第20話


 ミントは、はじめての〝きもたのし〟が開催された時のことを思い返し、語り始めた。

 元々は肝試しなどクソ食らえと思うほどの怖がりだったが、境遇ゆえか、幽霊への恐怖心が薄れてしまった。自分たちと同じようにコソコソと隠れ、時々ひょこりと存在を人目に晒す彼らとは、きっと話が合うはずだ。実際に出会ったことはないが、もしも幽霊と会うことができたなら友だちになりたい、なれると思っているのだと、瞳を輝かせ、鼻息荒く言う。

「怖くない肝試しなんて、面白くないからね! だから、〝きもたのし〟!」

 タイムはミントが少々強がっていることを見抜いていた。声に出して笑うことはないが、顔が緩んでしまうことまで堪えることはできない。

「なるほどね。肝試しと勘違いできて、なんか良かったや」

「ん?」

「ちゃんと聞き取ってたらさ、気持ち悪くて楽しいことをしたがる変な人たちだって、ミントとタイムのイメージが歪んだ可能性が、なくはない、かな? なんて」

「ちょー失礼だなぁ。あー、やだなぁ、やだなぁ! もうこれは、お詫びにユズが主体で〝きもたのし〟をやるっきゃないなぁ!」

 弾む、棒読み。

 ちらりちらりと放たれる視線の出所、ミントの瞳が悪巧みの色に染まり、ギラリと輝く。

「いや、ろくに知らない人が主体は、無理でしょ」

「ろくに知らない人がやるから、楽しいんじゃん!」

「どこが?」

「どこがかは知らん。でも、少なからず」

「少なからず?」

「俺らは楽しいな」

 タイムがクスクスと笑いだした。

 ユズはぷぅ、と唇を尖らせる。

 この場所にはもう慣れた。なんとなく、強がりではなく、打ち解けてきたようにも思う。少しのおふざけならば、互いに受け入れられるような、距離感。

 頭の中に、さまざまなイタズラが浮かんでくる。

 この日々を壊したくはない。けれど、ぐらりとするくらいの、衝撃も欲しい。

 どのようにふたりの肝を振るわせようかと、思考はぐるぐる、狂った時計のように速く、回る。

「チャービルも呼ぼうよ」

「いいね」

「じゃあ、ミツバも呼ぼうよ」

 瞬間、ミントとタイムに何かが起きた。ピリッとした何かが走って、体がピクンと震えたように見えた。

「ミツバは……あそこから出ないから」

「ええ、そうなの?」

「そ。だから、ミツバは呼ばなくていいんだよ」

 ユズの眉間に皺がよる。仲間外れは良くないと、

「じゃあ、ミツバのところでやるのは?」

「追い出されるか、締め出されるかだな」

「試してみよう」

「バーカ」

「なんだよ、バーカって」

「ミツバのことを考える暇があったら、俺らを楽しませるにはどうしたらいいかを考えろっての」

「そーだそーだぁ! あたしたちにドヒャーって言わせることができたらさ、ミツバも『うん。じゃあ次はここでやってみるかい?』とか言う……かも?」

「モノマネ下手くそだな」

「タイムに言われたくない!」

「んだよ」

「バーカバーカ!」

「バカって言った方がバカなんだぞ!」

 タイムの言葉が、ユズの思考に引っかかる。つい先ほどの出来事だ。正しい過去かどうか、不安になろうとしてもなれないほどに新鮮な記憶が、口を動かす。

「それじゃあ、さっきぼくに『バーカ』って言ったタイムだって、バカじゃないか!」

「あー! ユズ、今『バーカ』って言った! バカだ! バーカバーカ!」

「もう! ふたりして『バカ』って! ミントとタイムのバカバカバカバカ!」

 バカの雨が降る。それはゲリラ豪雨のように降り始め、降り止んだ。雨上がりの部屋には、屈託のない、虹色の笑い声が広がった。


 ミントから少しのヒントをもらいながら、なんとか〝きもたのし〟で何をするか決めたユズは、隙間時間で準備を進めた。

 まだ少し残っている、港で働いた時の給料を使って、秘密のアイテムを買い、隠した。

 ひとりこっそりと買い物に行くのは、スリルの塊だった。ユズにとってはその時間こそまさに〝きもたのし〟といってよく、自分はもう充分に楽しんだから、皆を楽しませようという気になっていた。


 世界は、夜の闇に呑み込まれた。



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