らんだむショートショート

灯火(とうか)@チーム海さん

配信中に書いたもの。

今日と明日は、親不孝。



 なんで、そんなに言うのよ。


 私だってできるのに。


 なんで、ねぇ、なんで。



 何でそんなに怒っているのよ。




×+×+×+×+×




「これ、運んで!」


「うん、私、できる!」


 私は、レム。明日でお姉さんになる。もうすぐで、妹が生まれるのだ。


 だから、しっかりしなくてはいけない。

 今まで、甘えてきた分も。今まで、やらなかったことも。


「パリン!」


 あっ、割っちゃった。


 お父さんは、気づいてない。

 よし、破片を拾って隠そう。


 一つ、二つ、あ!


 少し、手を切ってしまった。血が出てる。怖い。


「おーい!レム、まだか?」


 お父さんが呼んだ。

 急がないと。


「ちょっと、待ってて!」


 えーと、大きめの破片だけでいいか。

 よいしょ。


 これでよし!



「痛った!!」


 さっきまで、レムのいた場所から、悲鳴が聞こえてくる。

 お父さんだ。お父さんが破片で怪我したんだ。


 でも、何でだろう。大きなものは片付けたのに。


「おい、レム!」


 その声は、大きく轟き、私の心に噛み付く。


 神経を逆撫でされたような、酷い悪感がした。


 それも、優しく、撫でられたような。ゴワゴワのタオルのような、不気味な質感。


 私は、固まった。硬直なんて安いものじゃない。心に語りかけてくる、「お前は、動くな」と。



 本能的に、感じてしまう。


「殺される!」


 そんな気配を。



「これ、どう言うことだ?」


 お父さんの怒声だ。体の真横を通り抜け、辺りに少し、最悪な余韻を残した。


「お皿を割ったのなら言え!」


 怒鳴られた。

 これは、仕方ない。全部私が悪い。


「怪我はしてないか?」


 そっと、歩み寄ってくる。一歩一歩、ゆっくりと。まるで、捕食者のように。


「……」


 何も、返せない。

 何も、言うことができない。


 全部、私が悪いんだもの。



 手を取られる。

 それは、いつもの優しく握ってくれる手ではなかった。


「血が出てるじゃないか。早く言え!」


 そう言って、医療用具を取りにお父さんは出て行った。


 その間、私は少し昔を思い出していた。

 


 あの、楽しかった、昔を。




×+×+×+×+×




 その日は、商店街に行っていた。


 まだ、シャッターの閉まったもの悲しい商店街になる前の、それでも、人の少ない商店街だった。


 誰も並んでいない、整理列のコーンは、寂しかった。



 でも、そんな寂しさなんて吹き飛ばすほど、楽しかったな。あの頃は。



 商品券で、輪投げをした。一つしか入らなかった。でも、みんなで話して、笑って、輝いて、そんな中で投げた輪投げは、楽しかった。

 今と比べれば、その頃は、何もかもが天国だった。



 そのあと、屋台のちまきを食べた。

 笑って食べた。


 何にも変えられない、おいしさがあった。


 何にも変えられない、楽しさがあった。


 何にも変えられない、高揚感があった。




 その時間もまた、素敵だった。





×+×+×+×+×





 確か、お父さんの誕生日も、そんなことがあった。


 肩たたき券をプレゼントで渡した。

 その時の笑顔は、今のお父さんとは思えないほど、輝いていた。



 あの頃に戻れたら。


 そう、自然と思っていた。



 生きたくないな。


 そう、思っていた。




×+×+×+×+×




「はぁ。」


 お父さんは、深くため息をついていた。


 あぁ、逃げたい。

 もう、嫌だ。


 少し、顔が赤くなる。

 なんだか、暖かくなる。


 自然と、涙が溢れていた。

 大粒の、涙が。


 もう、あの笑顔は見えないのかな。


 もう、無理なのかな。


 堪えきれないほど、落ちる。

 服に、丸いシミができる。


 父に、また睨まれた。


「その、すまなかった。少し、怒りすぎた。」


 違う、そう言うことじゃない。私は、睨まれたから泣いているのではない。

 私は、怒られたから泣いているのでもない。



 私は、私のせいで、お父さんが傷つき、怒り、悲しんでいることが、何よりも苦しいのだ。


 息が詰まるくらい、悲しいのだ。


 涙が溢れるほど、耐え難いのだ。



 でも、きっと伝わらない。


 こんな、深い気持ちも、数えきれない後悔も、伝わりはしない。


 言語化なんてできないし、する気力もない。


 言ったからと言って、なにか変わるわけでもない。


 もう、無理だ。


 嫌だ。


 苦しいよ。


 悲しいよ。


 寂しいよ。


 辛いよ。


 痛いよ。


 泣きたいよ。


 本当は、ずっと、笑っていたいよ。



 ねぇ、何で。




 なんで、そんなにもわかってくれないんだよ!!









 こんな、心の叫びも、お父さんには届かない。だって、そう言うものだから。










「なぁ、使ってもいいか? 肩たたき券。」


「え?」




 私の、笑顔の象徴が。

 お父さんの内ポケットから出てきた。



 ずっと、持っててくれたんだ。



「いいよ。」



 すこし、ぶっきらぼうになってしまった。そんなつもりはなかったが。



 でも、少し、嬉しくなった。



「じゃあ、肩たたき、始めるよ。」



 私の、大切なが、始まった。


 それは、言葉を介したり、顔を見たりなどしない。

 お互いに壁を見て、手と手だけのコミュニケーション。


 それでも、襲われるような本能的な危機は感じなかった。


 そう、いつもの、優しいお父さんだったのだ。



「私ね。少し、早とちりしてた。お姉さんになろうとしてた。でも、無理だった……」




×+×+×+×+×




「大丈夫だ。」


 俺は、娘に言った。


「お前は、頑張りすぎただけで、しっかりお姉さんだよ。」


 と。

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