第12話
チョコの味、甘くて苦く①
C.E.(カカオ濃度)70…血のバレンタインと呼ばれた----
惨劇は特になく。竜神テウの一件があった日から丸一日明けた、2月13日。
今日は金曜日。バレンタインである14日は明日の土曜日、つまり学校は休みなのである。
なのでこういう時、学生は前日である今日チョコを持ってくることが多い。
当然俺たちと皆に配るようのは持って来ているのだが…所謂コンからの本命は、家の冷蔵庫の中だ。
今夜、うちの台所でウカミと2人で作ってくれるらしい。食べるのは明日になるけれど。
まあ長々と語って何が言いたいかと言うと、答えはシンプル。
「俺は慌てる必要がない!」
ウカミは先生としての業務があるとのことで、ひと足先に家を出ている。コンと2人で通学路を歩きながら、事実を再確認して思わずガッツポーズを決めた。
「勝ち組と負け組という奴じゃな、世知辛いのう…」
隣を歩くコンがむぅ…と気難しそうな顔になる。それも致し方無い、きっと今頃学校では
「いや〜俺甘いもの苦手なんだけど、貰えるものは有り難くもらうんだよねぇ(チラッチラッ」
「フッ…お前ら、所詮一個だろ」
「……そういうお前は?」
「……よせやい」
なんて悲しい野郎たちの傷の舐め合いや、欲しいけれど必死こいて求めるのはみっともないというプライドで澄まして見せる涙ぐましい努力が繰り広げられているだろうから。
因みに去年の俺は未子さんと、挨拶を交わす程度の間柄の女子数名から貰った。
思春期男子たるものお礼は爽やかに決めたつもりだが、内心ではお祭り騒ぎだったのは鮮明に覚えている。
バレンタインとは、女の子にとってだけではない。男たちにとっても戦争なのだ。
もし義理チョコと言いながら他の人とは明らかに違う…例えばそう、手作りチョコなんて貰った日には!
「どうした紳人よ、顔が真っ青じゃぞ!?」
「大丈夫だ…問題ない」
流石にそんなことは無いはずだ…一週間の内に、そう何度も死線を彷徨ってはたまらないしね。
どうしても拭えない胸騒ぎに囚われつつも、コンと一緒に大社高校の校門を潜るのだった。
〜〜〜〜〜
「紳人くん、どうぞ♪バレンタインチョコだよ…!」
座席に着いて座った瞬間、右肩からニュッと桃色の小さな箱が差し出される。
反射的に受け取りながら振り返ると、くすっと微笑む未子さんが居た。
「ありがとう未子さん、嬉しい…よっ!?」
隣の席で眠る寛氏の鞄からも、僅かに同じ色の箱が見える。
皆に配っているようだ、だからどうかコンは落ち着いて!笑顔なのにドス黒いオーラを放ってるから!
……そういえば、元は笑顔って威嚇のためにすることだったっけ。
「随分嬉しそうじゃなぁ紳人?んん?わしからのチョコは要らんということか?」
「いや、そんなこと!俺は柑から貰えるチョコが1番…!」
「私…一生懸命作ったのにな…」
「あぁ未子さん泣かないで、未子さんのチョコ嬉しいから!」
「浮気かのぉ…」
「こんな堂々とした浮気がある!?」
片方の顔を立てればもう片方の女の子が泣いたり怒ったりする。
堂々巡りの展開に困ってしまい、頭を抱えると…くすくすと楽しげな笑い声が聞こえてきた。
思わず顔を上げると、コンと未子さんが思い思いに笑っていた。
状況が飲み込めない俺に、すまんすまんとコンが笑い涙を拭いながら説明する。
「最初は本気だったんじゃが、お主の反応が面白くてのう…つい興が乗ってしまったわ」
「うん、紳人くんと遊ぶのは楽しいね…柑さん」
「うむ!」
「……それだと、俺『で』遊ぶの間違いじゃないかな?」
2人の嘘に騙されたのだと気付き、肩をがっくしと落としながらも突っ込むとますますコンたちは笑い出す。
その様が何だか可笑しくて、俺も我慢出来ずに小さく声を上げて笑ってしまった。
「おぉ、そうじゃった。忘れるところであったよ…ほれ、これが未子のチョコじゃ」
「ありがとう〜!開けてもいいですか?」
「勿論じゃとも」
「何かな何かな…あ、これ!私が美味しそうって言ってたチョコ!覚えててくれたんですね〜!」
「ふふっ、あまりに目を輝かせておったのでな。つい買ってしもうたのじゃ」
コンからのチョコに目を爛々とさせてはしゃぐ未子さん。微笑ましいその姿に、俺とコンは意図せず目を細めて眺めてしまう。
ふと、パチリと視線がぶつかった。へにゃりと柔らかな笑顔になるコン。
その可愛さに見惚れていると、コンに未子さんから桃色の小箱が手渡された。
「柑さん、これ私からのチョコ!受け取ってください」
「ありがとうの。有り難くいただくのじゃ」
「どうぞ!2人とも、開けてみて?」
さあさあと促され、コンと一緒に包みを剥がす。
その中身は…狐と人形(ひとがた)が♡で包まれたものだった。それが示す意味は間違いなく…俺と、コンの…。
「な、ななっ…!」
「未子さんこれ…!?」
「さて…どういう意味でしょうね?」
ニヨニヨと可愛らしくも小悪魔的に笑う未子さんに、俺もコンも顔を真っ赤にしてたじろぐことしかできなかった。
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