第34話 ラシャ・ソルファス
そんなバルトの姿になにかを感じ、じぃっと見詰めるラシャだが、バルトはそんなラシャの視線から逃れるように、言葉を発する。
「さて、俺ももう戻るから出るぞ」
バルトはラシャの頭から手を離すと、扉へと向かった。そんなバルトの背中をラシャは見詰めるが、なにかを感じた気がしたのは気のせいか、と息を吐いた。そしてバルトに続く。
「うん、ありがとう」
アシェルトのときと同様にバルトとも団長室の扉の前で別れる。そのときのバルトの目が……なんだか寂し気なような、辛そうな、しかし、なにか愛おしい者に向けるような……そんな複雑な目を向けていて……ラシャはなぜかその目が……バルトの雰囲気がいつもと違う気がして気になった。
どうしても気になったラシャはバルトの後をこっそりとつけた。バルトは暗い廊下を歩き、ひとつの扉の前で立ち止まった。そこは危険物などを保管するための保管庫。団長と副団長のみが扉を開くことが出来る部屋。
バルトの手にはその部屋の鍵。特殊な鍵で団長と副団長の魔力が記憶されてあり、記録された魔力の持ち主が魔力を送らないと開くことの出来ない扉だった。
その鍵を鍵穴に差し込み、バルトは魔力を送っているのか、鍵穴が光り輝く。魔力に反応した鍵穴は小さな魔法陣を出現させ、そしてガチャリと音を立て解錠した。
バルトは解錠された扉を開き、なかへと入って行った。
「こんな時間からなにをしているのかしら……」
ラシャは扉の外から様子を伺ったが分かるはずもない。どうしたものかと考えていたが、しかしなにか気になる。ラシャはひとまず扉の様子が窺える柱の陰へと隠れた。後をつけて来たということにも後ろめたさを感じる。しかし、その場から離れることが出来なかった。
しばらく扉を見守っていると、バルトが出て来た。辺りをキョロッと見回し、そして再び鍵を施錠し去って行った。
そんなバルトを柱の陰から見送ったが、一体なにをしていたのか。ラシャはなにやら一抹の不安を覚えた。一体なにが不安なのか。その原因は一切分からない。バルトはただなにかを確認しに行っただけなのだろう、そう思った。それなのに、なにか気持ち悪い違和感。結局その違和感の正体が分かることもなく、モヤモヤとしたままその日は眠りに就く。
翌日、ついにお披露目されることになった新魔導具。アシェルトが開発した、地雷型の魔導具だ。アシェルト自身がワゴンに乗せて運んで来た。そして、今回魔導具訓練に参加する者たちに向けて、事前に使用上の注意点などが説明される。
その間、隣に立つバルトの様子を伺っても、バルトは無表情だった。感慨深いという様子もなく、ただひたすら無表情にアシェルトを見詰めていた
「では、自分の番号の魔導具を取って行って」
アシェルトが皆に向かって声を上げた。各々、その言葉に続き、魔導具を手にしていく。アシェルトは他の団員に質問された内容を丁寧に答えている。
「俺たちも受け取りに行くか」
「うん」
バルトにそう声を掛けられ、ワゴンの傍まで歩み寄ると、もうすでに残りはラシャとアシェルトとバルトの魔導具だけとなっていた。バルトは自身の番号が振られた魔導具を手にし、その場から離れる。
ラシャは残されたふたつに目をやった。自身の番号が振られた魔導具に手を伸ばしたとき、残ったひとつの魔導具に違和感を覚える。ふとその魔導具に目をやるが、特に見た目がおかしいとかは一切ない。しかし、なにかおかしい。
自身の魔導具から感じる魔力と、アシェルトの魔導具から感じる魔力量が違う。ほんの僅かな違い。じっくり感知しないと気付かないようなそんな魔力量。
以前、アシェルトから魔導具について聞いたことがあるのは、その魔導具の魔力を圧縮するということ。だからなのか、この魔導具内部の魔力が感知しにくくなっているのだと思われた。そんな僅かな違いだが、しかし魔力量が違う気がした。
本来同じ魔導具には同じ魔力量しかない。それなのに僅かだろうが違いがあるということになにやら嫌な予感がする。
そんなことを考えていると、ふと昨夜のことを思い出す。バルトが向かった危険物の保管庫。それにギクリと身体が強張った。バルトのほうへと振り向こうとしたが、しかし、その魔導具はアシェルト用の魔導具だったことを思い出す。
それと同時にふと思い出したのは、バルトがラシャの婚約者候補として名が上がっていた、ということ。実際、ラシャは相手の名を知らなかった。しかし、ラシャはなんとなくバルトが相手だったのでは、と思っていた。貴族同士の政略的なものではない。相手からラシャ自身を望まれての婚約だと聞かされたからだ。
ラシャはそれほど鈍感な人間ではない。他人から自分に向けられた視線には、それが好意だとしても悪意だとしても気付く。バルトがラシャに向ける視線は、好意に近いものを感じていた。
ラシャ自身、バルトとは学生時代からの仲の良い友人だ。魔導師団に入団してからも良い友人関係が続いていると思っていた。しかし、いつしかその視線には好意を感じるようにもなっていた。そんなときアシェルトと出逢ってしまったのだ。ラシャは魔導師団で三人で過ごしていくうちに、アシェルトに恋をした。そしてラシャからの告白でふたりは恋人となった。タイミングが良いのか悪いのか、ちょうどそのとき婚約話が上がったのだ。ラシャには断ることしか出来なかった。
それからだ、バルトのラシャとアシェルトを見る目がほんの少しずつ変わってきたのは。おそらく周りの人間には気付かれないような、ほんの少しの変化。ラシャを見詰める目が優し気だったり、辛そうな目だったり。アシェルトを見る目が親友とは思えないほどの、憎しみや苛立ちを感じる目だったり……。
しかし、それはほんの一瞬だった。だから見て見ぬふりをしていた。誰しも他人には触れられたくない心の奥底があるだろう。そう思い、ずっと触れずにいた。
侯爵家との婚約話もそうだ。もしかしたらバルトが相手だったのかもしれない。そう思ったのはそんなバルトの好意に気付いていたから。だからこそラシャにはなにも言えなかった。
婚約の話、昨夜の保管庫への出入り、それらがラシャを酷く不安にさせた。バルトがなにか魔導具に細工をしたとは思いたくない。思いたくはないのに、不安が絡みつく。
アシェルトに魔力量が違うことを言ったほうが良いだろうか。そうやって異変に気付けば魔導具を精査し、バルトが細工をしたかもしれないことが明らかになるのだろうか。しかし、それが明らかになったとしたら、バルトはどうなるのだろうか……。全て憶測でしかない。しかし、言い知れぬ不安が絡みつく。どうすべきなのかがラシャには判断出来なかった。
「アシャー、私の魔導具の様子がおかしいから、アシャーの魔導具と交換させて?」
少し確認するだけよ。確認してなにもなければそれでいい。ラシャはそう自分に言い聞かせるように考えながら言葉を発した。
ワゴンから少し離れた場所で団員に向かい説明をしていたアシェルトは、ラシャの言葉に振り向いた。ラシャは言ったと同時にもうすでにアシェルトの魔導具に手を伸ばしていた。
ラシャの指が魔導具に触れた、その瞬間……
――――ドォォォォオオン!!
魔導具はまだワゴンに乗せられたままだったラシャの魔導具をも誘発させ、共に爆発した。
周りでは悲鳴が響き渡り、アシェルトとバルトの悲痛な声が聞こえた。
あぁ、アシャー、ごめんね……私のせいかもしれない……私がバルトを追い詰めたのかもしれない……もっとバルトとたくさん話せば良かったのかもしれない……ごめん、ごめんね……ふたりとも……
私がいなくなっても悲しまないで欲しい……私がいなくなっても憎み合わないで欲しい……私がいなくなっても……アシャー……幸せになってね……
◇◇
*********
※次話、最終話です。
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