第1部

第1章 魔法研究所の新入り

第1話 卒業生と馴染みの職員

 二月上旬、学生たちは別れの季節を迎えていた。

 ジュネットの王都テレーズでは最高学府である王立テレーズ学院では卒業式が行われている。

 色に金糸の刺繍ししゅうが施されたローブを羽織った学生たちは各々の友人たちと別れを惜しんでいた。

 そのなかに一人の女学生がいて、小さな花束を片手に嬉しそうに証書を抱いているのが見える。


「リリベット~~~~~‼」

「ちょっと、ミレーヌ、泣きすぎ」


 同い年の同級生よりも背が頭一つ高く、隣で号泣していた同級生に抱きつかれて苦笑している。

 彼女はどちらかというとようやく卒業できたという気持ちの方が強いみたいだ。

 まっすぐな黒髪に大きめな若草色の瞳が特徴的な容姿をしているのだ。


「リリベットたちと会えなくなるのは悲しいわ」

「ありがとう。研究所にいるから、テレーズに来たときには遊びに来てね」

「そうね」


 黒髪の学生の名前はリリベット・アリス・アンダーソン。

 三月から王立魔法研究所の研究職員の一人として働くことが決まっている優秀な学生だ。


 リリベットは六年間過ごした学生寮『白百合寮』を引き払い、単身の女性研究職員向けの集合住宅へ引っ越した。


 もともと学生寮は二人部屋だったのが、ルームメイトが卒業してから二年ほど個室扱いで過ごしていた。

 しかし、自宅となる住宅に運び込んだ物より広さが勝ってしまって帰省した際に魔法書を大量に持ち込んだほどだ。


 彼女は十二歳で王立テレーズ学院へ入学してから魔法好きが高じて、魔法工学技師と整備士の資格をそれぞれ十五歳の若さで取得している。


 整備士というのは魔法蒸気機関を原動力とする乗り物を整備する資格で、魔法工学技師を取得すればおのずと取得できるものだ。


 魔法科目を全て履修をしてからは十六歳からローマン帝国に半年間の留学をし、さらに帰国後からは魔法研究所の研究員として共に魔法具の開発を行っていた。

 卒業後も研究所に籍を残し、彼女は魔法具の開発と改良を行うことになっている。






「今日から研究所職員として勤務します。リリベット・アリス・アンダーソンと申します。よろしくお願いいたします!」


 三月上旬、待ちに待った研究所勤務一日目を迎えて、配属されたばかりの初々しい研究職員を見つめている。


 成人女性らしく黒髪を一つにまとめたリリベットは研究員が身に包む制服に袖を通している。

 白いシャツに紺色のジャンパースカート、上に羽織るジャケットは学生の色違いではあるがリボンではなく緋色のループタイをつけている。


「よろしくアンダーソンさん」

「といっても君は学生時代から一緒に研究に参加していたし、顔なじみではあるんだよね」

「皆さん。これから仲間としてよろしくお願いしますね」


 そのときに彼女の隣へ歩いてきたのは一か月ぶりに再会した友人だった。

 青藍せいらん色の髪に水色の瞳を持つ女性がこちらへ駆けよってきているのがわかった。

 リリベットを見るなり、笑顔で彼女の手を取って嬉しそうに笑っていた。


「リリベット久しぶりね! 元気にしていたかしら」

「うん。アウローラも元気そうでよかったよ。帝国とジュネットの社交界はどうだった?」

「最悪よ。ただただお相手探しするだけで、わたしは魔法を扱える学者様と結婚したいのよ」

「そんなことをヴェルテオーザ公爵令嬢が言う言葉じゃない気がするのだけど」

「わたしはいまの暮らしが性に合っているのよ」


 彼女の名前はアウローラ・ルチア・ヴェルテオーザ。

 ローマン帝国で皇族につらなる家柄でも三つある名家のひとつであり、魔法導師を多く輩出しているヴェルテオーザ公爵令嬢だ。


 成人を迎えて二年が経つのだが、未だに婚約者という言葉すらいない。


 彼女は大好きな魔法で人生を謳歌おうかしたいということで母国から遠く離れたエリン=ジュネット王国へ留学し、そのまま研究所職員の職に就くことも公爵はそんな娘を送り出している。


 庶民的な暮らしの方がとてもしょうに合っているのか、とても嬉々として暮らしている。

 そんな彼女と出会ったのはお互いに一年生だったときに学生寮の部屋が一緒だったのだ。

 リリベットの希望は四人部屋だったのだが、定員オーバーで通常ならば貴族令嬢や豪の令嬢などが住まう二人部屋へ変更されていたのだ。


 そこで出会ったのがアウローラだったのだ。


 飾らない口調で話してきたときはとても驚いていたのも懐かしく思っているところだ。


「それでは研究を続けてください」

「はい」


 そのときにリリベットが担当している魔法具の軽量化について研究員が頭を抱えている。


「どうしたのですか?」

「この魔法具の動作がおかしくなったんだ。一度調べてくれるか」

「はい。わかりました」


 そのままリリベットは魔法具を取り出してからは丁寧に魔法の詠唱が細かく描かれた基盤を見つめていく。


 魔法具の基盤には必要な魔法を発動させるために、必要な魔法の詠唱の文字に起こしていくのだ。

 彼女は魔法工学技師の専門的な資格を取得しているため、基盤の制作や点検などを行えるようになっている。


 基盤を取り出してから、魔法に満ち足りた状態で行わないと処理が難しいのだ。


「あ、ここかな……」


 そのなかでスペルが間違っている箇所があるのを発見して、魔石で作られたペンを取り出して丁寧に書き直していく。

 書き直すときは魔力をこめてペンで上から書き直すことで上書きができるのだ。

 そして、書き直した基盤を魔法具の内部に取り付けてみる。


 魔法具のスイッチをつけると、設計で決められた動作をしているようになっている。

 頭を抱えていた研究員たちもホッとしたような表情で見つめていた。


「映像を送り出すため、拡張の魔法のスペルが異なってました。だから誤作動が起きていたのかという見立てです」

「助かるよ~! 本当にスペルミスを起こすと違う魔法が発動しちゃうからね」

「さすがは工学技師を早々に取得しただけはあるね」


 リリベットは魔法工学技師と整備士の資格を取得した学生の一人。


 さらに魔法の勉強を日課としているせいか、知識に経験値が加われば研究員としてかなり期待されるはずだ。



 学院も研究所も今日から新学年。

 初々しい気分でスタートを切った初日の昼食時がやって来た。


 研究所の職員は同じ敷地内にある王立テレーズ学院の学食を利用することが可能だ。

 研究棟と呼ばれる建物自体が学院と隣接していることもあり、研究所の職員でも昼食を取りやすいのはありがたい。


 制服の色がはっきりと異なるので学食で働く人とも交流は続いている。


「おばちゃん。今年もよろしくね」

「あら、リリベットちゃん。研究所に移ったのね、おめでとう。これからもよろしく、いつもの?」

「はい!」


 そんななかで彼女は食べ慣れた味を頬張り始めたのだ。

 

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