早天の慈雨、青天の霹靂②

「それで、テウが好きな人ってどの学年?2年生だったら知ってる相手かもしれないけれど…」


肝心なことを聞き忘れていた。俺とコンはまだ、テウが好きだという人物を聞いていないのである。


「確か…上履きが緑だったわ。あれは3年生かしら?」

「そうだね、1年生が赤、俺たち2年生が青、3年生は緑だ」


3年生…今の時期は自由登校だ。もしかしたら学校に来ていないかもしれない。


そこまで考えて思い至る。何故2月も前半が終わろうと言うこの時期に、テウは助けを求めてきたのか。


恥ずかしくて遠目で眺めるあまり、この時期になってしまったのだ。そして残り1ヶ月で彼ら3年生は此処から卒業してしまう。


「……」


しかし、と何とか叶えてあげたい俺に記憶が待ったをかける。


思い出すのは先週の頭。初めてコンと一緒に、学校へ来た日のこと。


あの時願いを叶えたのは俺ではなかったけれど…叶えられた結果、未子さんの恋心は儚く散ってしまった。


もし、今回も同じように想い人や相手が居たとしたら。


俺はテウに悲しい思いをさせることになる。ならば此処で、縋り付かれた手を振り解くのが正解なのか。


例えテウが…一生打ち明ける相手のいない胸の疼きに、苛まれることになったとしても。


トコノメは凄いな…こんな気持ちになりながらも、神様として立派に役目を果たしたのだから。


(紳人)

(ん?どうしたのコン、急にこっちでなんて…)

(気が乗らないのであれば、わしから断っても良いのだぞ)


俺の心境を察したコンが、フッと此方を労わるような笑みで俺を見上げる。


顔に出ていたのか、思い合う2人故か。何れにしろその優しさに心から感謝しながら、覚悟を決めて俺は首を横に振った。


(ありがとう、コン。でも俺、頑張ってみるよ。テウ自身が勇気を出しているのに頼られた俺たちが躊躇してちゃ話にならないから)

(よう言うた!それでこそわしが惚れる男よ。惚れ直したぞ、紳人♪)

(……それは、嬉しいな)


顔が熱くなりつい視線を逸らしてしまう。


対してコンは、微笑みながら尻尾で俺を小突き始める。


何の脈絡もなくいきなりそんな状況になったように見えただろうテウは、訝しむように片目を細めて腕を組むのだった。


〜〜〜〜〜


「とりあえず、お昼休みがもうすぐ終わっちゃうから本格的に動くのは放課後からで大丈夫?」

「えぇ!彼が卒業する前にお話出来れば、私としては幸いね」

「うむ、接触する手立ては幾つもある。心配することはないじゃろう」


早速コンと行動を起こしたかったが、残念ながら本日のお昼休みが間もなく終わりを告げる。


少し歯痒い思いを抱えながらテウと一旦別れ、屋上から校内へ戻ると雨は瞬く間に上がっていた。


徐々に遠くの喧騒も戻ってきて、いつもの日常に戻ってきたことを実感する。


もうとっくに、隣に居ることは俺にとってもコンにとっても当たり前になっていたんだな。


「さて…掃除場所に向かおうか」

「腕を組んで良いなら、喜んで向かうのじゃが?」

「えっ、と…俺もそうしたいのは山々なんだけど。そうした場合どうなるか分かったものじゃないから…」

「好きにさせておけば良い。わしと紳人の貴重な時間を邪魔されるのは、腹に据えかねるぞ!」


何度も見てきたけど、やはりプンプンと拗ねるコンは可愛らしいの一言に尽きる。


とはいえ折角2人きりなのにというコンの意見には同感だ。最早今更と割り切り、此処は俺も男を見せるとしよう。


「コン、やっぱり腕を組もう。俺も君に触れていたい」

「紳人…お主という奴は!んもう、大好きじゃっ!」

「俺もコンのこと、心から好きだよ」


右腕をそっとコンの方へ差し出すと、満面の笑みでむぎゅっと抱きついた。


溢れる恋慕を口にしながら、ゆっくりと階段を降りていく。


「んぅ〜♪」


コンが小さく声を漏らしながら、すりすりと頬擦りする。


反射的に頭を撫でようと左手を伸ばすと、ふりふりと揺れる狐の耳が目に止まった。


我慢出来ず、ついふにっ…と触る。


「ぅやっ…」

「ごめん、つい!」

「ふふっ…良い良い。お主になら幾ら触られても本望じゃて」

「良かった…それじゃあ、もう少しだけ」

「うむっ」


コンは俺に擦り付きながら、俺はコンの耳を触りながら2人の掃除場所へと向かうのだった。


〜〜〜〜〜


「あ、柑さん、弟くん!探したんですよ〜」

「姉さん!どうしたんです?」


流石に人の目が多くなるところであんなことはできない。目を付けられぬよう渋々2人並んで歩いていると、一階へ降りる階段の踊り場でウカミと出会う。


「どうしたも何もありません!折角3人でお昼食べられると思ったのに…」

「すまんのぉ、此方も色々あってな」

「色々…ですか?」


何をしていたのか見透かすような眼差しに、俺とコンは必死に目を逸らして誤魔化すしかない。


しかしそれがかえって何かあったみたいに見えてしまい、くすくすと揶揄うように笑われる。


「ち、ちがっ!そういうことじゃなくて!土地神…竜神様に恋愛相談を受けていたんです!」

「ほほう、土地神にですか…それはまた珍しい相手に会いましたね」

「うむ。わしも直接会うのは初めてじゃった」

「え?そうなんです?」


珍しいと言われても、最近人間と神様の話す割合が五分五分になりつつある俺からしたら実感が湧かない。


頷き合ったコンとウカミが、俺の疑問に答えるべく口を開いた。


「はい、土地神はその名の通り。その為、何処にでも居て何処にでもいないようなもので…姿形を表すのは稀なのです」

「他の神と違い、土地そのものを守り加護を与えるのが役目じゃからな。姿を表す理由が無いのじゃよ」

「なるほど…かなりのレアケースだったんだね。更にその神様から恋愛相談まで受けて…」

「他の人間は誰も経験したことないかもしれんのう?」


何か良いことある前兆…なのかな?


俺はもうコンやウカミに皆が居てくれるだけでも幸せだから、今はテウに良いことが起きてくれると良いのだけれど。


そこまで考えたところで、チャイムの鐘が鳴り響いた。お互い向かう先があるので、そこで話を切り上げ其々の目的地へと急ぐことにした。

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