第2話 転生者は
「っはぁ、死ぬ、死ぬって!」
「死なないためにやってんだろ!」
「言葉、より、体を、動か、せっ」
筋トレ、素振り、体力づくり。思い付くトレーニングは片っ端からすることになる。できれば荷運びのような、ついでに金も稼げるようなバイトに励むのが好ましいが都合の良い仕事があるとは限らない。
仲間内で励まし合いながら、ひたすら体を作る。
エベナに来て、一年が経過した。
未だにコーメンツから出ていない俺は、慎重を期すべき冒険者と言えど流石に遅いと言える。すぐに死んでいく者たちを除いた優秀な転生者は、三か月程度でこの最初の町を離れるものらしい。
緑豚に脅威を感じることもなくなり、すっかり捕食者側に回っている。それでもここを離れないのは、当然理由があった。
一つは、仲間集め。
情報屋に通い始めている早い段階で、パーティを組むなら次の町に行った方が良いと言われた。
その理由は明白で、この町にいる転生者は大抵すぐに死んでしまい時間の無駄になるからだ。喉から手が出るほど人を欲しているギルドでさえ、この町へ募集には来ない。
では何故その情報を知りつつも仲間を探し始めたかというと、俺のようにどうせこの町に長期間居座る気がある新人転生者にとっては、それほどデメリットがないからだ。
既に冒険者として活動しているものにとっては、この町に留まるメリットが無い。緑豚を狩っていても大した金にはならないし、普通の働き口でも同様に稼ぎが少ない。仲間を探している以外の時間が丸々無駄になってしまう。
一方俺は、どちらにせよここで働くのが今出来る最大限の稼ぎに近い。逸る気持ちを抑えられさえすれば、滞在時間が無駄になるというほどのことではなく有用な人物を見定める時間がある。
立場に大差がないから組んだメンバーに世話を焼く必要もなく、仮にそいつが死んでも損失はない。格上の冒険者たちには難しい方法だろう。
そうしてゆっくり腰を据え吟味を続けて、俺は欲しい要素を持った仲間を集めることができた。
「ぐぁ、もう動けん……」
「スガさん、お疲れ様です!」
好意を持って接してくれる仲間が持ってきてくれた水に対して、お礼の言葉を出すことはできなかった。
コーメンツを離れないもう一つの理由は、相も変わらず情報収集。
この世界、エベナは明らかに転生者を歓迎していない。正確には転生するまでは歓迎しているくせに、その後は勝手に死ねという態度。
転生者の死因第一位は豚のエサになることだが、そもそもこのコーメンツは広大な廃草の草原と緑豚に守られているからこそ安全が確保されている。
これ等が急激に減ったりしてしまうと西の荒野、北東の森、東の山脈などの強力なモンスターが縄張りを広げ、町まで影響を及ぼすことがあるらしい。
緑豚は弱いとはいえ毒性のあるモンスターだからこそ、他のモンスターにとって捕食対象にはならない。食べられないのなら、殺す意味も薄いし相手にするだけ時間の無駄。
最初から、大量の転生者が死に、それを食べた緑豚が繁殖し、その他のモンスターを追い払う。というサイクルが前提にあって町が成り立っているのだ。
転生者が死ぬことを前提としている町が始まりの町。酷い話だ。何の情報も無いまま冒険を始めるなんて自殺と大差無いだろう。
肝心の情報自体もコーメンツで仕入れるべきだ。情報屋間でのやりとりは多少あるみたいだが、チェーン店でもなければ統一された規格があるわけでもない。扱っている情報は町や店舗毎に異なる。
ダンジョンが近い町ではそのダンジョンの情報が多いし、交通の要となる町では地理的な情報がメインとなる。需要に沿った販売物になるわけだ。山中の町で海の情報など誰も買わない。
転生者にとって始まりの町であるコーメンツは、エベナの基礎的な知識や情報を転生者向けに販売している。
この「基礎的」であり「転生者向け」というのがミソだ。
さっさと次の町「ヴォーヨン」に行ってしまうと、そこはエベナ屈指の都市らしく人も非常に多い。商店の形式は薄利多売と高利小売に二極化し、金の無い新人転生者が丁寧な接客や説明を受けるなんてことは望めない。
物価がコーメンツより高いので、生活自体苦労することになる中、情報を買っている余裕があるのかどうかも分からない。
