね?」

「ああ、間違いなく成功しておる」


 そうかな⋯⋯?

 そうかも⋯⋯?


「ねぇ、パパ、まだなのー?」


 律儀に言い付けを守り続けるカミラ。

 この頃? はこんなに素直だというのに。

 なんでああなった。

 

「ああ、もういいよ」

「へへー。ちゃんと言い付け守ったよ、偉い?」

「ああ、偉いぞ」

「へへへへへ」


 ⋯⋯なんかごちゃごちゃ考えず、このまま育てたら良くない?

 俺じゃなくても良さそうなんだけど。

 そんな事を思っていると、カミラから『グゥー』と腹の虫が鳴くのが聞こえた。


「カミラ、お腹が減ったのか?」


 すると⋯⋯それまでの態度を一変し、カミラは慌てたように首を振った。


「う、ううん! 減ってないよ!」

「でもお腹が鳴ってたぞ?」

「減ってないってば! だから⋯⋯パパとママが食べて! カミラは大丈夫だから!」

「⋯⋯」


 切羽詰まったように言ってくるカミラ。

 それには答えず、俺は国王陛下に聞いた。


「俺の家って、まだありますか?」

「うむ、幸い戦場になったのは別の地区だ」

「ありがとうございます。カミラ」

「何?」

「パパもママも食べるから、カミラも食べなさい」

「ほ、本当に?」

「ああ」

「良かったー。あのね、ずっと思ってたんだけど、言っていい?」

「うん、なんだい?」

「パパもママも自分が食べないのにカミラばっかり食べさせるから、嫌だったの。ちゃんとみんなで食べようよ」

「⋯⋯そうだね。エミリア」

「うん」

「とりあえず、家に帰って食事にしようか」

「うん、久し振りだね⋯⋯家族三人で、食事するの」

「ああ⋯⋯そうだな、久し振りだ」


 少しいびつに変わってしまった。

 もう元通りにはならない。

 それでも、家族で共に食事が取れる日が来るとは思っていなかった。

 その事に感謝しながら、俺たちは教会をあとにした。





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