第30話 四英雄

 カミラにやんわりと王都からの退去を促して三日後。

 王は監視員から届いた報告を受けていた。


「⋯⋯魔王城の方向、か」

「はっ。考え過ぎかもしれませんが」

「いや、恐らく正しいだろう」


 カミラは城を出たその足で、家にも戻らず──つまり娘を放置して──王都外へと向かった。

 そのまま、再び転移陣を利用し、魔王城がある地域へと向かったようだ。


「陛下の忠告は届かなかったみたいですな」

「うむ。それどこかヤケになっておる。退出するときの様子が気になったが⋯⋯まさか、娘を放置していくとは」

「それで⋯⋯娘の方はどうしますか?」


 説明するまでもなく、王直属の諜報部隊『ミスト』の長であるロベールは、状況を全て把握している。

 エミリアがアルベルト王子の子であり、放置すると何かしらの不都合が生じる可能性がある事を。


「捨て置け⋯⋯いや、念のため城に保護しろ」

「⋯⋯やはり陛下でも、孫娘は可愛い⋯⋯と?」

「バカを申せ、ヴァンじゃ。娘に何かあって、それがもしヴァンの耳に入ったりしたら⋯⋯奴に情が残っていれば最悪だ」

「なるほど。しかし皮肉なものですな、実の父のせいで命が危機となるも、育ての親の傘の下で生き残れるとは」

「これもアルベルトのバカのせいじゃ。それと、余の病気を気遣いすぎて報告を怠ったそなたらの、な」

「耳が痛い話です」

「仕方あるまい、起きたことはな。とはいえ、カミラは捨て置けん」


 王は少し思案したが⋯⋯ハッキリとした言葉で命令した。


「何を企んでいるかはわからんが、魔王の封印を解こうと画策しているなら最悪だ。カミラを消せ」

「よろしいのですか?」

「うむ。四英雄の名は他国に対して利用価値があったのだがな。それゆえカミラが何かしら暴走したとなれば、周辺国は我が国の責とみなすやもしれん」

「はっ⋯⋯では私自ら赴きましょう」

「頼む。あと手勢はそうだな⋯⋯手練れを二十人ほど集めろ」

「はっ」


 返事をするや否や、長は退出した。

 





◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆



 ロベールは手勢を率い、カミラを追跡している部下に合流した。

 カミラ暗殺の方法を協議し、方針が決まる。


「魔王城で決行する」

「はっ!」


 相手は道中教会に立ち寄りながら、そこで荷物持ちを雇っていた。

 なかなかひとりにならないのだ。

 人気の四英雄が不審死となれば、世間が騒ぐ。

 だから、余人がいる状態では手を出しにくい。


「しかし⋯⋯王も慎重ですね。わざわざ我ら二十人を向かわせるとは」

「油断するな、相手は四英雄だ」

「つっても、支援職でしょう?」


 部下の言いたい事もわかる。

 

 四英雄の前衛は勇者ヴァン、剣士アルベルト、そして後衛がバーンズ老とカミラ。

 彼女は強力な術者だが、あくまでもヒーラーとして、だ。


「だが、死地を潜ったものというのは侮れん。どんな機転を利かすかもわからん。気を引き締めろ」

「はい、わかりました」


 ロベールの言葉に、団員たちは真剣に頷く。

 そんな中、一人不安げにしている者がいた。


「ミア、不安か?」

「はい、なにせ⋯⋯私は暗殺しょりの仕事は初めてで⋯⋯」

「まあ、そう緊張するな。お前を連れて来たのは場数を踏ませる意味合いも大きい」

「はい、ありがとうございます」


 ミアはロベールが『次期ミストの長』として目をかけている相手だ。

 小さな頃から育て上げた

 仕事内容のせいで家族を持たないロベールにとって、娘のような存在。

 ただ、だからと言って甘やかすわけにもいかない。

 諜報の世界は汚い。

 その汚さをキッチリ伝える事こそ、この世界では『愛情』だ。


「単純な戦闘力なら、お前はここにいる誰よりも上だ。あとは経験を積めば、誰よりも優秀な隊員になれる」

「はい、頑張ります!」


 素直に返事をするミアに、親心のような感情が湧き上がる。

 この素直さは諜報員としては危ういが⋯⋯育ての親としては嬉しかった。



◇◆◇◆◇◆◇◆



 カミラは予想通り、魔王城へとたどり着いた。

 教会に対する聞き取りでわかったが、どうやら彼女は王の依頼で封印の様子を見に行く、という口実でここに来たようだ。


 ここが主である魔王を失って十年。

 廃墟とまではいかずとも、閑散としていた。


 城内を進むカミラを追う者が十人。

 事前に城内に、潜入した者が十人。


 決行は──魔王城広間の予定だ。


 カミラは一人、臆する様子もなく城内を進んでいく。

 一定の距離を置き、後続部隊が追う。


 やがて広間に到着し、いよいよ決行となったその時、カミラが叫んだ。


「いるんでしょう? 姿を見せたら?」


 元々その予定だ。

 二十人、それぞれが弓を構えながら相手を取り囲む。

 カミラはその様子を見て──ふん、と鼻で笑った。


「あらこんなにいたのね。陛下も慎重だ事」


 ロベールはその余裕に、嫌な予感がした。

 予断を許さないと判断しすぐに決行を命じる。


「撃てッ!」


 団員たちから放たれた矢が、カミラへと集まる。

 そして──その全てが彼女を貫いた。


 ロベールは表には出さず、内心で『よし』と呟いた、が。

 奇妙な事が起きた。


 矢は全て刺さった。

 だが、一瞬だけ刺さったように見えたのち、勢いを失い、カミラの身体をすり抜けるように、その場にからんからんと音を立てて落ちた。


 刺さらなかった訳ではない。

 その証拠に、カミラの身に付けていた服はボロボロだ。

 だがそれもカミラが手を振ると、すぐに修復された。


「あら、終わり?」


 何事もなかったようにカミラが聞いてきた。

 ロベールは動揺を表に出さないようにしながら、団員たちに再び命じた。


「撃てッ! ありったけを!」


 ロベールの命令に、団員たちは矢を放ったのち、次々と次をつがえながら、射ち続ける。


 だが⋯⋯何度射っても同じだ。

 確実に刺さっている。

 だが、死なない。

 矢は次々と、カミラの足元に落ちた。


「くそ、ならこれはどうだ!」


 団員の一人が、剣を抜き放ちながらカミラに接近する。

 相手はゆったりとした動きだ。

 その動きからは、体術の心得を感じない。


 団員の剣はカミラを捉え──首を薙いだ。

 が、しかし⋯⋯。


 間違いなく首を薙いだはずなのに⋯⋯まるで素通りしたように、彼女は元のままだ。

 その様子を見て、ロベールは先ほどからの奇妙な現象、その答えに辿り着いた。

 恐らく──斬ったそばから、首が繋がったのだ。

 余人には感じ取れないほどの速度で。

 先ほどの矢も、刺さるや否や異物と判定され、体外に吐き出されたのだろう。

 つまり、これは──。


「『恒常性維持⋯⋯!』」

「あら、御名答」


 カミラは愉快そうに微笑んだ。

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