さらに他の町に行くとなれば、もはや「転生者」なんて名札を気にする者は消えるという。常識と呼ばれるようなものを懇切丁寧に説明してくれる場所があるのか疑問だ。
無論買うことに固執せず、他人と関係を深めればどこでも話してくれる者はいるだろうが、代金が発生しない代わりに情報の質と量は落ちる。プロではないのだから当然だ。
そもそも碌に生活もままならない転生者がどこまで交友関係を築けるかは疑問だが。
つまり、自らが余所者だという自覚が残っている者にとって最も優れた情報収集はコーメンツで買うこと。そう俺は判断した。
「ねーねー、早くヴォーヨン行こうよー」
「もうちょっと待てって。お前勝手に獣人の頭撫でようとして怒られただろ?この世界の常識が足りてないからそうなる。
獣人も人間も変わらない。もっと言えば犬だって知性があって喋るやつもいるから勝手に触るべきじゃない。お前突然知らないおっさんに頭触られたら嫌だろ?同じことだ。そういうことを知らないままじゃいけないだろ」
実際この方法は有効に働いていると感じる。何せエベナに来る前から得られる情報は極少量だった。話を聞くごとに驚きを感じている。
この世界は多くのファンタジーよろしく中世風の剣と魔法の世界だ。
勘違いしてはいけないのが、文明が遅れているという話ではないということ。
世界の法則もろもろが異なっており、現代知識など無用の長物。勇み足で使い道のない知識を情報屋に売ろうとする者が溢れており、甚だ迷惑しているらしい。
ファンタジーと一言に言っても色々あるので、どんなファンタジーなのかも理解しておかなければならない。この世界はゲームのように決まり切った技と魔法を使うわけではない。そういうものも存在するが、それだけではない。
ほとんど何でもありだし、それを誰でも使えるようになる。
誰でも何でも出来る。そして転生体の性能は同一。
そうなると基本的には努力がものを言うわけだ。ならば出来るだけ効率的に努力したい。そのためにはやはり知識、情報が欲しい。
特に甲斐があったと感じたことは、魔法の発現。駆け出し冒険者に使える者はまずいないと言われているが、情報屋を上手いこと利用できた俺は既に魔法の基礎が芽生え始めている。
俺がよく利用するコーメンツの情報屋、「カティナ情報屋」では可愛らしい見た目をした若い女性が主に接客をし情報を伝えるのだが、店員はもう一人いる。
女性店員の父親である、筋肉質なデカいおっさんだ。
転生者ではなく現地民だがもともと腕のある冒険者だったらしく、冒険者の戦いのあれこれについても造詣が深い。戦闘で有効な魔法も使える。
戦闘についてのレクチャーを受けながらおっさんの背景を知った俺は、徹底的にこの人から指導して貰うことを決め、魔法も教えてもらうこととした。
お決まりでもあるが魔法を会得するためには、この世界に来た段階で与えられているらしいエネルギーを自覚し利用することが必要。とのことなのだが、これがさっぱり分からない。
感覚的なものなので他人に教えられるようなものでもないが、自分なりに努力しながらもどうすれば良いかを聞きに行く俺に、おっさんは「そんなサービスしてないんだがな」と笑いながら付き合ってくれた。
実際、訓練中に言葉であれこれ言われてもあまり意味はなかったのだろう。
しかし、未発現の魔法を練習している時というのはなんの取っ掛かりもなく、意味もなく妄想にふけっているだけのようで非常に不安だ。「それでいい」「そんなもんだ」などと、粗末な言葉ながらも経験者が言ってくれるのはとても心強かった。
そんなこんなで情報屋を多用しお墨付きを貰うほどこの世界への理解を深め、冒険者としての準備ができた。
ただし、代償として滞在期間のわりに蓄えは増えなかった。必死こいてバイトに励んでいたはずだが、情報屋も商売、しっかり金をとる。毎日の宿代も食事代もかかる。
娯楽と言えるようなものには全く手を出していないのに、宿代などの予め用途の決まっている金以外には何もない。
人間関係や貯金をリセットされた転生者には、とにかく金が無かった。
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