第24話 同期と祖母の過去
待ち合わせ場所にはベルナールの姿がそこにはあって、私服姿を見るのはあまり見たことがないのだ。
袖まくりをしているシンプルなシャツにサスペンダーのついたズボンという姿で、日に焼けた肌によく似合う服装をしている。
「あ、ベルナール! お待たせ」
「いいや、良いんだよ。送ってくれるだけでうれしいんだから」
「ああ、そうだね」
ベルナールにヘルメットを用意してすぐに乗ることにした。
最初にリリベットがハンドルを握る前に彼を後ろに乗せて、彼の準備を待つことにした。
「大丈夫? 振り落とされないようにね」
「わかってるさ。お前の安全運転は信頼してるから」
「わかった」
そう言うとリリベットはエンジンを掛けて、自動二輪車で出発することにした。
そのときにベルナールはしがみついて少しだけ怖がっているようだが、彼女はそんなことを気にせずに速度を上げていく。
「ベルナール。大丈夫?」
「大丈夫だ。慣れてないだけだ! 久しぶりに乗ったからな」
ヘルメットの内側に通信ができる魔法を仕込んでいるので、エンジン音のうるさい自動二輪車でも会話はできるようにしている。
「久しぶりだね。こうして、一緒に帰るの」
「懐かしいな。俺だって、考古学にハマる前だったし」
「そうだ。思い出した」
笑いながら会話を続けているときに少し休憩を中間地点のいつも立ち寄る宿場町で食べることにした。
ベルナールが毎回軽食を買ってくる店があるので、彼女は先に人気のいない野原に向かう。
十六歳の頃から全く変わっていない場所なので、懐かしさを感じながら待つことにした。
「アンダーソン、これ。買ってきた」
「ありがとう。ここで食べよう」
「うん」
ベルナールは抱えてきた紙袋の中から取り出した軽食を手に取ると、リリベットは食べ始めていた。
パンに新鮮な野菜と鶏肉が挟んであるものに、オレンジジュースというのがリリベットの組み合わせだ。
口の中でトマトの酸味が広がって、その後にソースとなっている甘辛い味が追ってくる。
「おいしい~! やっぱりこの味だよ」
「そうだな。懐かしいよ、本当に」
そう言うとベルナールも同じように軽食を食べていた。
野原は少し高台になっていて遠くにジュネットの王都であるテレーズが見える。
中間地点と言うことでこれから約一時間半くらいでリーヌ・ロゼへとたどり着くだろうというところだ。
「そろそろご飯も終わったし、早くしないと日が暮れちゃうよ」
「そうだな。でも、ここで少し話さないか?」
「良いよ。酔われると大変だからね」
そうしてリリベットはベルナールの隣に座ると彼は少し緊張したような表情をしている。
そんな姿を見るのは久しぶりで微笑んでしまう。
「どうした?」
「ううん。卒業試験と同じ顔してたから」
「そう言うことじゃないって」
「じゃあ、何を話したいの?」
ベルナールの表情が変化して真剣な表情になっているのに気が付いた。
彼の明るい茶色の瞳も強い意志を持つ光を宿している。
夏の風が二人の間を通っていく。
「何でもない! ロジェから戻ったら、それを言うわ。先に行かないと天気がヤバそうだ」
「わかった。先を急ごう」
夏の天候はかなり変わりやすく、海沿いからはかなり発達している積乱雲が浮いている。
再び自動二輪車に乗って一緒にリーヌ・ロゼへと向かおうとしていて、学生時代のときのように会話をしながら話したりしていくことが多い。
「あ、燃料大丈夫かな?」
「そうだね。燃料代出すわ、さすがに俺が出さないといけないな」
「そうだな」
燃料となる魔石油を給油してからすぐにリーヌ・ロゼに再び進むことにした。
のどかな田園地帯を抜けていく光景が美しく、ここ最近は麦の生産が盛んに行われているようだ。
しかし、どきどきポツンポツンと小屋が見え、リリベットはこの光景を気に入っている。
いくつかの宿場町を抜けて、リーヌ・ロゼの中地へと到着したのは一時間後だった。
通常であれば半分くらいの時間で到着するのだが、今日は特別混んでしまっているようだった。
「ありがとう。アンダーソン」
「いいの。また帰りにも乗せるよ、連絡してよ」
「いや、往復世話になるのは申し訳ないよ」
「そう。それじゃ、また研究所でね」
「ああ」
ベルナールと別れてすぐにリリベットはエンジンを掛けて、再びエリン王都アリへ続く街道を走る。
