第四章 二度目ましての婚約破棄③
ノエリッシュ王国にも
各国の
「帝国では浴場に魔術が用いられていて、大量の水も薪も必要としない構造になっているでしょ。もちろん労力もほぼいらない。わたしはものすごく感動したの」
「……ああ、そうか」
「この仕組みは王国でも広がるべきだと思う。いえ、むしろ広げるべき。王国側はもっと魔術を積極的に取り入れてもいいと思わない?」
「王国の人間は魔術に対して
「便利なんだから、気にせず受け入れればいいのにね」
「
「今、すごく気になる言い間違えがあったような……」
「おおらかな君が気にすることじゃないさ」
無言で見つめ合うこと数秒。先に
「そもそも
「わたしが一緒に入りたいって言ったからよ。安い
「……俺には高い褒美よりも、色んな意味で痛手に感じられるが」
ラウが濡れた
現在いる場所は帝城の五階にある浴場だ。
白い大理石で
水の流れる音が
(このお風呂があるだけで、帝国に住んでいる価値があるな)
薬剤に含まれる薬草と
「君はこの状況に対して、本当に何も思わないのか?」
「え? お
通常よりは薄手ではあるものの、トリアもラウもきっちりと服を着ている。
肩まで湯に浸かったトリアの前で、ラウは浴槽内に作られた段差に
「いや、気にするべきだろう。むしろ頼むから気にしてくれ」
「大雑把でおおらかなわたしは、細かいことは気にしないの」
「……はあ。それで、わざわざ二人きりで湯浴みをする理由は?」
「
こうでもしないと治療をしないでしょ、と続ければラウが
「どうしてそんなに俺の傷を気にするんだ」
「気にして当然よ、むしろ気にしないあなたの方がおかしいの」
「君の気持ちはありがたいが、この
「あのね、少しでもありがたいと思うのなら今後はちゃんと治療して。わたしは
「たい、せつ……俺が?」
「ええ、そうじゃなきゃあの火事の中に飛び込むはずがないでしょ」
主人として、友人として、あるいは他にも大切の意味合いは色々ある。正直に言えば、トリア自身にもその大切に
ラウの整った顔にかすかな
「……大切だと、そんな言葉をもらえる人間じゃ、ない」
ぼそぼそと消え入りそうなか細い声が耳に届く。
皇帝の『私』でも、よわよわ皇帝の『僕』でも、そして『俺』でもない。
ラウという人間の本質がほんの
ごほんとわざとらしい
「それで、他にも一緒に湯浴みする理由があるんだろう?」
「ここなら周囲に聞かれるとまずい話が
浴場は声が
「では、寝室でも良かったんじゃないか?」
「ええ。でも、
「……はあ」
湯の中を移動してラウの
このままではすぐに出て行ってしまいそうな気配を感じ取り、トリアは
「わたし、初めてだったの」
トリアが真剣な声を出せば、ようやくちらりとだがラウの視線が向けられる。しかし、トリアの顔以外は視界に入れないよう細心の注意が払われている。
「何が?」
「……口付け。あなたにされたのが初めて」
げほっと、ラウが大きく
じっと見つめるトリアに対して、ようやく
「あー、ええと、その……ルシアン王子とは?」
「ダンスで手を
自分では見えないが、
「申し訳ございませんでした」
ラウが
「それで、どうして突然あんなことをしたの?」
「……回復魔術を効きやすくするために必要だった」
「はい、
「……わかった。ただしたかったからしただけ、
「違う! そうじゃなくて、ええと、その……」
トリアは両手で湯をすくうと、
トリアはびしょ濡れの顔で目を
「
「ああ、わかった。次があれば許可を取る」
「殴った方がいい?」
「すまない、
数秒顔を見合わせ、どちらともなく笑みをこぼす。お
「一段落ついたところで
「君に
「首謀者は帝城に
「……どうしてそう思うんだ?」
「計画性が高すぎる。どの暗殺未遂も行き当たりばったりの犯行じゃない」
例えば王国での
次に矢で狙われた件。こちらも当日トリアが帝城に
加えてカーキベリル領での火事。一部の限られた人間しか、あの日あの場所にラウが
他にも、軍人たちからこれまで起きた暗殺未遂について話を聞いてみたが、すべてこと細かな計画の上で実行された犯行だと思われる。
(すべてに共通するのが、神経質すぎるほどの計画性の高さ。同一人物の気配を感じる)
――間違いなくラウの身近な人間、親族や
トリアが持論を述べると、濡れた
「俺の最大の
「君の予想は
「わたしにも手伝えることはない? あなたの
「では、一つ君に頼んでも?」
「ええ、何でもどうぞ」
「最低でもあと三日は部屋で
期待とは大きく反する答えに、思わず半目になってしまう。
「それ以降は部屋を出ても、訓練をしても構わない。どうやら体力が有り余っているようだから、一人でないのならば城の外に出てもいい」
「え!? 城の外に出てもいいの?」
「ああ。遠出はやめて欲しいが、帝都を回るぐらいならばいいだろう」
「すごく
ぱっと、満面の
トリアの顔を見たラウはふいっと視線を
「君の行動を制限したいわけではない。だが、くれぐれも身辺には注意してくれ。君に危険が
「自分の命はどうでもいい。だが、君の命だけは絶対に失えない」
嬉しいと感じていた気持ちが一気にしぼんでいく。
自分の命よりもトリアの命の方が大切だ。聞く人間によってはうっとりするような甘美な言葉かもしれない。しかし、トリアにとってはまったく違う。その逆だ。
トリアはラウとの距離を詰めると、いつかのように濡れた手でラウの頬を
「その手の言葉に対して、わたしが前に何て言ったか覚えている?」
「……ああ、忘れるはずがない」
「それならよかった。じゃあ、次に同じようなことを言ったら、大雑把なわたしはあなたの頬を思い切り左右に引っ張るつもりだから
「君は俺の失言をずっと引っ張るな。わかった、注意しよう」
深く
ゴツゴツと角張った手はトリアの頬をゆっくりと撫で、
「君と出会い、君を婚約者として選んだことが、俺に与えられた最大の幸運だった」
滴を
「わ、わたしちょっとのぼせてきたみたいだから、先に出る!」
トリアはどうにかこうにか平静を
ルシアンに触れられたときは、ただただ
だが、ラウのあの目で見られると、あの手に触れられると、どうしてか
闇の魔力の
「……わたし、もしかして、ラウのこと……いや、そんなはずない、ない!」
トリアは
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます