第29話
興味津々な男の顔は、少年のように無邪気だ。
「コカか? って訊かれたの、はじめてですけど。そうですね……どっちも飲みました。どっちも好きでした」
「お前、女相手でも『どっちも』とか言わないだろうな」
「今はコーラの話じゃないですか。女の人は関係ないですよ」
「ったく。どっちかハッキリしろってことを言いたいんだ!」
ボカッと一発殴られた。手加減しなかったらしい。なかなかに痛む。
「いたた……。うーん。どっちかハッキリするなら、ペプシかな」
「それは、なんでだ?」
「ペプシの方がラムネみたいな味がする気がして。あの、わかりますかね? 駄菓子屋さんで売ってる、コーラのラムネ」
指先で容器の大きさを伝えようとした。くるくると動く指を、男が射るように見る。
「お前、俺のこと馬鹿にしてんな? そりゃあ最新の菓子じゃねぇぞ? 俺がガキの頃でも売ってた」
「本当ですか? そうなんだぁ。……そう、それで、そのラムネの味がする気がするんですよ、ペプシ。だから、なんか懐かしい感じがするっていうか。飲むと落ちつくんですよね」
「なるほどなぁ」
男はまた、コーヒーに口をつける。最後の一滴まで大切に、飲み干した。
「んで? お前、なんか悩み事でもあんのか」
ユズのことを少しも見ることなく、視線を世界に泳がせながら、男が言う。
「なんで、悩み事があるってバレちゃうんですかね?」
「無駄に生きちゃいねぇよ」
「聞いてくれるんですか?」
「これ貰ったからな。今日は時間が余ってっし。聞いてやるくらいはできるぞ」
ユズはカフェオレをグビグビと飲むと、大きく息を吸って、吐いた。
「最近、知り合いに隠し事されてるんですよ。知り合い同士は話が通じてるっていうか」
「内緒話ってやつか」
「まぁ、そんな感じです」
「俺らはズバズバ言っちまうからなぁ。そんで、ときたま拳が飛んでいくんだ。わからせるために、な。隠し事をされてムカついたら、文句言ってやって、ぶん殴って吐かせる。……っても、お前には無理そうだな」
「そうなんですよ。それができたら苦労しないっていうか」
「そんな、冷たいケンカみたいなことにはならねぇのにな」
「冷たい、ケンカ……」
「お前はハッキリ言ったか?」
「な、なにをですか?」
「そういうことをされて嫌な気持ちになってますってことをだよ」
記憶を遡る。教えて欲しいと言ったことはある気がする。けれど、教えたくないと言われれば、その言葉を素直に飲み込み続けてきた。それでも、と迫ることは、なかった。
「言ってねぇのに、『教えてくれません』は都合が良すぎるな。腹を、口を破れ。隠すな。それが恥ずべきもんじゃねぇんなら」
「頭では、少しはわかってるんですよ」
「そりゃあよ、俺らだってわかり合うのに拳なんか必要ねぇってわかってんだよ。それでもわかり合えねぇから拳で自分の意見っつうもんを表に出してんだ。お前は頭でわかってるつもりにはなってるけどよ、行動が伴ってねぇよ。言えねぇなら殴れ」
「いやいや」
「殴れねぇなら言え。どっちもできねぇなら酒奢れ」
「さ、酒!?」
「俺に酒奢りたくなかったら、言ってこい。お前ならできっから」
ユズは男の顔を見た。ニィッと笑った顔に、「頑張れよ」と言われた気がした。
「と、とりあえず、いってきます」
「おうよ」
「あと、これからは常にクッキーを持っておくことにします」
「おう。いい心がけだな」
「あの……」
「なんだ?」
「話、聞いてくれてありがとうございました。ちょっと、すっきりしました」
自分でゴミ箱に捨てればいいものを。押し付けられた缶片手に手を振る。いかつい背中に、もう威圧感はない。ユズの目にはそれが、頼もしさと優しさの塊に見えた。
缶を握りしめる。まだ少し温かい。この世界でも、人は生きている。体に血を巡らせながら、生きている。
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