王都の東区の住宅街にある実家に戻ってきたのは夕方の日没を過ぎた頃だった。
リリベットは実家のドアを開けた母を見つけて、手を振るとドアを開けて待っていてくれた。
家のガレージに自動二輪車を置いて中に入ると、先にバスルームで汗と汚れを落としてからすぐに夕飯を食べることにしたのだ。
「おお、リリー! いつの間に」
「おかえりなさい。ヴィクター、さっき戻ってきたのよ。この子」
「今日は急用でね。明日の朝イチで戻るよ、冬服を取りに来たんだ」
「まだ冬物は必要ないんじゃない?」
「実はロジェ公国の魔法研究所への技術指導に同伴するの……一応、年内には戻る予定らしいけど、かなり寒いでしょ。あっちは十月くらいに冬物を持って行かないと」
「そうね」
夕飯の支度をしている母の手伝いをしているときに、父は一度書斎に向かってそのときに古いお菓子の缶を持ってきていた。
「夕飯前にこれ、リリーに見せないといけないな」
「いいわよ。ヴィクター、そろそろ伝えないとね」
そのときにダイニングの椅子に座ると父が古い写真を取り出し、リリベットに手渡してくれたのだ。
そこに移されていたのは色あせた写真で二十代になったバリの若い女性と五歳くらいの幼い男の子が写っているのが見えた。
特に女性の容姿に見覚えがあり、それが妹のシャーロットによく似ているようだ。
「この女の人って父方のおばあちゃんだよね」
「そうだ。で、これが俺だ」
男の子を指さして父が幼い頃の写真だというのがわかった。
写真の裏にはロジェ語の筆記体で何かが書かれてあり、その下には幼い文字で『エリザベスとヴィクター』と書かれてあるのに気が付いた。
「これって」
「母の一族は代々ロジェ系の住民でね、エリン語の他にロジェ語を教わっていたらしい。母の名前は改名前はエリザヴェータ・ユーリエヴナ・スミルノヴァと名乗っていたんだ」
「改名前、戦争があったから?」
「そうだな。で、母は歌手として各国を旅しながら生計を立てていたんだ。幼い頃から歌を歌うことを生業をしていて」
「え、初耳なんだけど! でも……だから、父さん歌が上手いんだ。子守唄聞いてから」
祖母はそこから当時の大公であるルイエーエフ家のサロンに出入りするようになったという。
当時十四歳の彼女は大人と子どもの狭間にいる時期の魅力が、ルイエーエフ家の奥方に認められたのではないかと言われている。
「そして、夜会に参加していたときに一人の青年に会うんだ。それが俺の実の父親に当たる人だよ」
そう言いながら二人が親密そうに移っている小さな絵を取り出したのだ。
丁寧に結われた亜麻色の髪にエメラルドの瞳を輝かせている祖母が愛しそうに笑っている。
その隣には金茶色の髪に若草色の瞳をしている祖父だと言われる青年だったのだ。
「――彼の名前はヴィクトル・ヴィクトロヴィチ・スミルノフ、先代のスミルノフ公爵でもある人物だ」
「うそでしょ⁉ え、貴族の血を引いてたの」
リリベットは動揺していたがスミルノフ公爵と言われる男性に父の面影を重ねることができる。
「そこから……母さんはいきなり故郷であるコールドグラウンドへ戻ったんだ。たぶん、これ以上の関係を続けることはできないと思ったのだろう」
「こんなに幸せそうな感じなのに」
年も近かった二人が親密な関係になるのは無理はないと思っていた。
「それで十七歳でスミルノフ公爵との子……俺を生んだ。このことは俺が小さな頃から言われてきたから」
リリベットは思わず言葉を失った。
会ったことのない祖父母たちは婚姻することも許される関係ではなかったのだ。
一人は貴族身分ではない美しい歌姫、もう一人は大公家にも連なる公爵家の跡取り息子では釣り合うことができない。
婚外子として生まれた父には異母弟が二人、異母妹が六人いると教えてくれた。
もしかしたらどこかで会うかもしれない、そんな希望は持たない方がよいと父が話していた。
「葬儀のときには良好な関係を築けていたが、もう数十年経っているからな」
「そうだね」
「でも、会えたら……これをスミルノフ公爵に」
そう言って父は手紙を託した。
リリベットは翌朝に冬物を荷台に詰め込んで自宅へと戻った。
それから数週間が過ぎ、リリベットは北の大国ロジェ公国へと向かう日が来た。
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